あべ静江の現在。携帯依存?猫事件と引退の真相。売上と経歴まとめ

70年代を中心に、正統派美人歌手として絶大な人気を誇ったあべ静江(あべしずえ)さん。

まずはレコードデビュー48周年にあたる2021年現在の近況を追っていきます。

スマホやガラケーの携帯を数台所有して使い分けているというのは本当なのでしょうか。

世間を騒がせた猫事件の真相や引退の噂も気になりますね。

彼女の最大のヒット曲は『みずいろの手紙』という印象が強いですが、意外にもシングル売上のトップはこの曲ではありませんでした。

あわせて経歴もまとめます。

あべ静江のプロフィール

愛称:しーちゃん

本名:阿部静江

生年月日:1951年11月28日

身長:158cm

出身地:三重県松阪市中町

最終学歴:東海学園女子短期大学中退

所属事務所:バルシカ

あべ静江、現在は多岐にわたる活動

2021年に70歳を迎えるあべ静江さん。

人生の本当の勝負は60歳からとずっと思っていたそうで、還暦を過ぎてからは健康診断もきちんと受けるようになったそうです。

以前にくらべるとメディア露出こそ激減していますが、ご本人は好奇心も食欲も旺盛で、おひとりさまライフを寂しく感じる暇もないほど人生を楽しんでいるとのこと。


2021年現在は、テレビ出演は依頼があれば出演する程度にとどめているものの、とても幅広い活動を行っているようです。

そのひとつが司会を務める『夢スター歌謡祭 春組対秋組歌合戦』。

昭和を彩ったヒット曲を豪華メンバーが披露する全国規模の公演です。

朗らかな人柄は講演活動でも健在のようで、講演と歌をセットにした歌謡ショーも好評なのだそう。

また東海ラジオの『1・2・3 四日市メガリージョン!!4』ではコーナーパーソナリティを担当。

出身地の三重県では松阪市ブランド大使・みえの国観光大使を務め、地域イベントにも積極的に参加しているというあべ静江さん。

そのほかにも日本歌手協会理事、個人事務所バルシカ代表という肩書をもち、さらにAED(自動体外式除細動器)や骨髄バンクの普及にも力を注いでいるといいますから、エネルギッシュな活動ぶりには頭が下がりますね。

一方、私生活での目下の楽しみは「あべ会」のメンバーで集まること。

「あべ会」とは、バラエティ番組『あべ一座旗揚げ公演 あべ上がりの夜空に』で結成された、芸能界の「あべさん」同士でまったりする会のことで、阿部サダヲさんや阿部寛さんもメンバーなのだとか。

まずは健康で活動を続け、50周年記念コンサートを地元の松阪市で開くのが目標、と意気軒昂です。

携帯は数台持ち!驚きのデジタル生活

ゲーマーとしても知られ、スマホやガラケーの携帯をはじめ関連の充電器などを常に持ち歩いているというあべ静江さん。

仕事の時以外はスマホが手放せないようで、夜は寝る直前まで触っており、寝落ちすることもあるのだそう。

ご本人は「依存症ではない」と主張していますが、ほどほどにしていただきたいですね。

スマホや携帯はドコモやauなどメーカー別に数台所有し、検索にはスマホ、文章作成にはガラケーというように目的に応じて使い分けているとのこと。

シニア世代はとかく苦手意識を抱きがちなデジタル機器ですが、あべ静江さんはPC、タブレット、ニンテンドーDSも駆使しているといいますから、肌に合っているのでしょう。

新しい機械が出たら、すぐに使いたくなるタイプかもしれません。

愛猫家のあべ静江、衝撃の猫事件の真相

あべ静江さんは愛猫家なのですが、過去に猫殺しという衝撃的な疑惑がささやかれたことがありました。

愛猫を壁に叩きつけた疑いや、おしとやかに見えてじつは気性が激しいのではないかという憶測を週刊誌が報じたことが発端です。

1984年の恋人との破局会見の際、記者から猫殺しの真相を問われた彼女は怒りをあらわにしたものの、釈明をせず、沈黙を守りました。

あまり大ごとにしないほうがよい、と周囲からのアドバイスがあったそうです。

猫事件の真相が明らかになったのは2010年代になってから。

疑惑が浮上した当時、あべさんの自宅には知り合いの愛猫家たちが猫を連れてよく訪れていたといいます。

ある日、あべさんの猫と破局した恋人の猫がじゃれ合っていたところ、彼は2匹がケンカをしていると思いこみ、あべさんの猫をとっさに手で払いのけました。

ところが勢いがつきすぎて猫がベランダの扉にぶつかり、ぐったりとしたまま動かなくなってしまいます。


あわてて病院へ向かいますが、猫はそれきり息を吹き返すことはありませんでした。

愛猫を失い、打ちひしがれているところへ報じられた猫殺し疑惑。

当時のことを、まるでナイフを突きつけられているような心境だったと振り返っています。

引退の噂はデマ、売上トップのシングルは?

前述のように、2021年現在も芸能界を引退したわけではなく、芸能活動と並行して多方面でアクティブに活動中のあべ静江さん。

2017年にリリースした骨髄バンク応援イメージソング『すべての命(ひかり)へ』の売上は骨髄バンクに寄付されました。

今後は人を助ける活動や命をつなぐ活動にいっそう重点をおいていくかもしれませんね。

また、あべ静江さんのシングル売上枚数にも関心が寄せられている模様。

あべ静江さんといえば、セットで思い出すのが『みずいろの手紙』という人が多いと思いますが、じつは彼女の最大のヒットはデビュー曲の『コーヒーショップで』でした。

やはり名曲ですね。

マイクの持ち方が、いかにもあべ静江さんらしいです。

2曲とも、作詞は阿久悠さん、作曲は三木たかしさん。

『みずいろの手紙』の累計売上が約26.4万枚だったのに対し、『コーヒーショップで』は約28万枚を記録しました。

あべ静江の経歴まとめ


実家は阿部小間物店という和装小物や化粧品を扱うお店でした。

東海ラジオの専属ミュージシャンと専属歌手という両親のもとで育った縁で、幼い頃からステージで歌っていたあべ静江さん。

小学生になると、東海テレビのドラマにも出演するように。

松阪工業高等学校の定時制に進学したのは、社会勉強になるからという祖父のアドバイス。

のちに高田高校に編入学しています。

東海学園女子短期大学入学と同時にタレント養成校のTTCにも入学。

短大2年の時にFM愛知と東海ラジオの番組を担当し、人気パーソナリティに。

やがて歌手デビューの話が持ちあがり、1973年5月に『コーヒーショップで』でレコードデビュー。

続く『みずいろの手紙』も大ヒットし、同年12月に日本レコード大賞新人賞を受賞。

1974年にはNHK紅白歌合戦に初出場。

女優業も開始し、ドラマ『真夜中のあいさつ』で本格的にデビューしました。

1975年には映画『トラック野郎・爆走一番星』で、1978年にはドラマ『青春ド真中!』でいずれもマドンナ役。

2001年5月、『あら、やせちゃった!』を出版。

2007年8月、『思い出のメロディー』で阿久悠さんを追悼し、『みずいろの手紙』を歌唱。


2016年6月、半生をつづった『みずいろの手紙』を上梓しました。

あべ静江さんの知名度は、おそらく世代によって大きく異なることでしょう。

昭和の歌謡界を駆け抜けた歌姫として、息の長い活動を期待したいところです。

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