長寿ドラマ『渡る世間は鬼ばかり』の脚本家として有名な橋田壽賀子(はしだ すがこ)さん。
70年以上、脚本家として第一線で活躍していますが、プライベートではどのような人生を送ってきたのでしょう。
今回は橋田さんについて、関連キーワード「ヒロシイワサキ」の情報、結婚、家族、石井ふく子さんとの関係に迫ります。
併せて文化勲章受章の詳細を確認しましょう。
橋田壽賀子のプロフィール
本名:岩崎壽賀子
生年月日:1925年5月10日
身長:不明
出身地:大阪府
最終学歴:早稲田大学文学部芸術科演劇専修(現在の文学部演劇映像コース)中退
ヒロシイワサキとは誰?橋田壽賀子との関係は
橋田さんとの関連キーワードである「ヒロシイワサキ」とは何者でしょう。
調べてみても、真相は不明でした。
橋田さんの亡夫が元TBSプロデューサーの岩崎嘉一さんだったため、「岩崎姓」の夫と関係があるのでしょうか。
「ヒロシ」という名前の息子がいるわけでもなく、そもそも「ヒロシイワサキ」が何者なのかはっきりしませんでした。
ちなみに読み方が同じ人物には、劇団青年座の俳優である岩崎ひろしさんがいます。
🌃…(^_^;) 今日 は コレから 🎙 仕事デス …行ってきます🤗 pic.twitter.com/wH9dwDgT4a
— 🌟🗻🥁岩崎ひろし🥁🗻🌟 (@iwasakipiroshi) February 8, 2021
映画『スター・ウォーズ スカイウォーカーの夜明け』を始め、数々の映画で吹替声優としても活躍している人です。
ただ橋田作品に出演した経験もなく、とくに2人の接点はありません。
ではなぜ「ヒロシイワサキ」というキーワードが浮上したのでしょう。
2013年、橋田さん脚本のドラマ『なるようになるさ。』で主演を務めたのが、舘ひろしさんでした。
それに加え橋田さんの本名が「岩崎姓」のため、舘さんの名前と何かの拍子に結びつき、関連キーワードが生じたのかもしれません。
確かなことは不明ですが、少なくとも橋田さんと関係のある「ヒロシイワサキ」という人物は存在しないのでしょう。
橋田壽賀子の結婚について
橋田さんは1966年、当時のTBSプロデューサー岩崎嘉一さんと結婚しました。
仲人の石井ふく子さんは、2人を結びつけたキューピッドでもあります。
売れない脚本家だった橋田さんは、TBSに脚本を売り込みに行きました。
そこで社員の岩崎さんと出会い、面倒を見てくれる彼に恋します。
恋煩いで脚本が進まなくなってしまった橋田さん。
そこへ石井さんから、締め切りを守るよう催促の電話が入ったそうです。
恋煩いで筆が進んでいないことを知った石井さんは、何と岩崎さんへ直接、橋田さんの想いを伝えました。
結果、岩崎さんは彼女の気持ちを喜んで受け入れ、2人は結婚に至ったのです。
代わりに石井さんは、「2日以内に脚本を書かなかったら関係をぶち壊す」と脅し、脚本を書かせました。
とにかく橋田さんに脚本を完成させてもらうため、彼女を無理やりゴールインさせたのです。
仕事のためなら手段を選ばない石井さんの人柄がうかがえる、大胆な行動ですね。
夫の助言により、「不倫と殺人は書かない」というポリシーを持っていた橋田さん。
仕事面でも互いに意見し合いながら、支え合っていたのです。
結果的に橋田さんは、一貫してホームドラマを書き続け、ヒットメーカーになっていきました。
1988年、夫に肺腺がんが見つかります。
「もし本人に知らせたら絶望するだろう」と考えた橋田さんは、最後まで夫に対して病名を「肋膜炎」と偽りました。
夫に勘繰られないよう、石井さんからの助言もあり、NHK大河ドラマ『春日局』の脚本を降板せずに引き受けます。
そして最終話まで見事に完成させるのです。
岩崎さんは『春日局』の最終話が完成したことに安心した様子で、20日後に息を引き取りました。
2人は仕事と生活の両面で支え合った夫婦だったといえるでしょう。
橋田壽賀子の家族は?
橋田さんの母親は過保護で、ひとりっ子の橋田さんを「はけ口」にしていたそうです。
父親は韓国のソウルで事業を展開していたため、母娘2人暮らしでした。
1人で読書したくても、母親に邪魔されていたそうです。
さらに女学校時代は、帰宅時間が少しでも遅いと、母親が電信柱の背後に隠れて待っていました。
橋田さんはついに、母親から逃れようと行動を起こします。
宝塚歌劇を観に行くという口実で、大阪へ向かいました。
大阪で実施されていた日本女子大学の入試を受け、見事に合格。
伯母が上京に協力的だったため、彼女のもとで準備していると、激怒した母親が乗り込んできたそうです。
娘に対して、「親を置いて上京する親不孝者」とののしり、上京用の布団をはさみで切り刻んだといいます。
何とか上京してからは、過保護に育ったため自炊できず、大学の寮で炊事する際にからかわれたそうです。
しかし必死に炊事を覚え、料理が得意になったといいます。
過保護な母親の手から逃れ、立派に自立を果たしたといえますね。
橋田壽賀子と石井ふく子
橋田さんはベテランプロデューサーの石井ふく子さんと、長年タッグを組んできました。
とくに2人の代表作『渡る世間は鬼ばかり』では、2019年に新作を発表。
30年以上にわたって、共同製作を続けています。
本日よる8時「 #渡鬼 」ついに放送!
トリはやっぱりこのお二方!#橋田壽賀子 さんと #石井ふく子 プロデューサー!👹👹
平成2年から始まって今年で30年目!令和最初の「渡鬼」、ぜひご覧ください!!#令和初 #渡鬼 #渡る世間は鬼ばかり #TBS pic.twitter.com/neJttMvYPs— 渡る世間は鬼ばかり 2019年9月16日放送 (@wataoni_tbs) September 16, 2019
1926年生まれの石井さんより、1歳年上の橋田さん。
筆者は、長年テレビ業界で活躍してきた2人の立場はほぼ対等と考えていました。
しかし実際には橋田さんが、石井さんに怒られてばかりだったそうです。
一般的に番組を統括するプロデューサーの方が、脚本家より立場は上のため、当然ではあります。
60年来の仲でありながら、あくまでプロデューサーが脚本家にダメ出しする上下関係は維持してきたのです。
石井さんが厳しくダメ出しして、橋田さんが「なにくそ」と懸命に筆を進めることで、名作が生まれてきたのでしょう。
橋田壽賀子の文化勲章受章
2020年、橋田さんはテレビ業界における長年の功績が讃えられ、文化勲章を受章しました。
コロナの流行状況を考え、親授式は欠席したものの、「テレビが文化として認められた」と喜んだそうです。
元々、松竹で映画の脚本家としてキャリアをスタートさせた橋田さん。
テレビ業界に移った時期は、テレビが映画より格下に扱われていた時代です。
映画人から、「テレビ業界人」として差別された経験もあるのでしょう。
テレビ脚本家として文化勲章を受章することになり、「いい気味」だと発言しました。
かつて自分やテレビ業界そのものを蔑んでいた人たちに対して、「いい気味」という言葉を向けたのかもしれませんね。
長きにわたってテレビ業界に貢献してきた橋田さん。
コロナ流行後は仕事が減ったそうですが、状況が落ち着けば、またすばらしい作品を発表してくれることでしょう。
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コメント
2021.3.14
の「ヒロシイワサキとは?」ですが
これは橋田さんのご主人(岩崎嘉一さん)のお兄様、岩崎洋さん、すなわち橋田さんの義兄です。
岩崎洋さんは元沼津市三役の一人(収入役)でご子息の岩崎泉さんは元沼津市歴史民俗資料館長です。
関連リンク張っておきます。
http://paipuda.dreamlog.jp/archives/51419477.html
https://www.xn--4gqs9qmuftla.com
又は
https://www.岩崎嘉一.com