谷口浩美の現在。離婚後に再婚した女性は不倫相手&経歴まとめ

谷口 浩美(たにぐち ひろみ)さんと言えば、”こけちゃいました”の名言で有名です。

にこやかな表情とは裏腹にアスリートとしての成績が凄いことでも知られています。

今回は谷口浩美さんの現在、離婚や陸上の経歴について迫って行きましょう。

谷口浩美のプロフィール

生年月日: 1960年4月15日

身長: 171cm

出身地: 宮崎県南那珂郡南郷町(現: 日南市)

最終学歴: 日本体育大学体育学部 体育学科

所属: TOSS PLANNING

谷口浩美の現在は大学教授

現役引退後は沖電気や東京電力、東京農業大学の陸上競技部で助監督をしていたものの、前の項目で紹介した不倫報道の過熱によって同大学の助監督を辞めることになったそうです。

その後は地元の宮崎市に引っ越して講演活動や解説者をしていましたが、2017年8月1日に宮崎大学の特別教授(教育・学生支援センター)に就任したことが話題になりました。

元々、教員を目指していたので教育に対する熱意や関心は高く、学生の就職相談にも自身の経験を踏まえてアドバイスをしてくれるので生徒からの人気も高いと評判だそうです。


他にも子供から高齢者までを対象にした運動教室を開催するなど多忙な日々を過ごしています。

少し遠回りになりましたが、憧れていた教員になれたので幸せな第二の人生と言えるでしょう。

イメージソングが話題

近年の谷口さんといえば、イメージソングという意外な話題があります。

2022年4月23日、シンガーソングライターである遠山修平さんが、谷口さんについて歌った曲「希望のひと ~『コケちゃいました!』」を発表したのです。

谷口さんをずっと応援してきたファンも、令和になってイメージソングができるとは思わなかったでしょうね。

この楽曲は、遠山さんが谷口さんと会い、話をしたことがきっかけで作られたのだとか。

遠山さんは、話の中で感じたことなどを曲に反映させ、谷口さんにぴったりなイメージソングを完成させたようです。

2人が会うことになった詳しい経緯などは不明ですが、ミュージシャンとスポーツ選手の会話からこんな作品が生まれるとは、なんとも素敵ですね。

谷口さん自身も、曲を聴いて感動したようです。

完成した楽曲は谷口さんご自身にも聴いていただき、とても喜ばれたとのことです。

遠山さんの曲から谷口さんのことを知る若い人も、これから増えていくのではないでしょうか。


音楽と一緒に、谷口さんの活躍がずっと語り継がれていくといいですね。

現在の講演会で心がけていること

引退後は、あちこちで講演会を行っている谷口さん。

有名なマラソン選手がどんな話をするのか、興味津々で会場へ行った人も多いかもしれません。

谷口さんは、こうした講演会の際、すごい量の資料をパソコンにまとめて持って行くのだとか。

現役時代の詳細な記録や、これまで経験してきた練習法など、とにかく膨大な情報を準備するようです。

たくさんのデータをしっかりと組み込むことで、素晴らしい講演ができるのでしょう。

こうしたやり方は、マラソンにも共通する要素と考えているようですね。

「あらゆる事例をたたき込み、臨機応変に変化させる。レースも同じ。頭の中で消化してスタートラインに立つわけです」

マラソンでも、過去のデータを参考にしながら走っていたという谷口さん。

食事やマッサージの方法など、細かい情報を入れ込んだチェックリストを作ったこともあるそうです。


講演とマラソンはまったく違うように思えますが、いろいろな情報を取り込んで研究するという点では、確かに同じなのでしょう。

2023年現在の谷口さんの仕事には、長年の経験がしっかりと活かされていることがわかりますね。

谷口浩美は離婚後に再婚していた

沖電気の陸上部で監督をしていた時にマネージャーをしていた理沙さんと知り合って2006年頃より不倫関係に発展、しばらく経った2008年頃に奥さんにバレてしまったそうです。

2009年に谷口浩美さん側から離婚訴訟を起こしましたが認められず、逆に奥さんの方から理沙さんに対して慰謝料請求をするなど不倫騒動は治まるどころか泥沼化しました。

具体的な時期は明らかになっていませんが、当時の奥さんとの離婚が成立し、しばらくして不倫関係にあった理沙さんと正式に結婚をしたことで一連の騒動がようやく終結。

ちなみに、理沙さんは22歳年下でかなりの美人であることが判明しています。

約25年も連れ添った奥さんを裏切る形になりましたが、男女の関係は何とも難しいものですね。

現在は7歳の娘と5歳の息子を授かっており、夫婦と子供の4人家族で生活をしている様子でした。

谷口浩美の陸上経歴

こちらでは谷口浩美さんの輝かしいマラソンや箱根駅伝の成績を振り返ってみましょう。

日本体育大学では2年生から3年連続で山下りの6区を走り、全ての年で区間賞を獲得しています。

3~4年生の時には区間記録を2年連続で更新する快走ぶりを披露しており、第59回大会(1983年)の総合(往路・復路袋)優勝に大きく貢献して日本体育大学を卒業。


実は大学卒業後に教員になる予定だったのですが、教員採用試験で不合格になったことで2年間の期限付きで旭化成に入社するという少々めずらしい経歴を持っています。

旭化成ではマラソンを中心に出場しており、自身初マラソンとなる1985年の「別府大分毎日マラソン」でいきなり優勝して注目されますが、再び教員採用試験を受けたものの不合格に。

今までの実績があれば合格しそうな気もしますが、日本陸上界にとっては幸運の不合格でした。

その後も数々の大会で優勝や好タイムを残し、五輪の金メダル候補として注目を集めています。

・1987年「東京国際マラソン」「ロンドンマラソン」優勝

・1988年「北京国際マラソン」※準優勝(当時の世界歴代7位)

・1989年「東京国際マラソン」「北海道マラソン」優勝

・1990年「ロッテルダムマラソン」優勝

・1991年「世界陸上マラソン(東京)」優勝

期待された1992年のバルセロナオリンピックでは後続選手に左足シューズの”かかと”を踏まれて転倒し、8位入賞後に語り継がれる名言「こけちゃいました」を残しています。

もしも転倒が無かったら・・と考えてしまいますが、これも運命と言えるのかも知れませんね。

1996年のアトランタオリンピックにもマラソン代表として参加しましたが、優勝争いに絡むことなく19位に終わり、1997年2月の「東京国際マラソン」4位をもって現役を引退。

活躍した期間は長くありませんでしたが、記録だけでなく記憶にも残る名ランナーでした。


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