ベルばらブームを巻き起こした『ベルサイユのばら』の作者、池田理代子(いけだりよこ)さん。
オペラ歌手や歌人としても活躍する多才ぶりで知られますが、私生活では結婚、離婚、不倫騒動と恋愛遍歴も華やかです。
今回は元夫たちや子供の情報など、四度の結婚歴に迫りました。
2023年現在の夫・村田孝高(むらたよしたか)さんと、その前の夫・賀来景英(かくかげひで)さんには特に注目が集まっているようです。
池田理代子のプロフィール
本名:賀来理代子
生年月日:1947年12月18日
身長:165cm前後
出身地:東京都渋谷区
最終学歴:東京教育大学文学部哲学科(現在の筑波大学)
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恋多き女性!池田理代子の元夫たちをおさらい
池田理代子さんには三度の離婚歴と四度の結婚歴があります。
一人目の夫は集英社の編集者でした。
集英社の『週刊マーガレット』で『ベルサイユのばら』の連載がスタートしたのは1972年。
当時、池田さんは24歳で東京教育大学(現・筑波大学)に在学中。
初婚は22歳の時らしいという情報がありますが、これが事実だとすれば、『ベルサイユのばら』連載開始時にはすでに既婚者だったことになります。
最初の結婚が数年で破綻したのち、乗馬クラブの関係者と再婚。
二人目の夫は乗馬の先生だったという説がありますが、確証はありません。
二度目の離婚のあと、池田理代子さんは元政治家の松谷蒼一郎さんとの不倫騒動で失踪事件をおこします。
これが1984年のことでした。
この不倫騒動は一大スキャンダルになり、週刊誌やワイドショーで大々的に報じらることに。
それから10年あまり過ぎた1995年、当時日本銀行の考査局長を務めていた賀来景英さんと三度目の結婚をして、またもや話題に。
賀来景英さんは、のちに大和総研の副理事長に就任した人物です。
しかし、この結婚生活も2009年まで。
四人目の夫であり、2023年現在の夫でもあるのがオペラ歌手の村田孝高さんです。
池田理代子さんは2023年に76歳を迎えますが、これまでの私生活は山あり谷ありでした。
人気漫画家として一時代を築き、作品も絶大な支持を獲得しているだけに、よいイメージをキープするのは大変だったのではないでしょうか。
池田理代子、四度の結婚も子供なし
四度の結婚歴がある池田理代子さんですが、子供には恵まれなかったようです。
望んでいたのに授からなかったのか、あるいは出産しない選択をしたのかははっきりしていません。
ただ、松谷蒼一郎さんと不倫関係にあった頃は松谷さんとの子供を望んでいて、不妊治療に取り組んでいたという話も。
もし若い頃の結婚生活で子宝に恵まれていたら、いくらか恋愛遍歴も落ち着いたものになっていたかもしれません。
池田さんには姪がいるそうで、彼女のことを実の娘のようにかわいがっているといわれています。
池田理代子の結婚歴~四人目の夫・村田孝高について
2020年11月、池田理代子さんは第一歌集『寂しき骨』を刊行しました。
大きなテーマは「父」ですが、おまけのつもりで、60歳の時に恋に落ちた25歳年下の男性のこともつづっています。
この年齢差25歳の男性こそ、四人目の夫となったオペラ歌手の村田孝高さんです。
村田さんは 1973年1月27日生まれ、香川県丸亀市出身、国立音楽大学声楽科卒業。
これまでバリトン歌手として、オペラ、オペレッタ、ミュージカルの主役や重要な役どころを国内外で務めてきた演技派歌手。
オペラ ナブッコを観に行った。友達が合唱で出演していたのです。村田孝高さんのナブッコ、素晴らしかった✨池田理代子さんのご主人です。 pic.twitter.com/QnzXoffls6
— jume (@juttanko) September 2, 2018
5/26「村田孝高バリトン・リサイタル」(紀尾井ホール)。左より、司会進行の池田理代子さん、幸田浩子(ソプラノ)、ニコレッタ・コンティさん(ピアノ)、村田孝高(バリトン)。第1部はロッシーニ等の歌曲、第2部は『セビリアの理髪師』の2重唱等、充実のバリトンリサイタルでした(M)。 pic.twitter.com/e3NACT9jUh
— 二期会21 (@nikikai21) May 30, 2017
池田さんも東京音楽大学で声楽を学んだオペラ歌手ですから、理想的なパートナーといえるかもしれません。
二人は2009年から同居生活をしていますが、入籍しているのか、事実婚の形をとっているのかは不明です。
共同で運営しているブログ『村田孝高と池田理代子のブログ〜オペラと人生』には、日々の暮らしのことや仕事のことなど近況がつづられています。
池田理代子さんがいつまでも若々しく輝いている秘密は、25歳年下の夫にあるのかもしれませんね。
池田理代子の結婚歴~三人目の夫・賀来景英について
1995年に結婚した賀来景英さんとの接点ははっきりしておらず、馴れ初めも不明です。
手がかりになるのは、当時、池田さんが理想の男性像としてルイ16世を挙げていたこと。
不器用ながらも、妻のマリー・アントワネットに一途な愛を捧げ続けたのがその理由であり、夫もルイ16世に似ていると発言していました。
このことから、賀来さんが池田さんに夢中になり、アプローチを受けての結婚だった可能性がありますね。
賀来景英さんは1942年、東京生まれ。
東京大学経済学部卒業後に日本銀行に入行。
1968年からはシカゴ大学に留学、その後大蔵省銀行局出向や日銀考査局長を経て、1996年より大和総研顧問に就任。
2004年の時点で同副理事長を務めていたことが明らかになっています。
14年の結婚生活ののち、2009年に離婚していますが、破局の理由は何だったのでしょう。
池田理代子さんは賀来さんと結婚した1995年、オペラのソプラノ歌手をめざすべく47歳で東京音楽大学に入学し、卒業後はソリストとして舞台に立ってきました。
以下は推測ですが、四人目の伴侶が同業者のオペラ歌手であることを考えると、音楽活動については賀来さんの理解があまり得られなかったのかもしれません。
自身の作品に負けず劣らず、ドラマティックな半生を送ってきた池田理代子さん。
このありあまる情熱が『ベルサイユのばら』という大作を生み出したように思えてなりません。
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