杏里が結婚した岸田健とは離婚&逮捕。現在と子供について。自宅はロサンゼルス

80年代以降のシティポップを牽引したアーティストの一人で、ファッションアイコンとしても女性たちの熱い支持を受けていた杏里(あんり)さん。

過去に結婚・離婚を経験していますが、2022年現在は再婚しているのでしょうか。

最新の音楽活動とともに結婚事情をリサーチしました。

元夫の岸田健さんとはどんな人で、子供はいるのかも気になるところ。

また第二の故郷ともいえるロサンゼルスについても取り上げます。

杏里、結婚・離婚につづいて婚約破棄!

杏里さんが結婚したのは、『SUMMER CANDLES』『スノーフレイクの街角』がヒットした1988年のことでした。

お相手はファッションデザイナー山本寛斎さんの甥で、当時はアパレル会社社長だった岸田健さん。

しかし結婚生活は数年で終わりを迎え、1993年に離婚が成立。


岸田さんの逮捕劇については詳しく後述します。

離婚から2022年現在にいたるまで、杏里さんに再婚したという報道はありません。

この間の2008年4月に、米国人ギタリスト、リー・リトナーさんとの婚約破棄を公式サイトで発表して世間を驚かせました。

リー・リトナーさんはジャズやロックやブラジル音楽などをミックスした独自のサウンドで知られる、ジャズ・フュージョン界のギターヒーロー。

平成世代にはなじみのない名前かもしれませんが、50代以上の洋楽ファンにとってはビッグネームでしょう。

海外レコーディングをたびたび行い、海外アーティストとのコラボレーションも多い杏里さん。

2002年にリリースした『SMOOTH JAM -Quiet Storm-』は収録曲がすべて洋楽バラードのカバー曲というミニアルバムで、制作にリトナーさんも参加していました。

じつは2005年に婚約を発表しており、2007年には一部で破局が報じられていたのですが、婚約破棄の公式発表で初めて二人の交際を知った人も多かったよう。

婚約を破棄するにあたり、これからも自分のペースをくずさずに音楽活動をしていきたいと決意を述べた杏里さん。

仮にゴールインしていたら、世界的なミュージシャンと日本人女性の組み合わせとしては、ジョン・レノン&オノ・ヨーコ夫妻、フリーやバッド・カンパニーのポール・ロジャース&清水マチ夫妻に続くビッグカップルになっていたことでしょう。

杏里の現在

2022年に61歳を迎える杏里さん。

2021年6月にはアルバム『「ANRI Voice to Voice」Vinyl Edition』をリリース。

なんとアナログ盤で、A面とB面があるとのこと。

収録曲は、デビュー曲『オリビアを聴きながら』のほか、『悲しみがとまらない』『ドルフィン・リング』といった名曲です。

11月4日には、相葉雅紀さん主演のドラマ『和田家の男たち』の主題歌『Watching Over You』の配信がスタート。

竹内まりやさんとのユニット、Peach&Apricot名義です。

この女性シンガーソングライター同士の豪華ユニットは奇跡のように思えますが、じつは竹内まりやさんとは同じ1978年デビューで、以前から「一緒に何かおもしろいことをやりたいね」と話していたのだそう。

80年代を彷彿とさせる、大人のおしゃれなシティポップという印象の楽曲です。

また、ライブも少しずつできる状況になったおかげで、秋には「ANRI LIVE 2021 ~Voice to Voice~」のツアーも。

2022年の元日には、グランドプリンスホテル新高輪のニューイヤーイベント「ニューイヤープレミアムショー」への出演。

杏里の元夫・岸田健に複数の逮捕歴

杏里さんの元夫である岸田健さんは、山本寛斎さんの甥という血筋ながら、詐欺容疑で複数の逮捕歴があります。

昔はアパレル会社の社長としてファッション界や芸能界とも交流があったようですから、そこで杏里さんとの接点が生まれたのかもしれません。

杏里さんと婚姻関係にあった頃も、少額ながら詐欺事件を起こしていたそうです。

離婚の原因は、おそらく夫の不祥事にあったと思われます。

離婚後はカプセルホテルやネットカフェで生活する、いわゆる「住所不定、無職」の人間になっていたといいます。

岸田さんは2016年にも詐欺容疑で逮捕され、警察の調べに対して「生活するために金が欲しかった」と供述したとのこと。

すでに離婚して他人になっている杏里さんですが、彼女もだまされてしまったのでしょうか。

杏里に子供の情報はなし

杏里さんに子供がいるという情報はありませんでした。

5年間の結婚生活で子供が授かってもおかしくはないのですが、岸田健さんとの間に子供はもうけていないようです。

出産より音楽活動を優先したのかもしれません。

離婚した年に大ヒットした曲が『ドルフィン・リング』というのがなんとも皮肉ですね。

自宅のあるロサンゼルスは第二の故郷

ロサンゼルスに自宅があり、長いことアメリカと日本を行き来する生活を送っている杏里さん。

16歳の時にロサンゼルスでデビュー曲をレコーディングして以来、この街が大好きになり、いつかは移住したいと思っていたそうです。

それが実現したのは2000年。

西海岸のミュージックシーンにも確固たる人脈を築くことができました。

アメリカでの成功を夢みて渡米するのは簡単だけれど、現地で仕事をするのは非常に大変、と杏里さん。

考えてみると、杏里さんのように拠点をロサンゼルスにおきながら両国の生活をバランスよく維持し、しかも音楽活動を長く続けているアーティストはそれほど多くいませんね。


デビュー40年にあたる2018年には、この節目を機にニュートラルになって、自分のめざす質の高い音楽を作っていきたいと語っていた杏里さん。

還暦を迎えたとは思えないほど若々しく輝いている姿からは、音楽活動の充実ぶりがうかがえます。

杏里の実家は温泉経営&父親は実業家。母親の支え。英語力と出身高校について

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