田中角栄の功績。訪中で決断した中国との国交回復。高速道路や公共事業政策の評価

田中 角栄(たなか かくえい)さんは総理として日本の経済発展に大きく寄与しました。

一方、ブルドーザーと言われた強引な政治手法や政策には賛否が分かれるところです。

今回は田中角栄さんが首相在任中に行なった政策や功績をチェックして行きましょう。

田中角栄のプロフィール

本名:田中 角榮 (たなか かくえい)

出身地:新潟県刈羽郡二田村(現:柏崎市)

生年月日:1918年5月4日

没年月日:1993年12月16日(75歳没)

主な学歴:二田高等小学校

主な役職:内閣総理大臣(第64・65)

田中角栄の功績「日中国交正常化」の評価

まずは田中角栄さんの最大の功績と言われる中国との関係改善について見て行きます。

1949年10月に中華人民共和国(以下、中国)が建国されたことで資本主義と共産主義の対立(冷戦)は東アジアにも及び、米中に挟まれた日本は難しい立場に追い込まれていました。


当時の日本は台湾に逃れていた蔣介石ひきいる国民政府(中華民国)との間で「日華平和条約」を結んでおり、本土を支配する中国とは国交を結べていない状態が続いていたのです。

そんな中、1970年10月にカナダ、12月にはイタリアが中国と国交を結んでおり、同時期に宿敵だったアメリカも関係改善を探り始めたことから日本でも関係改善の議論が高まりました。

1972年7月7日に田中角栄さんは自身の内閣を発足させ、池田勇人・佐藤栄作両政権が踏み切れずにいた中国との国交正常化を公約として掲げ、与野党の要人を介した交渉を開始。

事前に中国の周恩来(しゅうおんらい)首相と条約の調整を行い、1972年9月25日に田中角栄さんは外務大臣や官房長官を引き連れて現職総理として初の訪中(北京)をしました。

首脳会談では大局に立って関係改善する意義を認め合い、国交回復や賠償請求の放棄などで合意した一方、中国と対立関係だった中華民国と結んでいた条約の失効(破棄)も決断。

中華民国を切り捨てる形になったことで日本国内の中華民国派から非難の声が上がったものの、世論の大勢が関係改善を歓迎したことで反発を乗り切ることが出来ました。

田中角栄さんが成し遂げた「日中国交正常化」は1978年8月に福田赳夫政権が結んだ「日中平和友好条約」へと繋がり、こんにちの日中関係の礎を築いたことに間違いはありません。

一気に国交正常化までたどり着けたのは外交関係者の努力や世界情勢の変化もありましたが、田中角栄さんと周首相という大人物が両国の指導者だったことが大きいでしょう。

田中角栄の功績「日本列島改造」の評価

次は日本全体に大きな影響を及ぼした「日本列島改造」について見て行きましょう。

田中角栄さんは自民党総裁選挙に向けて「日本列島改造論」を自身の政策として掲げ、交通インフラの整備によって人口と資本を都市から地方へ移す主張が支持を集めて当選。

自民党の総裁当選から2日後の1972年7月7日に内閣を発足させ、公約通り高速道路網や新幹線の整備に加えて本州と四国を結ぶ瀬戸大橋などの大型公共事業を推し進めました。

この政策によって高速道路や新幹線の建設予定地周辺の地価が爆発的な高騰を見せてしまい、賃金の上昇を上回るインフレーションによって経済は大きな混乱を起こしたのです。

加えて、1973年10月に起こった第四次中東戦争による「オイルショック」によって物価の高騰と景気停滞は加速し、田中角栄さんは自身の手による日本列島改造を断念しました。

しかしながら、この高速道路や新幹線敷設といった公共工事政策は自民党のDNAとして残り、以降の政権でも名前を変えて同様のインフラ整備は継続されることになったのです。

一方で日本列島改造論は当時から賛否が分かれていた政策であり、特に田中角栄さんの地元である新潟県と東京を結ぶ交通網の整備は過剰な投資だったのは間違いありません。


また、目的だった人口と資本を地方に流すことも満足な成果を上げておらず、逆に地方から都市部へ人口と資本が流出する「ストロー現象」を巻き起こしてしまいました。

小さな国土の日本において各県に地方空港が必要なのか、数分程度の短縮をするために新たな道路網や鉄道整備をするべきなのか、もう一度ゆっくりと考えるべきかもしれませんね。

田中角栄の功績と評価まとめ

今回は田中角栄さんの行なった政策の功績や評価を見てきました。

中でも大きな功績とされる「日中国交正常化」と「日本列島改造」を取り上げましたが、このふたつ以外にも様々な政策判断をして後世に影響を残しています。

大蔵大臣だった1965年には終戦直後に起こしたインフレの反省から止めていた赤字国債の発行を決断し、税収を超えた公共投資によってインフラの整備を進めました。

また、建設関係ばかりが話題になりますが福祉政策を重視した政治家という顔も持っており、サラリーマン減税や年金の公的負担を増やしたことも立派な功績でしょう。

田中角栄さんはロッキード事件による”汚職政治家”だったというイメージが強く、不正やカネの噂が絶えない政治家であったことは肯定的に見ても免れない評価です。

しかし、当時の政治状況を見る限り「日中国交正常化」も「日本列島改造」も田中角栄さんでなければ成し遂げられず、2021年現在の私たちに様々な恩恵を残したと言えるでしょう。

清廉潔白で無能な政治家とダーティーで有能な政治家のどちらを選ぶべきか、これは民主主義国家に住む私たちにとっては永遠の課題なのかもしれません。

もちろん誠実で有能な政治家がベストではありますが、どのような世界においても正しいだけでは物事が進まないという大いなるジレンマを抱えているのはご承知の通りです。

イギリスの首相チャーチルも第二次世界大戦の終わりが見えた時点で選挙に敗れていますが、これはイギリス国民が戦後復興において適任では無いと判断した結果でした。

民主主義国家で政治家を決めるのは主権者たる国民なので、当時の日本人も「田中角栄」を一時的に必要だと感じて選び、のちに”ノー”を突き付けて退場をさせたというだけの話です。


近年になって田中角栄さんの再評価をする声も高まっていますが、コンピューター付きブルドーザーと言われるほどの実力を持った政治家が今の世に居るかどうかは分かりません。

政治は国民を映す鏡という言葉を胸に刻み、貴重な一票を投じて欲しいと願うばかりです。

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