小林正観の前世は?死因と病気、弟子について。スピリチュアル信奉者ではなかった

『「そ・わ・か」の法則』をはじめベストセラー書籍を多く発表した心学研究家・文筆家の小林正観(こばやし せいかん)さん。

闘病しながらも晩年まで講演活動を続け、多くのファンに慕われました。

今回は、正観さんが抱いていた前世に対する考え方、彼の前世とされる石田梅岩の詳細を調査しました。また死因と病気の詳細、弟子について確認。

最後に霊的な存在について考察していたにもかかわらず、意外にもスピリチュアル信奉者ではなく現実主義者だったという説を見ていきます。

小林正観のプロフィール

本名:小林正寛

生年月日:1948年11月9日

死没:2011年10月12日

身長:公称176cm

出身地:東京都江東区深川

最終学歴:中央大学法学部

小林正観が語った前世にこだわらないことの大切さ

正観さんは、人が死後に別の世界に生まれ変わる「輪廻転生」説を信じていたようです。

もし本当に「生まれ変わり」が可能であれば、誰でも「自分の前世は誰だったのか」気になりますよね。

しかし正観さんは、前世を信じながらも「前世にこだわりを持ちすぎることには注意が必要だ」と考えていました。


ある経営者が正観さんのもとへ人生相談にやって来たときのエピソードを紹介します。

その人は人並み以上に努力をしなければ、生活が楽にならなかったそうです。

必死に生き続けるだけの自分の人生に意味を見出せず、前世を含めて自分が何者なのか知りたいと考えていました。

正観さんは彼に対してある言葉を投げかけます。

すると彼は絶句したのち、「わかりました」とだけ言って帰って行ったのです。

正観さんはどのような言葉を掛けたのでしょうか。

自身の回想によると、彼に対して、
「もしあなたの前世が何人も人を殺した殺人者だとします。生まれ変わった今、あなたの人生のテーマは何ですか」
と訊ねたそうです。

「わかりません」と答えた男性に対して、
「喜ばれる存在になることが、今すべきことです」と返事をしました。

そのうえで「では前世が、人から敬われるすばらしい存在だったとします。今生でのテーマは何ですか」と再び質問。


やはり「わかりません」と答えた男性に対し、
「より喜ばれる存在になることが、今すべきことです」と返事をしたのです。

「前世が誰であろうと、今やるべきことは同じです。だから前世が何者だったか気にする必要はありません」と締めくくりました。

自分の前世が何者だったかを気にするよりも、今、誰かを喜ばせることが重要。

限られた生の中で、今このときを大切にすることの重要性が感じられるエピソードですね。

小林正観の前世とされるのは思想家・石田梅岩

ちなみに正観さん自身の前世は、江戸時代の思想家・石田梅岩だと言われています。

士農工商の身分格差があった時代、人間の本質に差はないと主張し、「万民平等」を唱えた道徳家でした。

正観さんも多くの人に平等に接し、慕われた人物という点で共通していますね。

奇しくも梅岩の誕生日である10月12日に、正観さんは息を引き取りました。

前世という存在を意識しているからこそ、前世に捉われすぎず、現世で最大限の輝きを放った生涯だったのですね。

小林正観の死因は過労死か。病気は糖尿病や心臓病など

正観さんは2011年10月12日に、62歳で亡くなりました。

死因については正確な情報が見当たりませんが、重度の糖尿病や腎不全などの説があります。

また心臓も悪かったそうで、心臓病が直接の死因だった可能性もあるかもしれません。

しかしあるファンの方は「過労死」だと推測していました。

複数の病気を抱えながらも、休みなく講演活動に励んでいたため、可能性はゼロではありませんね。

正観さん自身は「休みなく仕事ができることは幸せ」と語り、暇があれば慕ってくれる人々の前で講演活動を続けていたのです。

運動量が少ない中で食べ物を食べ続けて糖尿病を発病。その影響で視力が悪くなり、腎臓病も悪化してしまいました。

2年間で6回も入院し、身体に負担がかかる中、仕事を続けていたことになりますね。

複数の病気と疲労が重なり、寿命が縮まってしまったのでしょう。

小林正観の弟子は高島亮

正観さんの教えを継ぐ弟子に高島亮さんという人がいます。

1967年に新潟県で生まれ、東京大学文学部を卒業し、大手化学メーカーに就職。

その後は精神世界専門の出版社に移り、精神世界と現実世界のバランスの調整に努め始めます。

正観さんに出会ったのち、その教えを伝える「正観塾」の師範代となりました。

師匠の教えの中で特に印象に残っているのは、
「幸運の女神は自分の後を追いかけて来る」
というもの。

ネガティブな言葉を使わず、ポジティブな言葉を使って生活することで、言葉が心を導いて幸運をつかむことができるのだそうです。

高島さんは少しずつ教えを実践したところ、資金繰りで決済の直前にお金が振り込まれたり、すてきな出会いが重なったりと幸運が舞い込んできました。

泣き言や不平を口にせず、前向きな言葉を口にし続けるのは大変ですよね。

それでも、自分にも周囲の人にもポジティブな言葉を言い聞かせ続けることで、より良い方向に導かれるに違いありません。

小林正観はスピリチュアル信奉者というより現実主義者

正観さんは精神世界を信じながら、現実世界で生きやすくなる方法を弟子たちに語り続けました。

たとえば「ありがとう」という言葉を口にし続けることで、良い方向に人生が進んで行くことを教えています。

スピリチュアルな人生論にも思えますが、実はこの主張には科学的根拠がありました。

正観さんは単純に「ありがとう」と唱え続けていれば、お金持ちになったり、結婚できたりすると主張していたわけではありません。

科学的根拠にもとづいた行動と「ありがとう」を結び付けることで、具体的な成果が出ると主張していたのです。

たとえば人間の身体は約60%が水でできていますが、加齢とともに水分量が減っていきます。

結果的に全身から艶が消え、髪の毛も老化して白髪が増えるのです。

そのため老化を遅らせるには、水分を摂取することが有効とされています。

正観さんは白髪が増えた頃、水を飲むときは必ず「私を若返らせてくれてありがとうございます」と口にしていました。

この習慣を続けた結果、正観さんの髪の毛は真っ黒に輝き始めたそうです。


このように、ときには自身の身体を実験台としながら、科学的根拠と結び付けた教えを唱えていたのです。

実は正観さんはスピリチュアル信奉者ではなく、かなりの現実主義者だったのかもしれませんね。

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