2023年にはデビュー61周年を迎えた歌手で役者の舟木一夫(ふなきかずお)さん。
長きに渡り活動されることは簡単なことではありませんが、舟木さんもこれまでに幾度もの困難を乗り越えてきた有名人のひとりです。
そんな舟木さんの若い頃の自殺未遂や弟が死亡した原因、引退と出身大学の噂についてお伝えします。
舟木一夫のプロフィール
本名:上田 成幸
生年月日:1944年(昭和19年)12月12日
出身地:愛知県一宮市
職業:歌手・俳優・タレント
音楽ジャンル:歌謡曲・演歌
レーベル:日本コロムビア
舟木一夫が若い頃に経験した栄光と挫折
日本を代表する昭和の名曲「高校三年生」は言わずと知れた舟木一夫さんのデビュー曲ですね。
デビューするや否や、瞬く間にスターの階段を駆け上がったのは舟木さん18歳のときのことでした。
しかし、この人気は舟木さんに栄光だけでなく、大きな挫折も与えることになりました。
ここでは舟木さんの若い頃について詳しく追っていきます。
舟木一夫の人気は驚異的だった
デビュー直後から大変な人気を博し、あっという間に人気スターとなった舟木さん。
デビュー2年目には1年間に15枚のシングルを発売しています。
今の時代では考えられないペースですね。
また、発売する曲が次々に売れていくため、レコードのプレス工場は舟木さんのレコードを優先せざるを得ず、他の歌手の生産をストップしなければならないほどでした。
そして歌が売れるとすぐ映画を作る時代だったそうで、舟木さんもデビューから3か月後には「高校三年生」の映画化が決まっています。
事務所が用意したブロマイドにサインを書いたことがありましたが、その数なんと2万枚。
それを一週間で書いたこともあったそうです。
ファンレターは1日に2000枚~3000枚、年賀状は12万枚届いたことも。
また、舟木さんの家までやってきたファンで朝から人だかりができ、窓から部屋を覗かれていたというから驚きです。
当時は有名人の家をファンが知っていることは珍しくなく、現在のような個人情報保護は皆無だったのです。
このようなエピソードからも舟木一夫さんの人気がどれほどのものだったかよくわかりますね。
こうして舟木さんは若い頃から栄光を手に入れ、順調な日々を送ったのでした。
人気低迷、失恋、心身疲労により3度の自殺未遂
デビューから瞬く間にスターへと上り詰めた舟木一夫さん。
そんな舟木さんの人生の歯車が少しずつ狂い始めたのは1970年ころからでした。
夢を抱いていた芸能界で若くして成功した舟木さんでしたが、多忙を極める中で違和感を持つようになっていました。
舟木一夫77歳か。まあ僕が今年70で全く意外じゃないんですがね、アイドル時代の自殺未遂事件とか虚弱な感じが魅力だったのにまだ現役で元気っていうのはすごいね。
同期の御三家は橋幸夫と西郷輝彦。
古いけど、昨日みたい。 pic.twitter.com/mJfv50pAiZ— 浅沼テイジ(ゾンビロリータ)イラストレーター (@TeijinChana) January 19, 2022
実はデビューしてから2~3年目くらいから思い描いていた世界とは違うと思うようになっていたのです。
芸能界に憧れていたからこそ、業界特有の表と裏のギャップが大きくなっていき、ついていけなくなっていました。
長期の休みを取りたいと考え、誰かに心境を聞いてもらいたいと思っていた舟木さん。
それも言えないまま心のバランスを崩していき、とうとう1970年、1972年、1973年には自殺未遂まで起こす事態となりました。
騒動となった1972年の自殺未遂直前に、1970年にも起こしていたという自殺未遂を雑誌で告白。
失恋によって手首を切ったことを明かしていたのでした。
「神経がバラバラになってしまい自分を追い込んでしまった。」と1972年の際には会見を行いますが、負の連鎖は続きます。
翌年1973年には「ぼくの歌は死んだようだ」と書いた遺書を残し、首や胸を切るという3度目の自殺未遂を起こしてしまったのです。
デビューから10年が経っていました。
後年、舟木さんはこれらの騒動について「完全に仕事のストレスが原因だった」と明かしています。
大切な存在だった弟が死亡した原因は転落死
舟木さんの低迷期は10年以上続き、その間には大切な家族との別れも経験しています。
1977年に父親が他界、それに続き1984年には13歳年の離れた弟が不慮の事故で亡くなってしまいます。
飲食店を経営したいと言ってきた弟と母親に、最初は「うまくいくわけがない」と反対していた舟木さん。
その後、弟が自立するのも悪くないかもしれないと考え直した舟木さんは、協力することを選びました。
ところが舟木さんの心配は的中してしまいます。
わずか1年ほどで飲食店の事業は失敗に終わってしまったのです。
この時できた借金は約2億円ほど。
舟木さんがすべて肩代わりすることになりました。
舟木さんは事業失敗が原因で生活が荒れていた弟と喧嘩になり、そのまま疎遠となってしまいます。
そして2年ほどたったある日のこと。
舟木さんの耳に飛び込んできたのは弟が死亡したという突然の知らせだったのです。
家の鍵をなくし、非常階段からベランダ伝いに自室へ入ろうとした弟。
その日は酔っ払っていました。
そして雨で濡れていた足元を滑らせ頭から転落し、帰らぬ人となってしまったのです。
まだ26歳という若さでした。
舟木さんは幼少期から弟をとてもかわいがってきたことで有名です。
歌手になるきっかけも、弟と妹に貧しい思いをさせまいという気持ちが大きかったからでした。
「とにかく妹と弟に僕と同じ思いをさせちゃいけない」
舟木さんは弟が死亡したときのことを振り返り「いつしか弟の目には兄としてではなく歌手・舟木一夫としてしか映っていなかったのではないか」と語りました。
大変なショックを受けた舟木さん。
当時の記憶はほとんど思い出せないのだそうです。
仲直りできないまま弟の死を受け入れなければならなかったのですから無理もありませんね。
舟木一夫の引退と出身大学の噂の真相
1992年~1993年に行った30周年記念公演がきっかけで、中高年世代を中心に人気が再燃。
紅白歌合戦にも21年ぶりに出場(1992年)するなどした舟木一夫さんは、現在も公演を中心に活動を続けています。
「所属事務所㈱アイエス公式サイト 舟木一夫」
そんな舟木さんに引退の噂があるようですが、それは正しい情報ではありません。
舟木さんといえば一世を風靡した元祖御三家のひとり。
それを共にした橋幸夫さんが2023年5月をもっての歌手引退を発表しました。
舟木さんも同じ御三家として名前を挙げられることが多かったため、情報が交錯してしまったのかもしれませんね。
また、出身大学について噂になることもあるようですが、舟木さんは大学へは進学していません。
舟木さんの長男の出身大学が慶応義塾大学ではないかと噂されることがあるため、それが原因ではないかと思われます。
2022年の60周年記念コンサートでは「やれるとこまではやる」と語っている舟木一夫さん。
今後も若々しい姿と歌声でたくさんの人を楽しませてくれることでしょう。
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