大貫妙子、結婚本命は坂本龍一だった?夫のいない現在、葉山の自宅と札幌移住

近年、欧米を中心としたジャパニーズ・シティポップ・ブームで再び熱い視線が集まっている大貫妙子(おおぬきたえこ)さん。

70年代から活動を続ける女性シンガーソングライターですが、これまでの長いキャリアの中で結婚のニュースは聞こえてきませんでした。

2022年現在は結婚していて夫がいるのでしょうか。

また本命は坂本龍一さんだったという噂や、最新の音楽活動、葉山に居を構えながらも決意した札幌移住についてまとめました。

大貫妙子のプロフィール

愛称:ター坊

本名:大貫妙子

生年月日:1953年11月28日

身長:不明

出身地:東京都杉並区久我山

最終学歴:都立桜水商業高等学校(現在の都立杉並総合高等学校)

所属事務所:ソニーミュージック

大貫妙子は現在も結婚せず、夫のいない生活

伝説のバンド、シュガー・ベイブ解散後はソロ活動に転じ、坂本龍一さんや小林武史さんらとのコラボレーションで多くの名作を発表してきた大貫妙子さん。

2022年に69歳を迎えますが、結婚はしておらず、いまだ独身です。


結婚願望がないことをご本人が明かしていることから、夫のいないシングルの暮らしを自分なりに謳歌しているのではないかと思われます。

子供の頃から結婚したいと思ったことがないうえに、ずっと音楽にハートを奪われたまま今に至ったとのことでした。

ひと言で言えば「音楽と結婚した」ということでしょうか。

人生を音楽とともに歩み、家族のように思える音楽仲間やスタッフに恵まれて、これ以上ない幸せを感じているという大貫妙子さん。

68歳という年齢を考えると、音楽人生をひっくり返すような運命の出会いでも訪れないかぎり、これからもシングルとして生きていく可能性が高そうですね。

大貫妙子の本命は坂本龍一だった?

独身を貫く大貫妙子さんですが、過去に大物アーティストとの交際が噂されたこともありました。

その一人が坂本龍一さんです。

坂本さんとは70年代前半に出会い、YMO結成以前から共作や共演をしてきた盟友ともいえる間柄。

坂本さんがミュージシャン、アレンジャー、プロデューサーとして参加した大貫さんのアルバムは少なくありません。

たとえば名盤との評価が高く、昨今のシティポップ・ブームでも話題になっている1977年の『SUNSHOWER』もそのひとつ。

また二人は2010年、共同制作による『UTAU(うたう)』を発表。

この作品は大貫妙子 & 坂本龍一名義でした。

大貫さんと坂本さんは1982年までの数年間、交際していたといわれており、これは坂本さんが矢野顕子さんと結婚する前の話。

噂の域は出ないものの、業界では二人の交際は有名だったという話もあります。

事実だったとすれば、仕事を通じて距離が縮まったことは明らかですね。

坂本龍一さんとの仕事は自分の大切な宝物、と語る大貫さん。

学んだことが多かったのはもちろん、感性が重なる部分も多かったそう。

たとえば、「ここはフランスの夜明けの海岸で、砂浜を馬が駆けていくようなイメージの音をシンセサイザーで出して」と注文すると
、坂本さんはイメージどおりの音を出してくれたそうです。

交際中に坂本さんとの結婚を視野に入れていたのかどうかはご本人のみぞ知るですが、キャリアを振り返ってみると、音楽のパートナーとして坂本さんの存在は大きかったことがわかります。

大貫妙子の現在の暮らしぶり

ここ数年は海外からの支持も広がっている大貫妙子さん。

68歳という年齢ですが、2022年現在も精力的にライブ活動を行っています。

毎年恒例の冬のアコースティックコンサートは12月8日に東京オペラシティで開催。

コロナ禍による日常の激変で、一時はうつ状態になりそうだったという大貫さん。

しかし、そのぶん人と人とのつながりの大切さをあらためて感じることができ、コロナ禍もひとつの教訓としてとらえようとポジティブに思考を切り替えたそう。

巣ごもり生活で気づいたことは、ゴミ収集日に大量のゴミが出されるようになったこと。

物にかぎらず、頭の中も時には断捨離して風通しをよくしておきたいそうです。

最近は朝日が昇る前に愛猫の鳴き声で目を覚まし、夜は本を読みながら眠りにつく毎日。


年齢を重ねて実感したことは、若い頃と声質が変わったことと、昔より声が出るようになったこと。

言葉にのせたい思いも変わってきていると述べています。

葉山に自宅がありながら札幌移住を決意

東京生まれ、東京育ちの大貫妙子さんですが、バブル期で地上げが続き、自然が失われていく都会にうんざりして、両親とともに神奈川県の葉山に転居しました。

以来、両親とは葉山の家で同居していたのですが、東日本大震災の翌年に母と父を相次いで見送ることに。

東日本大震災は、大貫さんの私的な環境も大きく変えることになりました。

原発事故のあと、大貫さんは原因不明の咳が続き、被曝を避けるために札幌移住を決意。

2014年1月6日付の北海道新聞の朝刊で「札幌に部屋を借りて三度目の冬」と述べています。

葉山の家を引き払って札幌に転居したのではなく、もとの自宅はそのまま。

その後は葉山と札幌を行き来する生活を送っているようですね。

2013年に刊行された『私の暮らしかた』は、葉山での両親との生活や札幌に新居を借りるまでの8年間をつづったエッセイ。

情報より重視するのは自分の直感であり、北の大地は生きるために必要な水と空気と食糧で満たされているとのことです。


透明感のある歌声と独自の世界観で多くのファンに愛されてきた大貫妙子さん。

凛とした、すがすがしい生き方も人を惹きつけてやまない魅力なのでしょう。

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