中山 秀征(なかやま ひでゆき)さんは穏やかで人あたりの良いキャラで知られています。
そんなイメージとは裏腹に、一部のお笑い芸人と険悪な関係だったとも言われています。
今回は中山秀征さんが元コンビだった話や芸人とのギクシャクした関係を見て行きます。
中山秀征のプロフィール
本名:中山秀征
愛称:秀ちゃん
生年月日:1967年7月31日
身長:173cm
血液型:B
出身地:群馬県藤岡市
最終学歴:神奈川県川崎市立柿生中学校 卒業
中山秀征は松野大介とコンビ「ABブラザーズ」を組んでいた
まず最初は中山秀征さんがコンビを組んでいたという過去を見て行きましょう。
一般的に番組の司会や「ミスターかくし芸」など芸達者で知られている中山秀征さんですが、過去には「ABブラザーズ」というお笑いコンビを組んで活動していました。
その時の相方は中山秀征さんより4歳年上の松野 大介(まつの だいすけ)さんという男性です。
コンビ名の由来はふたりの血液型(松野さんがAで中山さんがB)から決めたものの、後に松野さんの血液型もBだったことが判明して「実はBBブラザーズだった」と笑わせていました。
ふたりが「ABブラザーズ」を結成したのは1985年のことで、所属していた「渡辺プロ」が立ち上げた若手芸人の集団「BIG THURSDAY」(ビッグサースデー)で知り合ったそうです。
ちなみに、この集団には石塚英彦さんや恵俊彰さん、松本明子さんらも参加していました。
ABブラザーズとしてフジテレビの「夕やけニャンニャン」や、2023年現在も人気を博している深夜ラジオ番組「オールナイトニッポン(土曜日)」など多くのメディアに出演。
ABブラザーズの時の中山秀征さん
すげー若い!!
1986年に 明日にONEWAYていう曲でレコードデビューしてました。 pic.twitter.com/OuF5wOVfew— ジェラスガイ坂本 80s (@2Kkh0) February 1, 2017
しかし、メディアデビュー作品だったフジテレビの「ライオンのいただきます」を卒業後は仕事が減り続け、ウッチャンナンチャンなど後輩たちに追い抜かれて行きました。
これはふたりの実力不足というよりも、タレント業やイベントが忙しくなって”お笑い芸人”としてのネタ作りや練習の時間が無くなったことが大きな要因と言われています。
中山秀征さんは本来の姿である芸人としてコントネタを作って勝負しようと考えたそうですが、マネージャーから投げかけられたのは「負けを認めろ」という衝撃的な言葉。
マネージャーは中山秀征さんにマルチタレントとして再出発する道を勧めており、転身後の活躍を見る限り適性に合った道を示してくれたアドバイスだったと言えるでしょう。
仮に芸人に固執し続けていたとしたら、ここまでの活躍を残していなかったかも知れませんね。
ちなみに、コンビが自然消滅した後の松野さんは放送作家や小説家に転身しており、別々の道に進んでからの交流は一切無いという”触れてはならない存在”になっています。
中山秀征さんが過去を消す理由は不明ですが、なんとなく寂しい気になってしまう話でした。
松本人志(ダウンタウン)の確執とは
次は中山秀征さんとダウンタウンの松本人志さんとの確執を見て行きます。
元々は関東と関西で活動する地域が違いましたが、1980年代後半頃に正月の特番「新春!爆笑ヒットパレード」で一緒に愛知県の豊川神社からネタの中継をする機会がありました。
そこで中山秀征さんの「ABブラザーズ」とダウンタウンが野球ネタで被ることが判明し、番組スタッフから芸歴が後輩のダウンタウンに対して変更するように求めたそうです。
昔のダウンタウンの2人の写真が完全に指名手配写真にしか見えんくて草
怖過ぎやろwww pic.twitter.com/Vdtu1RcqrE
— レオ(やっぱり俺の左隣は出る) (@REO_slokichi) September 8, 2020
まだ若手だったダウンタウンは渋々ネタを変えたそうですが、松本人志さんは後に出演した番組の中で「(ABブラザーズは)全然おもろなかった」と名指しはせずに発言していました。
具体的に”ABブラザーズ”という名前は出していなかったものの、当時を知る関係者や同業者には当然のように伝わってしまい、その後はテレビで共演することはまったくありません。
また、中山秀征さんが出演しているレギュラー番組の数を自慢げに発言したことも気に喰わなかったらしく、2023年現在も両者の関係は断絶したままとなっています。
芸風が違うふたりなので合わないのは分かりますが、一度は見てみたい組み合わせですよね。
中山秀征と今田耕司の不仲は解消された?
最後に中山秀征さんと今田耕司さんの確執や関係修復について見ておきましょう。
今田耕司さんは自身が出演するレギュラー番組「アナザースカイ」(2018年11月30日分)に中山秀征さんがゲストに来た際、若い頃にあったふたりの”確執”をネタにしていました。
あ!中山秀征と今田耕司って殿様のフェロモンコンビじゃんか!?当時、今田さんは全国でブレイクしないといけないプレッシャーてピリピリムードだったんですね。だから当時は2人は全く口を交わさなかったらしい。#アナザースカイ pic.twitter.com/qkL9qCEpDy
— ダッダ~ンのボヨヨヨヨ~~ン (@masato_yawa) November 30, 2018
ふたりが初めて共演したのは1993年に放送されたフジテレビの「殿様のフェロモン」で、初回から今田さんが中山秀征さんに対して敵対心を露骨に出していたそうです。
当時について今田さんは「僕が一方的に銃を乱射していた」と危ない例えで表現していました。
中山秀征さんも当時の今田さんを「初めて人と上手く行かないと思った」と表現していますが、敵対心の理由は上京したばかりで”何とかしてやろう”との気持ちだったそうです。
また、兄貴分であるダウンタウンの浜田雅功さんから「全員ヤッてこい」という指示があったとも言われており、様々な事情があって敵対せざるを得なかったのかも知れません。
その後の関係がどうなったのか気になるところですが、中山秀征さんは前述のアナザースカイより約3ヶ月前に放送された関西テレビの「おかべろ」で関係修復を告白。
ナイナイ岡村と中山秀征が語るかつての今田耕司、ザブングル松尾も証言 #おかべろ https://t.co/8g14dZWbfM pic.twitter.com/kADM3QCsBV
— お笑いナタリー (@owarai_natalie) August 10, 2018
間を取り持ってくれたのは双方と交流があったお笑いコンビ「ザブングル」の松尾陽介さん。
松尾さんによると今田さんの方から「中山さんに会いたい」と相談を受け、殿様のフェロモンが終了してから約20年ぶりの再会によって両者の確執は雪解けの時期を迎えました。
アナザースカイの中で「6年前に再会」と語っていたので、和解したのは2012年頃になります。
今田さんは”若かったからなぁ”と当時を恥ずかしそうに振り返っていましたが、中山秀征さんの人柄や性格が嫌いでは無かったからこそ関係の修復が出来たとも言えますね。
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