あおい輝彦の現在。立派な父親や兄弟、若い頃はジャニーズ。病気の噂の真相とは

芸能界で長年活躍している、歌手で俳優のあおい輝彦(てるひこ)さん。

2022年現在どのようにしているのでしょうか。。

また、父親や兄弟について、気になっている人が多いようです。

若い頃の人気ぶりや病気についての噂も、あわせて見ていくことにしましょう。

あおい輝彦のプロフィール

本名:青井輝彦(あおいてるひこ)

生年月日:1948年(昭和23年)1月10日

身長:170cm

出身地:東京都杉並区

最終学歴:日本大学芸術学部卒業

所属事務所:しまだプロダクション

あおい輝彦は現在

長年芸能界で活躍し続けているあおい輝彦さんですが、2022年には74歳になりました。

精力的に俳優活動を続けている、ということではないようです。

しかし、とても元気そうに単発の仕事をこなしているようですよ。


2019年には、テレビ朝日系トーク番組「徹子の部屋」に出演。

この時71歳になっていましたが、伸びやかで艶のある歌声を披露していましたね。

鳥が好きということで、バードウォッチングを楽しんでいるとか。

新型コロナウイルスが蔓延する前は、ニューカレドニア島など海外にも鳥を見に訪れていたそうです。

鳥を見に行くということは、たくさん歩くでしょうから健康にも良さそうな趣味ですね。

さらに、2021年12月には帝国劇場で行われたジャニーズの公演「ABC座ジャニーズ伝説2021 at IMPERIAL THEATRE」に映像出演しています。

あおい輝彦の父親や兄弟

ここでは、あおい輝彦さんの父親や兄弟などのエピソードを紹介していきます。

あおい輝彦の父親は新聞やラジオ局の取締役だった

あおい輝彦さんの父親は、青井英隆(あおいひでたか)さんといいます。

学生時代は野球にも打ち込み、高校野球で甲子園に出場したほどスポーツ万能。

早稲田大学でも野球をしており、遠征でアメリカにも行っています。

そして社会人になってからも、仕事ができる人だったようです。

マスコミ業界では非常に有名な方で、産経新聞社や文化放送で取締役を務めあげました。

文化放送には、苗字をそのまま取った「アオイの間」という部屋があったそうです。

さまざまな相談をしに、多くの人が「アオイの間」を訪れたのだとか。

その後ホーマー製菓の社長も務めています。

とても頼りがいがあり、しっかりしたお父さんだったということがわかりますね。

あおい輝彦さんがジャニーズに入った時は、お父さんはジャニー喜多川(きたがわ)さんに怒鳴り込んだそうです。

「輝彦はうちの一人息子だぞ!」と、大事に育てていた息子が芸能界に入ることを不満に思ったのかもしれません。

そこでジャニー喜多川さんは、「学校にはきちんと通わせて、その後に活動をさせるようにします。部活のように考えてください」と約束したそうです。

その約束通り、学業をおろそかにすることなく芸能活動に力を入れたあおい輝彦さん。

アイドルになって人気者になっても、父親が常日頃伝えていた「芸能人である前に人間であるということを決して忘れるな」という言葉を常に忘れずにいるそうです。

あおい輝彦は西郷輝彦と兄弟だと間違えられている

あおい輝彦の兄弟については、存在が確認できませんでした。

しかし、「歌手で俳優だった西郷輝彦さんと兄弟関係なのではないか」と思う人が多いようです。

2人とも彫りの深い、整った顔立ちをしていますね。

ただし、「兄弟と間違えられる」ほど似ているわけではないようです。

下の名前も「輝彦」で全く同じということと、歌手で時代劇のドラマに出演したりと共通点も多い2人。

それで「兄弟なのでは」と思われているようですが、もしそうなら「苗字」が同じケースが多いのではないでしょうか。

実際に出身地も異なりますし、2人が家族関係であるということは無さそうです。

あおい輝彦は若い頃に俳優だけでなく声優や歌手としても大活躍していた

ここでは、あおい輝彦さんが若かった頃の芸能活動にフォーカスしていきます。

数々の名作や名曲を残していることが分かりますよ。

あおい輝彦の若い頃の俳優活動

あおい輝彦さんの俳優としての代表作は、何と言っても「水戸黄門」の助(すけ)さんでしょう。

1988年から2000年までの長い期間、黄門様を支える重要な役柄を渋く演じていましたよね。

では、若い頃のあおい輝彦さんはどのような作品に出演していたのでしょうか。

22歳だった1970年から放送されたTBS系列のドラマ「二人の世界」では歌も担当していたあおい輝彦さん。

主題歌「二人の世界」は大ヒットし、オリコンチャートでは週間で最高3位になりました。

ドラマ内では、栗原小巻(くりはらこまき)さんの弟役で出演していましたね。


さらに28歳だった1976年には、名作映画「犬神家の一族」にも出演しています。

一族の相続争いや恨みから起こる連続殺人事件を、不気味な映像と共に記憶している人も多いのではないでしょうか。

石坂浩二(いしざかこうじ)さん演じる、金田一耕助(きんだいちこうすけ)シリーズの最初の作品でもあります。

あおい輝彦さんは、重要人物である犬神佐清(いぬがみすけきよ)と青沼静馬(あおぬま)の二役を演じました。

1978年に初めてテレビで放送された時は、関東地区の視聴率で40.2%を記録しています。

いかに話題性があった作品だったかが分かりますね。

あおい輝彦は若い頃あしたのジョーの声優をしていた

あおい輝彦さんが、俳優として活躍していたことは推測できました。

しかし、声優もしていたことを知らなかった人も多いのではないでしょうか。

あおい輝彦さんは、1970年に放送された大ヒットアニメ「あしたのジョー」で声優をしていたことが明らかに。

50年以上経った2022年現在でも「あしたのジョー」を知っている人は多いでしょう。

あおい輝彦さんは、何と主人公の矢吹丈(やぶきじょう)の声を担当していたのです。


「時代劇の俳優というイメージしかなかった」という人にとっては驚きでいっぱいでしょうね。

若い頃ジャニーズのメンバーで歌も上手かった

あおい輝彦さんが芸能界に入るきっかけになったのは、ジャニー喜多川さんの野球チームに所属していたからでした。

そのチームの中から選ばれて1962年に結成されたのが、アイドルグループの「ジャニーズ」でした。

ジャニーズと言えば、2022年現在も人気の男性アイドルグループを有する芸能事務所。

あおい輝彦さんは、そのジャニーズの初代グループメンバーだったのです。

実は元の野球チームは、あまりにも下手だったので「エラーズ」「ヘターズ」という名前にしようと言われていたとか。

しかし、あおい輝彦さんが「カッコ悪いですよ。ジャニーさんが監督だから「ジャニーズ」にしましょう」と提案。

つまり、「ジャニーズ」という名前はあおい輝彦さんの命名だったというのです。

良い名前を付けましたよね。

1967年年末をもってジャニーズが解散した後は、1970年に「二人の世界」でソロ歌手として成功しました。

さらに、1976年発売の「あなただけを」はオリコンチャートで6週間も連続1位を獲得するほどの大ヒット。

NHK紅白歌合戦にも出場し、日本有線大賞で有線ヒット賞と特別敢闘賞も受賞したのです。

このように、あらゆる面で売れっ子だったことが分かりました。

若い頃から、あおい輝彦さんは整った顔立ちで爽やかでしたね。

あおい輝彦に病気の噂があるが別人の間違いだった

病気の噂があるようですが、時々見かけるあおい輝彦さんは非常に元気ですよね。

若い頃までさかのぼっても、病気だったことはないようです。

これは、前述した西郷輝彦さんと混同されているので「病気」という言葉が出てきたのでしょう。


「兄弟なのでは」と言われたり「同一人物なのでは」と噂されたりしているから混同されてしまったのですね。

西郷輝彦さんは前立腺ガンを患い、2022年2月20日にこの世を去りました。

自身がガンになり、治療を受けることなどを公表して闘い続けていましたね。

結論としては、あおい輝彦さんが2022年現在病気であるということは、無さそうです。

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