羽田孜の家系図。息子・羽田雄一郎がコロナで死去。孫や世田谷区にある自宅について

羽田 孜(はた つとむ)さんは「改革と協調」をモットーに政界を渡り歩き、1994年4月には自身の内閣(日本の憲政史上4番目の短命)を発足させました。

総理になったことから家柄の良さも話題を集めただけでなく、息子の雄一郎さんが新型コロナウイルスで亡くなったことも大きな話題になっています。

今回は羽田さんの家系や自宅など私生活の面をクローズアップしていきましょう。

羽田孜のプロフィール

本名:羽田 孜 (はた つとむ)

出身地:東京都大田区

生年月日:1935年8月24日

没年月日:2017年8月28日 (82歳没)

最終学歴:成城大学(経済学部)卒業

主な肩書:内閣総理大臣(第80代) / 外務大臣(第116代) / 大蔵大臣(第96代)

羽田孜の家系図は政治家がズラリ

まずは羽田孜さんの生まれた家族や家系図全般について見ていきますが、文字だけでは伝わりにくいので当サイトが作成したオリジナルの家系図をご覧ください。

羽田孜家系図

羽田家の家系図を見てまず最初に感じるのが政治家の多さではないでしょうか。


父・武嗣郎さんを筆頭に息子の雄一郎さんと次郎さん、さらに甥の神津健(たけし)さんまでもが国会議員になっています。

もっとも、身内が亡くなった際に後継者として国会議員に当選をしているので、羽田家一族が一度にたくさんの議席を占有していたわけではありません。

孜さん自身は東京都の生まれですが、太平洋戦争中にアメリカ軍の空襲が激しくなったことで父や母方の故郷・長野県に疎開して中学までを過ごしました。

経済的にも長野電鉄の創業家や大本組の創業家、カルピスの会長や避妊具で有名な「オカモト」の役員を輩出した瀬下家と繋がりを築いています。

一族が議席を受け継ぐ世襲については賛否両論あるところですが、本人たちの意思よりも支援者が望んでいる風潮もあるのでしばらくは続くかもしれませんね。

息子・羽田雄一郎がコロナで死去

この項目では羽田孜の息子・羽田雄一郎さんがコロナで亡くなった件について見ていきます。

雄一郎さんは2020年12月24日に38.6度の発熱の症状が現れ、25日と26日の公務を欠席して自宅で待機をしました。

27日にPCR検査を受けるために医療施設へ向かいましたが、移動の最中に「俺、肺炎かな」とつぶやいて気を失ったそうです。

秘書はその場で救急車を呼んだことから救急搬送されたものの、そのまま意識を取り戻すことなく東京大学医学部附属病院で死亡が確認(53歳没)されました。

雄一郎さんは大きなリスクとされている糖尿病や高脂血症、高血圧などの基礎疾患があったことから重症化が進み、現職の国会議員として最初の犠牲者になりました。

検査できずに亡くなったことから”野党議員だから検査が後回しにされた”との声も上がりましたが、当時の検査状態は貧弱だったので政治の力学は関係ないでしょう。

後日、雄一郎さんの死去により参議院長野選挙区で補欠選挙が行われ、弟の次郎さんが立憲民主党から出馬をして当選。

ある意味で弔い合戦となった補欠選挙ですが、次郎さんには兄の無念を晴らすような獅子奮迅の活躍を期待するばかりです。

羽田孜の孫は3人

こちらの項目では羽田孜さんの孫について見ておきましょう。

コロナで亡くなってしまった長男の雄一郎さんは二男一女を授かっているので、確認できている範囲だと孜さんには3人のお孫さんがいらっしゃることになります。

お孫さんたちの名前は公開されていませんでしたが、2019年7月の参議院選挙で雄一郎さんが再選を飾った祝いの場に娘さんらしき子供が映っていました。

雄一郎さんの足元に小さな女の子がいますが、端にいる妻の七栄さんとアイコンタクトをしているように見えるので親子である可能性は高いでしょう。

また、七栄さんのフェイスブックには息子たちとのスリーショットが掲載されていました。

2013年時点で小学校の高学年に見えるので、2022年現在は大学生になっているかもしれません。

いずれにしても、孜さんのお孫さんたちは未成年や学生の可能性が高いので深く掘り下げない方が良いでしょうね。

羽田孜の自宅は世田谷区成城

最後に羽田孜さんが長年過ごした自宅についてリサーチしておきます。

孜さん亡くなった際に「世田谷区の自宅で死去」と報じられたことから世田谷区在住は分かりましたが、詳しい場所までは明らかにされていません。

それでもあきらめずに調査を進めると、世田谷区の高級住宅街「成城」に自宅があることを突き止めることが出来ました。

左右の建物はどちらも「羽田」の表札を掲げていますが、右側の表札は「羽田宏(三男)」と詳しく書かれています。

左側の家には息子(二男)の次郎さんが住んでいるという情報もありますし、敷地の広さなども考慮すると孜さんが生活をしていたのは右側の建物かもしれません。

孜さんが最期を迎えた家は令和になっても健在で、息子や甥っ子も政界で活躍をしている現状は何とも感慨深いですね。


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