つげ義春の息子、統合失調症ではなかった。妻は藤原マキ、子育てで苦労の過去

「月刊漫画ガロ」で活躍し、日常生活や夢、旅などテーマにした漫画・随筆を発表してきた、つげ義春(つげ よしはる)さん。

年齢を重ねてからは、一人息子がマネージャーとして活動をサポートしているそうです。

また、息子さんが統合失調症であるという間違った噂が流れた真相を確認していきましょう。

また絵本作家だった藤原マキさんの闘病、子育ての苦労にまつわるエピソードも見ていきます。

つげ義春のプロフィール

本名:柘植義春

生年月日:1937年10月30日

身長:175 or 176cm

出身地:東京府東京市葛飾区(現在の東京都葛飾区)

最終学歴:葛飾区立本田小学校

つげ義春の息子はつげ正助

義春さんの一人息子は、つげ正助さんです。

1975年に東京都で生まれ育ち、2022年現在は父のマネージャーとして活動しています。


2020年4月に刊行された『つげ義春大全』をまとめるうえでも奔走しました。

大全には「月刊漫画ガロ」に掲載された有名作品だけでなく、ガロ以前のマイナー作品も収録されました。

義春さんはファンから寄贈された原画や自宅に保管されていた原画のデータ化などを懸命に行ったそうですよ。

息子さんの協力があったおかげで、集大成となる作品を完成させられたのですね。

2022年5月14日にはトークイベント「つげ義春さんの近況と実績 編集者、ファン、家族の視点」が開催されました。

つげ親子はそろって東京都国立市にある会場・ギャラリービブリオにて、トークに花を咲かせました。

親子とともに語り合ったのは、代表作『ねじ式』の担当編集者だった高野慎三さん、友人の漫画家・おんちみどりさん。

84歳の義春さんは昔を知る仲間たちと存分に語り合い、楽しいひと時を過ごせたに違いありませんね。

2か月前には国の栄誉機関である「日本芸術院」の新会員に選ばれるなど、嬉しい出来事が重なっていました。


息子の正助さんはトークイベントで、
「父は芸術院のことをよく知らない。会員になると年金をもらえるから、それが目当てだったのでは」
とコメントし、会場は笑いに包まれました。

父の性格を知り尽くしている息子さんならではのユーモラスな発言ですね。

また前年に正助さんは、お笑い芸人で漫画家の矢部太郎さんと対談を果たしています。

対談が掲載されたのは「芸術新潮」2021年9月号で、テーマは「ちょっと変わったお父さん」についてでした。

矢部さんの父は『ふたごのまるまるちゃん』や『ひとは なくもの』などの作品がある絵本作家・やべみつのりさんです。

2人の父はいずれも自宅で仕事をする芸術家だったため、一般的なサラリーマンとは違う生活を送っていました。

息子が「なぜうちのお父さんは会社に行かないの?」と不思議に思うのは当然ですね。

2人はいつも自宅にいる風変わりな父や、家に車がなかったことへの違和感などについて語り、盛り上がっていました。

変わり者の父を持ち、車も所有できないほど貧しい家庭で育った者同士、意気投合して楽しく対談していたのですね。

つげ義春の息子が統合失調症は間違い

ここまで見てきた通り、義春さんの息子である正助さんは、父のマネージャーとして精力的に活動しています。

この事実に驚いた人も多いようですが、それはかつて「つげ義春の息子は統合失調症」という噂が流れていたためです。

しかし、正助さんが統合失調症であったという話は事実ではありません。

義春さんのインタビュー記事が原因でそういった噂が流れましたが、実際は別のページで別の評論家が掲載しただけでした。

この情報は、正助さんのご友人から当サイトへ指摘という形でご教示いただきました。

正助さんに統合失調症と診断がされた事も、これまで一切ないとのことです。

以前はこのページでも、正助さんが統合失調症であるかのような記事を掲載していましたが、訂正させていただきました。

高齢のつげ義春さんが、統合失調症の息子を世話していたという事実はなかったのです。

2022年現在、正助さんは父の活動をサポートしている様子です。

つげ義春の妻は藤原マキ

義春さんの妻は元女優で、絵本作家として活動した藤原マキさんです。

本名は「柘植真喜子」で、1941年に大阪府で生まれました。

高校卒業後に女優となり、名女優・山本安英さんが主宰する劇団「ぶどうの会」に参加します。

その後は唐十郎さんが主宰する「状況劇場」にも参加し、看板女優として活躍。

『腰巻お仙』の初代お仙、『由井正雪』の夜桜姐さんといった役を演じました。

交際していた義春さんとは1975年11月に、正助さんの誕生をきっかけに結婚します。

しかし結婚の翌年に子宮がんを患いました。

このときから夫婦は「一緒にいられる時間を大切にしたい」と考えたに違いありません。

家族で伊豆や別所などを訪れ、温泉旅行を楽しむようになりました。

この時期に藤原さんは絵本作家を志して『私の絵日記』を出版しています。

さらに1991年には竹中直人さんが監督と主演を務め、義春さんの作品が原作の映画『無能の人』が公開されました。


「つげブーム」が訪れた結果、夫婦は忙しくなってしまったものの、引き続き旅行の時間は作るようにしていたようです。

しかし1999年2月、藤原さんはがんが再発して逝去。享年58歳でした。

彼女の代表作『私の絵日記』には夫と息子と過ごしたあたたかい日々の様子がつづられており、読む人の心を癒し続けています。

 

つげ義春は子育てで苦労

義春さんが発表した日記文学の名作である『つげ義春日記』には、日々の苦しみが克明に記されています。

本書によるとかつて義春さんは新作の執筆が進まず、将来に不安を抱えた状態で子育てをしていたそうです。

さらに妻の闘病生活を支えながら、自身が患ったノイローゼとも向き合わなければならず、心身が完全に疲弊していました。

しかし日記の文章はどこか客観的でユーモアも感じられます。

プロの表現者である義春さんの実力がにじみ出ている名作ですね。

子育ての時期につらいことが重なった父の不安が表現されています。


それでも2人は愛する人の死も乗り越えて、穏やかな日々を手に入れられたのですね。

つげ親子が少しでも長く平穏な日々を楽しめるよう祈っています。

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