竹脇無我の死因。栗原小巻とのコンビ、田村正和とは親友。かっこいい魅力とは

昭和を代表する二枚目スターだった、竹脇無我(たけわき むが)さん。

知的でさわやかな印象が強かったものの、二枚目役を演じ続けることにストレスを感じ、精神を病むこともあったようです。

うつ病や糖尿病など、晩年は病魔にむしばまれていましたが、死因は何だったのでしょう。

また栗原小巻さんとのコンビ、親友の田村正和さんとの交流、かっこいい魅力について見ていきます。

竹脇無我のプロフィール

本名:竹脇無我

生年月日:1944年2月17日

死没:2011年8月21日

身長:173cm

出身地:千葉県我孫子市

最終学歴:青山学院大学法学部

竹脇無我の死因は?

無我さんの死因は、小脳出血でした。

2011年8月21日未明、自宅で倒れていたところを搬送され、集中治療室にて治療を受けます。

しかし同日中に、67歳の若さで亡くなりました。


突然死という印象が強い最期でしたが、実際はさまざまな病気と闘った末の死だったようです。

かつて無我さんは、知性を感じさせる優しい男優として、「理想の夫ナンバーワン」といわれていました。

しかし本人としては、実際の性格が世間のイメージほど立派ではないと感じていたようです。

そのため世間から求められるイメージが崩れないよう、常に緊張した状態で過ごしていました。

結果的にストレスを溜め込んでしまったところへ、追い打ちをかける出来事が起こります。

1991年、親友だった俳優の松山英太郎さんが、食道がんにより48歳で亡くなったのです。

ストレスが溜まっていたところへ、親友の死に対するショックが重なり、自殺願望が芽生え始めます。

49歳の頃から、自殺衝動をアルコールで紛らわし始めていた無我さんは、うつ病と診断されました。

抗うつ剤のおかげで症状が軽くなったため、半年間入院したら、復帰する予定でした。

しかし退院後、再びうつ症状が出始めます。

こうして再びアルコールへ依存するようになってしまいました。

酒の飲みすぎがたたったのか、糖尿病と高血圧症を併発、再び入院します。

再入院を機に、うつ病の治療に専念することを決めた無我さん。

8年間もの闘病ののち、無事に復帰を果たしました。

しかし2009年、父のように慕っていた森繁久彌さんの死にショックを受け、またアルコールに頼ってしまうのです。

無我さんは実の父親を自殺で失っています。

父代わりのような存在だった森繁さんを失った時、実の父を失った時の衝撃がフラッシュバックしたのかもしれません。

再び体調を崩した無我さんは、おそらく飲酒や高血圧が原因となって、小脳出血を起こしてしまったのでしょう。

多くのファンを魅了した二枚目スターの死としては、あまりに悲惨な最期でした。

竹脇無我と栗原小巻とのコンビ

無我さんは、美貌の大スター栗原小巻さんとのコンビで人気を博しました。

人気コンビが誕生したのは、1968年放送の木下惠介アワー『3人家族』です。

すれ違ってしまう恋人役を演じた2人ですが、ドラマは好評で、1970年の続編『二人の世界』では夫婦役となりました。

栗原さんは、恋愛から結婚へ一歩進んだ2人の関係を演じるにあたり、当初は緊張していたかもしれません。

しかし気心の知れた無我さんとの共演ですから、すぐ打ち解けたようです。

無我さんと栗原さんはドラマ内で、息の合った美男美女カップルだったといえるでしょう。

ちなみに2人は、1981年新春にTBSで放送された『関ヶ原』でも、夫婦役を演じました。

無我さんが戦国武将の細川忠興役、栗原さんが彼の正室である細川ガラシャ役です。

ガラシャは2020年、NHK大河ドラマ『麒麟がくる』の主人公明智光秀の娘として話題になったクリスチャンです。

絶世の美女として知られた人物ですから、美しい栗原さんには適役だったといえます。

数々の作品で夫婦役として共演した無我さんの死後、栗原さんは悲しみに暮れました。

彼について「まるで幼馴染みのようだった」と語っていますから、撮影を通して気心の知れた仲になっていたことがうかがえます。

無我さんの不遇の晩年は、多くの人に悲しみをもたらしたといえるでしょう。

竹脇無我と田村正和は親友

無我さんは、同じく二枚目スターだった田村正和さんと親友でした。

2人は松竹の同期だったのですが、退社後も交流を続けていたそうです。

無我さんが家を建てた際、田村さんの自宅にあった木を何本か移植させてもらっていたといいます。

この時移植した木の中に、梅の木があったそうです。


そこで無我さんは、収穫した梅の実を梅干しにして、田村さんに届けたとのこと。

2人のあたたかい友情が感じられるストーリーですね。

田村さんは無我さんの死後、「徹子の部屋」へ出演し、梅の思い出を語っています。

時おり声を詰まらせて話す様子から、親友の死を心から悲しんでいることがうかがえました。

2人は松竹出身の二枚目スター同士、悩みや価値観を共有しやすかったのでしょう。

無我さんの早すぎる死によって、田村さんは心から理解し合える存在を失ってしまったのかもしれません。

竹脇無我はかっこいい!魅力について

惜しまれつつ世を去った無我さんですが、全盛期は非常にかっこよく、魅力的な男性でした。

加藤剛さんと並ぶ、「正統派二枚目スター」の代表格だったとされています。

石原裕次郎さんのような男臭さが漂うスターとは異なる魅力を発揮し、女性の心をつかんだことが、人気獲得の要因でしょう。

同世代の高橋英樹さんや、渡哲也さんのような硬派な男優は、いずれも男性に人気のあるスターでした。

しかし無我さんの甘いマスクと美声には、男臭さとは異なるかっこよさがあり、女性の支持を得たのです。


生涯、クールで知的な二枚目のイメージを貫いた無我さん。

女性人気が高まると共に、普段の自分と二枚目スターのギャップに苦しんでしまったのは、皮肉な運命だったといえるでしょう。

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