高倉健の自宅は養女・小田貴月が解体、兄弟は死を知らず。年収、遺産の行方は

最後の銀幕スターと称され、男優では2人目の文化勲章受章者となった高倉健(たかくらけん)さん。

没後ほどなくして養女・小田貴月(おだたか)さんの存在が明るみになり、世間に衝撃を与えたのは記憶に新しいところです。

高倉健さんが最後に愛し、晩年をともにした女性とのことですが、いったいどんな方なのでしょう。

生前の年収から、遺産の行方にも注目が集まっているようです。

高倉健さんに兄弟はいるのか、また世田谷の自宅は2021年現在どうなっているのかについてもみていきます。

高倉健のプロフィール

愛称:健さん

本名:小田剛一

生年月日:1931年2月16日

死没:2014年11月10日

身長:180cm

出身地:福岡県中間市

最終学歴:明治大学商学部商学科

高倉健の自宅を取り壊した養女・小田貴月

日本映画界を牽引したレジェンドでありながら、とても腰が低く礼儀正しい人柄で知られた高倉健さん。

新人役者や裏方にも常に敬意を払っていたことを物語るエピソードは少なくありません。


薬師丸ひろ子さんは『野性の証明』でスクリーンデビューした13歳の頃を振り返り、よろしくお願いしますと大きな手を差し出されて感激したことを告白。

また岡村隆史さんが日本アカデミー賞授賞式で目標とする役者であることを披露した際は、立ち上がって拍手を送る一幕もありました。

千葉真一さんに至っては、一生あこがれの存在と公言。

高倉健さんは2014年11月10日に悪性リンパ腫のため逝去。

その死が発表されたのは、すでに密葬がすんだ18日のことです。

世田谷区瀬田の自宅は、江利チエミさんと暮らした思い出の場所に建て替えた約260坪の豪邸でした。

しかし2021年現在、同地にこの家はありません。

没後1年半ほどたった頃に解体工事がはじまり、その跡地には、よく似た外観の豪邸が新築されました。

土地所有者および建築主は養女・小田貴月さん。

貴月さんはまた、健さんの愛車やクルーザーを処分し、神奈川県の鎌倉霊園にあった生前墓も撤去して更地にしていたことが明らかに。

この生前墓は萬屋錦之介さんの勧めで健さんが購入したもので、かたわらには元妻・江利チエミさんとの間の水子を祀る地蔵もありました。

水子地蔵の戒名はチエミさんの本名の1文字を入れたもの。

彼女はこの水子地蔵を知らずに亡くなったそうです。

小田貴月さんは戸籍上は「養女」ですが、17年にわたって高倉健さんを陰で支えてきたとされる33歳年下の女性。

長年お世話になった人に財産を遺したいという健さんの意向により、死の前年に養子縁組され、その最期も看取ったといいます。

没後に突如として現れた「養女」なる女性に向けられたのは、やしきたかじんさんの「殉愛騒動」と同じではないかという世間の疑惑でした。

養女・小田貴月とはどんな人?

養女・小田貴月さんの存在が明らかになったのは、高倉健さんの没後まもなく彼女が自ら週刊誌に登場し、その関係を告白したことでした。

経歴をおさらいすると、生年は1964年、「貴倉良子」(たかくらりょうこ)という芸名で芸能活動をしていたことがあり、その後は海外のホテルを紹介するホテル・ジャーナリストになったとのこと。

健さんとは90年代に香港で偶然出会い、文通を経て、「伴奏者」として生きることを決意したと語っています。

最後の17年間、陰の存在に徹して身の回りの世話を焼き、一人で看病を続けたという貴月さん。

養子縁組が成立したのは2013年5月のことで、妻ではなく養女を選択したのは俳優・高倉健のイメージを守るためだったと説明。

自宅や生前墓、高級車やクルーザーいった「遺産」を処分した行為は、まるで健さんの痕跡や思い出を消し去るかのようにも見えますが、これらはプライベートを秘しておきたかった故人の遺志とのこと。

養女・小田貴月さんは2019年に手記『高倉健、その愛。』を発表していますが、これも「自分について書き残してほしい」という健さんの意向だったと述べています。

私生活を包み隠しておきたい一方で、告白本の出版を託すというのは少し矛盾を感じます。

一方、自宅に出入りしていた高倉プロのスタッフや友人たちは、貴月さんのことを家政婦と思っていたと証言。

釈然としないのは、「高倉健が最後に愛した女性」と主張しているのが貴月さんであり、そこに故人の証言がないことです。

見方によっては、彼女は部屋付きの家政婦さんであり、養女に迎えたのは男女の愛ではなく感謝の気持ちからだったとも考えられます。

高倉健の兄弟姉妹は死を知らされていなかった

高倉健さんに兄弟姉妹はいるのでしょうか。

調べたところ、兄が1人、妹が2人いて、1987年に兄が、2007年に上の妹が亡くなっていることがわかりました。

唯一存命しているのが下の妹である敏子さんです。

健さんが病魔に倒れたあとは、養女・小田貴月さんが「高倉の意思」として関係者の面会を拒否し、その死を肉親にすぐに知らせず、密葬にも呼ばず、荼毘(だび)にふして散骨しました。

敏子さんが兄の死を知らされたのは2日後であり、その日が葬儀の日だったことを後日知ったそうです。


密葬には東映の会長をはじめとする数名が列席していますが、身内と呼べるのは養女・小田貴月さんだけでした。

死を知らされなかったことはもとより、養女以外の身内が参列を許されなかったことについて親族は悔しさを隠していません。

また鎌倉霊園の墓地に納骨するのではなく、散骨が健さんの遺志だったと主張していることについても不信感を募らせているようです。

高倉健の年収&遺産の行方は?

58年の俳優人生で205本の映画に出演した高倉健さん。

生涯収入は100億円を下らないといわれており、これを単純に活動年数で割ると、年収が1700万円を超える計算になります。

とはいえ資産運用などには興味がなく、1本の撮影が終わると海外で過ごしていたこともあって、遺産は意外に少ないという映画関係者の声も。

遺産総額は、金融資産の約30億円に不動産資産の約8億円などを合計した40億円といわれています。

高倉健さんにしては少ないと思う人がいるかもしれませんが、それでも莫大な遺産です。

相続人は養女・小田貴月さんだけですから、遺産は彼女が総取りしたと考えるのが自然でしょう。

その功績や人柄から、没後も悼む声が絶えない高倉健さん。

その遺骨を散骨するということは、健さんを偲ぶ人々がどこにお参りすればいいのかわからなくなるということです。


養女・小田貴月さんとの真実の関係は闇の中で、彼女にも言い分はあるでしょう。

ですが、本当に故人の遺志だとしても、貴月さんが肉親や映画人、関係者、そしてファンへの配慮に欠けていた印象は否めません。

高倉健さんは日本映画界の至宝でした。

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