山崎貴、結婚した妻も映画人。家が話題&オリンピックとの関係。経歴まとめ

『ALWAYS 三丁目の夕日』など大ヒット映画の監督として知られる山崎貴(やまざき たかし)さん。

CG技術者からキャリアをスタートさせ、視覚効果技術VFXを使った映画を積極的に制作してきました。

今回は山崎さんについて、結婚と妻の詳細、関連ワード「家」の情報、オリンピックとの関係を見ていき、経歴をまとめます。

山崎貴のプロフィール


本名:山崎貴

生年月日:1964年6月12日

身長:180㎝

出身地:長野県松本市

最終学歴:阿佐ヶ谷美術専門学校

山崎貴の結婚と妻について

まず山崎さんの結婚、妻を確認します。

妻は映画監督で脚本家の佐藤嗣麻子さんです。

専門学校時代の仲間だった2人は長きにわたり交際を重ね、2012年に結婚。

2人ともプロの映画人として多忙だからこそ、なかなか結婚には踏み切れなかったのかもしれませんね。

子供がいるという情報はなく、2人で仕事に邁進しながら、互いを支え合っているのでしょう。

山崎貴の家

次に山崎さんの家を見ていきます。

山崎さんと関連キーワードの「家」を調べると、彼が手掛けたミニチュアによる家が評判だとわかりました。

自身の自宅が話題になったのかと考えましたが、情報は一切ないので、ミニチュアの家が一時期トレンド入りしたのかもしれません。

2016年「山崎貴監督展」で、『STAND BY ME ドラえもん』に登場するミニチュアの家が展示され、評判となりました。

外観のみならず、内部まで精緻に作り込まれています。

ミニチュア製作で下積み時代を過ごした山崎さんの、力量が発揮された家といえるでしょう。

山崎貴とオリンピックの関係

次に山崎さんとオリンピックの関係に迫ります。

2020年開催予定だった東京オリンピック。

山崎さんは開閉会式のディレクターに就任し、総合演出担当の野村萬斎さんらと共に、演出チームに属していました。

“和の精神”を大切に、シンプルな日本らしい式典を目指していたそうです。

「面白いものができるだろう」と語っていた山崎さん。

日本を代表する映画監督と芸能人が演出する開閉会式を、楽しみにしていた方は多いでしょう。

しかし残念ながら、20年のオリンピックはコロナによって延期となり、同年中に演出チームは解散。

2021年の開催はより簡素なものにする必要が生じ、体制変更で山崎さんたちは解任となったそうです。

そもそも開催自体が可能なのか、不安視されてきた東京オリンピック。

せめて当初の演出に基づいた式典がどんなものだったのか、CGなどで疑似体験できればと思ってしまいます。

仕方ないとはいえ、ファン以上に山崎さん自身が落胆されているのではないでしょうか。

山崎貴の経歴まとめ

最後に山崎さんの経歴をまとめます。

13歳で『スター・ウォーズ』と『未知との遭遇』を観たことで、特撮映画の世界に憧れたそうです。


専門学校で美術を学び、1986年に株式会社白組へ就職しました。

以降はCMや映画で、ミニチュア製作を手掛けています。

デジタル合成などを手掛けつつ、監督になるため着々と準備を進めていたようです。

2000年、『ジュブナイル』で遂に監督デビュー。

5年後に、『ALWAYS 三丁目の夕日』で日本アカデミー賞監督賞に輝き、監督としての地位を確立しました。

『永遠の0』や『海賊とよばれた男』など、男の生き様を描いた歴史映画でも高く評価されます。

一方『STAND BY ME ドラえもん』など、名作アニメをCG化した映画も積極的に監督していますね。

ただ、お涙頂戴風の作品が多い印象があり、そこが気に入らないという人もいるようです。

高評価と低評価がはっきり分かれる監督のようですね。

しかし映画化の難しい題材に、CGで果敢に挑んでいる点は評価されるべきでしょう。

自身の発言によると、宮崎駿さんによる、原作版『風の谷のナウシカ』を実写映画化する野望があるそうです。

ナウシカの原作は歌舞伎化され話題となりましたが、実写映画化するにはかなり難しい題材ですね。

原作は全7巻あり、おなじみのジブリ映画版以上に壮大な物語です。

CGだけでなく、大勢のキャラクターを演じる役者の人件費、衣裳代など予算面でも課題が多いでしょう。


しかし山崎さんなら、本当にいつか実行してしまう気がしますね。

それだけ力量があり、難しい題材の映画化にやりがいを感じる人なのでしょう。

野望であるナウシカ実写映画化の実現まで、引き続き活躍し続けて欲しいですね。

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