池内紀の息子・恵、父への思い。弟の池内了と家族。死因は心不全

ドイツ文学者でエッセイスト、翻訳家でもあった池内紀(いけうち おさむ)さん。

フランツ・カフカの全作品を翻訳したことで知られ、NHKのFM放送「日曜喫茶室」での語り口も人気でしたね。

今回は紀さんの息子・池内恵(いけうち さとし)さんが、亡き父へ抱いている思いを見ていきましょう。

また紀さんの弟・池内了(いけうち さとる)さんについても確認し、家族情報をまとめます。

また死因となった心不全についても確認します。

池内紀のプロフィール

本名:池内紀

生年月日:1940年11月25日

死没:2019年8月30日

身長:不明

出身地:兵庫県姫路市

最終学歴:東京大学大学院人文科学研究科修士課程

息子・池内恵。父への思い

まず紀さんと、息子の恵さんとのエピソードを見ていきましょう。

恵さんは、イスラム政治思想を専門とする研究者です。

『現代アラブの社会思想』や『イスラーム国の衝撃』などの著作、さらにSNSを通して、中東や世界の情勢について発信してきました。

温厚な雰囲気ながら、意見が対立した場合は、相手を厳しく批判することでも有名です。

またイスラムの表記については、狭い教義での宗教に限らない「イスラーム」という表記を徹底してきました。

日本人がイスラムに対して抱く偏見を、より広い視野から正していこうと考えてきたのでしょう。

恵さんは、父の紀さんが東京都立大学の教授を務めていた、32歳のときに生まれました。

庭つきの中古の家に暮らし、月に1度は家族で中華料理店での夕食を楽しむという、中流階級らしい生活を送っていたそうです。

ただ一般的なサラリーマンの家庭と異なり、一家の大黒柱が学者だったため、家庭環境は特殊でした。

自宅には書物こそありましたが、テレビはなかったそうです。


結果的に恵さんは、20代半ばにカイロで生活していた時期、初めてテレビを見たといいます。

また紀さんは非常に頑固で、厳しい性格だったそうです。

暴力こそ振るわないものの、思春期の恵さんに向かって、人生の深淵を指摘するような言葉を毎日かけていました。

恵さんは、「すごい言葉の暴力によって、人格がゆがんだ。もっとすくすく育ちたかった」と述べています。

紀さんは、感受性の強い10代の息子に対して、現実の恐ろしさを直接的に伝えていたのです。

息子としては父に対して、もう少し夢のある言葉をかけて欲しかったに違いありませんね。

紀さんは亡くなる前、自分の死後に必要な手続きのすべてを終えてから、訃報を公表するよう希望していました。

恵さんは父が亡くなった8月30日から、葬儀が営まれる9月3日までの間、父の代わりに仕事を担当。

父の死を隠したまま、文字起こしや構成などのファクスに返信し続けたそうです。

業務の引継ぎは、幼少期から父の仕事を観察していたおかげで可能だったといいます。

結果的に葬儀を終えた9月4日午後、紀さんの訃報が公表されたのです。

優秀な息子が、見事に父の希望を叶えたといえますね。

恵さんは父としての紀さんに複雑な感情を抱きながらも、研究者としては心から尊敬の念を抱いていたのでしょう。

弟・池内了は天文学者で宇宙物理学者

紀さんの弟は、天文学者で宇宙物理学者、さらに作家としても活躍する池内了さんです。

科学や物理を研究するだけでなく、理系分野の技術の軍事利用を批判し続けてきました。

「世界平和アピール七人委員会」のメンバーや、「九条科学者の会」の呼びかけ人としても平和活動に邁進しています。

文系の人にとって、ドイツ文学者の紀さんの文章に比べると、了さんの文章は難解で理解しにくいかもしれません。

了さんの書籍の中でとくに読みやすい作品は、『ふだん着の寺田寅彦』。

偉大な物理学者で作家の寅彦について、実は癇癪持ちで甘党だったという、人間的な一面がつづられた評伝です。

物理や宇宙に関心がない人も楽しめる作品のため、池松了作品の入門編としておすすめです。

池内紀の家族

紀さんの息子・恵さん、弟・了さんは、いずれも学術研究と文筆のプロとして活躍していました。

紀さん自身の両親については詳細が不明ですが、おそらくインテリ一家だった可能性が高そうです。

また妻は水緒(みお)さんという女性だったことがわかっています。

きっと頑固で真面目な性格だった夫の研究生活を、陰で支え続けた良妻なのでしょう。

死因は心不全

紀さんは2019年8月30日、虚血性心不全により、78歳で亡くなりました。

突然死だったようで、家族は彼の残した仕事の処理に追われます。

先述の通り、葬儀を終える9月4日までは訃報を隠し、家族のみで葬儀を実施。

喪主を務めた水緒さんや、次々送られてくる仕事のファクスに対応した恵さんは、悲しむ余裕すらなかったのでしょう。

ようやく葬儀を終え、周囲にも訃報を知らせたことで、家族も肩の荷が下りたに違いありません。


わがままで、生真面目な研究者だった紀さん。

自身の希望を叶えるために奔走してくれる家族に恵まれ、幸せな人生を送ったといえるでしょう。

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