往年の名作映画に数多く出演した高倉健(たかくら けん)さん。
初期はヤクザ映画への出演がメインで、男臭さが漂う役者でした。
しかし「草食系男子」流行後の今でも、彼をかっこいいと感じる人は多いようです。
今回は健さんがかっこいい理由を探りながら、髪型と行きつけの床屋、筋肉トレーニングについて確認し、魅力に迫ります。
高倉健のプロフィール
愛称:健さん
本名:小田剛一
生年月日:1931年2月16日
死没:2014年11月10日
身長:180cm
出身地:福岡県中間市
最終学歴:明治大学商学部商学科
高倉健がかっこいい理由
健さんは決して典型的な美形スターではありませんでした。
無骨で、口数が少なく、「不器用」な印象の役者といえます。
しかしスクリーンに映る彼を見て思わず、「かっこいい!」と感じてしまう理由は何なのでしょうか。
プチ映画鑑賞記[幸福の黄色いハンカチ]山田洋次監督。とにかく高倉健さんがかっこいい!!テーマはとてもシンプル、展開も読めるのですが最後にはやはり泣けてしまう。古き良き時代を感じました。武田鉄矢.. #映画好きとつながりたい #小説家さんと繋がりたい pic.twitter.com/l6nKfmjx5i
— 川中 那茶 : Natcha Kawanaka (@natchajp) May 25, 2020
かっこいい理由は、あえて「不器用」であることを隠さないためでしょう。
小器用に見せようとせず、自分の欠点を堂々と出して魅力に変えた点に、彼のかっこよさがにじみ出ています。
1965年の映画『飢餓海峡』では、まだ若手時代の健さんが刑事役を演じました。
しかし一本調子の演技は、お世辞にも「うまい」とはいえません。
主演を務めた三國連太郎さんの不敵な演技が、あまりに巧みだったせいで、健さんが霞んでしまったのは否めないでしょう。
ただそれだけではなく、生まれながらに器用なタイプではないからこそ、役柄にうまくなじめなかったのではないでしょうか。
どんな役柄にもぴたりとはまる、「カメレオン俳優」ではなかったのです。
しかし無骨な男が、無骨な男をそのまま演じた際は、見事に輝きを放ちました。
『幸福の黄色いハンカチ』や『鉄道員(ぽっぽや)』で体現した不器用な人生。
英雄的な役柄を演じた時よりも、不器用な人生を体現するときの彼は、「静かなかっこよさ」を身にまとっていたように見えます。
かっこつけようとせず、あくまで律義に無骨な人生を体現した時、本当にかっこいい健さんが誕生したということでしょう。
高倉健の髪型、行きつけの床屋
健さんのトレードマークといえば、角刈りでしょう。
1931年2月16日、俳優の高倉健が生まれました。
共演者に対して挨拶を忘れない礼儀正しい人物であり、監督やプロデューサーだけでなく、若い新人俳優やスタッフにも必ず立ち上がり、丁寧にお辞儀して敬意を払っていました。
千葉真一は高倉を「一生あこがれの存在で永遠の師匠」と公言しています。 pic.twitter.com/OoKcThx5Vo— Rekishock(レキショック)@日本史情報発信中 (@Reki_shock) February 15, 2021
若手時代から晩年まで、角刈りを貫いた印象が強いですが、近年でもたまに「健さん風」と称して角刈りにする人を見かけます。
先日モデルプレスさんがInstagramにあげた過去の金髪ショットを取り上げてくださいましたが、公演を終えて髪を切った今はこのような髪型になっております。マネージャーさんには「不器用じゃない高倉健さん」と称されました。そんなに器用でもありません。 pic.twitter.com/90k1JyXvdp
— 稲葉友 (@lespros_inaba) December 27, 2017
健さんが常連客だった床屋は、「バーバーショップ佐藤」。
残念ながら現存せず、流れを汲んだ「高輪 手島理髪店」に変わってしまったため、当時の面影はありません。
かつて健さんは、「バーバーショップ佐藤」へ1週間に1回は通うほど気にいっていたそうです。
失礼な言い方ですが、いつも角刈りなのに、頻繁に床屋へ通う意味はあったのでしょうか。
確認したところ、実際に髪の毛を切るのは2週間に1度だけで、あとは髭剃りやシャンプーを目的に通っていたそうです。
さらに「何もしない」日もあったとのこと。
とくに用事がない日は、個室でコーヒーを飲み、ビデオを見ていたそうです。
また主人の佐藤英明さんと話をするのが楽しみだったというのも、頻繁に通う理由だったとのこと。
寡黙なイメージがある健さんですが、気心の知れた人が相手の場合、実はかなり饒舌だったようです。
普段は「不器用で寡黙な高倉健」を演じていた分、行きつけの床屋では、リラックスして会話を楽しんでいたのかもしれませんね。
高倉健の筋肉トレーニング
生前健さんは、「役者は肉体労働者」と語り、筋肉トレーニングを欠かしませんでした。
83歳で亡くなるまで、若々しく健康的に見えたのも、トレーニングに取り組んだおかげでしょう。
死因となった悪性リンパ腫の治療を、以前から行っていたそうですが、親しい人にしか事実を知らせていませんでした。
世間の人々にとっては、健康的なイメージのある健さんが病魔に侵されていたのは、意外な事実かもしれません。
しかし筋肉トレーニングのおかげで、最後まで弱々しい印象はありませんでした。
またウォーキングやジョギング、ストレッチを日課とし、撮影中は椅子に座らないことで筋肉を維持していたそうです。
年齢と共に体を支える筋肉が衰えると、自然と姿勢が悪くなってしまいます。
しかし健さんは、トレーニングによって足腰の筋肉を鍛え、まっすぐな姿勢を保っていました。
彼ほどストイックにはならずとも、歩く時間を増やし、座る時間を減らすことで筋肉と正しい姿勢をキープできるはず。
しかしなかなか実践できる人は少ないかもしれませんね。
どうしても彼と自分を比較して、「どうせ健さんのようにはなれない」と諦めてしまう気持ちもわかります。
常に自分を律し続けた健さんの、常人には真似できない生き様は、ファンにとって永遠の憧れといえるでしょう。
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