伊勢英子は再婚相手として柳田邦男と結婚。娘は写真家。離婚歴なし、父親について

「モモちゃんとアカネちゃんの本」シリーズの挿絵が高く評価された、絵本作家で画家の伊勢英子(いせ ひでこ)さん。

ノンフィクション作家・柳田邦男さんの再婚相手として、長年円満に暮らしてきたようです。

今回は伊勢さんの結婚について詳しく見ていくとともに、娘が写真家という情報、離婚の詳細、父親のエピソードを確認します。

伊勢英子のプロフィール

ペンネーム:いせひでこ

本名:伊勢英子

生年月日:1949年5月13日

身長:不明

出身地:北海道札幌市

最終学歴:東京藝術大学美術学部デザイン科

伊勢英子は再婚相手として柳田邦男と結婚

伊勢さんの夫はノンフィクション作家の柳田邦男さんです。

1999年に刊行された『はじまりの記憶』で対談しているため、この時期から交流し始めていたようです。

結婚は伊勢さんにとっては初婚、柳田さんにとっては再婚でした。

柳田さんの最初の妻は、35歳のときに次男が車にはねられたことがきっかけで、20年以上神経症に苦しみました。

次男は一命をとりとめたものの、中学時代に友人が投げたチョークがぶつかったことで、右目に怪我を負います。


これを機に彼も心の病を患い、結果的には自殺してしまうのです。

柳田さんも心に深い傷を負い、長年苦しみ続けました。

その後詳細はわからないものの、最初の妻とは何らかの理由で別れています。

「心の病を患った妻を捨てた」と批判する人もいるかもしれませんが、当事者にしかわからない事情があったのでしょう。

妻の病状が深刻化し、施設に入れた末に離婚せざるを得なくなったのかもしれません。

その後伊勢さんと再婚していることを考えると、彼を薄情に感じるのも仕方ないでしょう。

しかし見方を変えれば、再婚を決意するほどまでに、彼は前向きな気持ちを回復できたといえます。

人は本当に孤独な状態では生きていかれません。

柳田さんは残りの人生を生きていくうえで、必要な選択をしたといえるでしょう。

伊勢英子の娘は写真家の石井麻木

伊勢さんと柳田さんの娘は、写真家の石井麻木さんです。

「一瞬を永遠にする」をテーマに写真を撮り続け、毎年個展を開催してきました。

またCDジャケットや本の表紙、映画のスチール写真やライブ写真など幅広い分野で活躍しています。

東日本大震災をきっかけに、2011年3月からは東北を撮影し続けてきました。

毎年全国で写真展「3.11からの手紙/音の声」を開催し、震災が風化しないよう活動しています。

芸術的センスは伊勢さん、社会問題に関わる意欲は柳田さんのDNAが大きく影響しているのでしょう。

今後も意欲的に作品を発表し、日本を代表する写真家として活躍し続けて欲しいですね。

伊勢英子に離婚歴はなし

伊勢さんの離婚情報が気になり、ネットで検索する人は多いようです。

しかし調べたところ、彼女が離婚したという情報は見当たりませんでした。

夫の柳田さんが離婚しているため、彼女の名前と「離婚」というワードが結び付いたのかもしれません。

伊勢さんは38歳で眼疾患を患い、右目の視力を失いました。

障害を抱えているからこそ、理解してくれる結婚相手に出会えるか、長年不安を抱えていた可能性もあるでしょう。

そんな中で失意の柳田さんと出会い、お互いに支え合おうと決意したのかもしれませんね。

伊勢英子の父親は元銀行員の絵描き

伊勢さんは自伝エッセイ『七つめの絵の具』で、自身の家族について詳細につづっています。

エッセイで話題になったのが、元銀行員の父の存在です。

絵画の才能があった父は、銀行を退職後の晩年、画家として活動しました。

画家として本格的に活動し始めた時期は遅かったものの、日展に入選経験があり、華々しく活躍していたようです。

伊勢さんとスケッチ旅行に出かけることもあったといいます。

彼女が優れた絵本作家になれたのは、偉大な父の影響があったからこそでしょう。

父の背中を追い続けた結果、彼をがんで失った際の悲しみさえ、エッセイに昇華させる能力を得たに違いありません。


良くも悪くも、親から受ける影響の大きさは計り知れないものですね。

伊勢さんは優しい父と良好な関係を築いたからこそ、彼の趣味に反発することもなく、素直に才能を受け継いだといえるでしょう。

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