横尾忠則の成城アトリエと住まい。娘も画家、家族との関わりと結婚について

現代美術家でグラフィックデザイナー、作家としても活躍する横尾忠則(よこお ただのり)さん。

成城のアトリエが立派だと評判ですが、どんなアトリエなのでしょうか。

また住まいは同じ成城なのかどうかも見ていきましょう。

併せて娘をメインに家族情報、結婚の詳細もまとめました。

横尾忠則のプロフィール

本名:横尾忠則

生年月日:1936年6月27日

身長:168cm

出身地:兵庫県西脇市

最終学歴:兵庫県立西脇高等学校

横尾忠則の成城アトリエ。住まいは?

まずは横尾さんの成城のアトリエと住まいについて見ていきましょう。

アトリエと自宅は近距離にあるそうで、仕事とプライベートを行き来しやすい環境が整っているといえますね。


アトリエはかねてから交流のあった、建築家の磯崎新さんの作品。

特別な指示は出さず、磯崎さんの好きなように設計させたそうなので、互いの思考を完全に理解し合っていたことがわかりますね。

木々に囲まれ、窓を開けると鳥のさえずりが聞こえる、都心では数少ない心安らぐ空間です。

成城暮らしの有名人は多くがベンツなどの高級車に乗りますが、横尾さんは自転車を愛用する庶民的感覚の持ち主。

自転車でアトリエと自宅を行き来し、買い物にも出かけるのでしょう。

近所にはかつて、故・高倉健さんも住んでいました。

高倉さんの自宅が火災に見舞われた際は、横尾さんはタクシーで駆けつけています。

成城に住む有名人同士、強いきずなで結ばれていたのかもしれませんね。

「生活と芸術は切り離す」と発言している横尾さん。

住まいとアトリエをうまく分けることで、活動を続けてきたのでしょう。

横尾忠則の娘も画家。家族との関わり

次に横尾さんの娘と、家族情報を見ていきましょう。

1964年に生まれた、娘の横尾美美(よこお みみ)さんも画家として活躍しています。

専門的に絵の勉強をした経験はないものの、成人後、偶然絵の具があったからという理由で絵を描き始めました。

独学で絵の技法を修得し、1994年に父との二人展で画家デビューしています。

画集を出版するなど、2021年現在もフリーで活躍中です。

偉大なアーティストの血を継いでいるだけあり、生まれつき美的センスが高かった可能性が高いですね。

ただし、父親からどんな影響を受けたかという質問をされるのが困るといいます。

父の作品を参考にするのではなく独自路線を貫いている証拠でしょう。

アクリル絵の具のリキテックスを使用し、刺繍のような質感の作品を数多く作成。

ジャイアントパンダのタンタンを飼育する神戸市立王子動物園のために、パンダの絵を描いたこともあります。

また横尾さんには横尾英さんという息子もいます。

英さんは父のアートグッズを販売する、有限会社アートプラネット・ワイの代表です。

多忙な横尾さんは2人の子供たちと頻繁に接する機会はなかったといいます。


父が留守にしがちだった家には、母と事務員の女性だけがいたようです。

そのため英さんは、父に対する接し方が、長年わからなかったといいます。

しかし成人後は、偉大な父を尊敬しているからこそ、そのアート作品を販売する道に進もうと決心したのでしょう。

今では親子の関係は、良好な状態にあるといえそうですね。

横尾忠則の結婚相手

次に横尾さんの結婚の詳細を見ていきましょう。

デザイナーとして神戸新聞社に勤めていた1957年に、20歳で結婚した横尾さん。

相手は同じく神戸新聞会館の社員で、谷泰江さんという、1歳年上の女性でした。

2人ともかなり忙しかったそうで、新婚旅行は自宅から30分の距離にある有馬温泉で済ませたとのこと。

その後泰江さんは、目まぐるしい日々の中で、人気アーティストの妻として家族を支え続けたのでしょう。


今回は横尾忠則さんの自宅と家族情報をお届けしました。

長きにわたってアート界の第一線で活躍する横尾さんを、常に家族が支え続けてきたのでしょう。

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