デビュー以来、クオリティの高い楽曲を量産し、けっして飽きられることなく愛される続けている宇多田ヒカル(うただ ひかる)さん。
彼女の登場を境にJ-POPシーンが様変わりしたといっても過言ではないでしょう。
多くのアーティストや音楽評論家が宇多田さんを天才と呼んでいますが、なぜ天才なのかを彼らの言葉から探っていきたいと思います。
あわせて凄さや魅力、海外の反応を掘り下げながら、その才能を再確認していきましょう。
またデビューアルバム『First Love』の驚異的なセールスにも着目し、なぜ売れたのかを推測します。
天才ならではの逸話もまとめました。
宇多田ヒカルのプロフィール
愛称:ヒッキー
本名:宇多田光(うただひかる)
生年月日:1983年(昭和58年)1月19日
身長:158cm
出身地:アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク
最終学歴:コロンビア大学中退
所属事務所:U3MUSIC
宇多田ヒカルが天才といわれる理由
宇多田ヒカルさんが『Automatic/time will tell』でデビューしたのは1998年12月でした。
小室ブームが翳りをみせはじめたJ-POPシーンに突如として現れた15歳の少女のサウンドは、R&Bテイストでありながら不思議と日本人の耳になじむ、新鮮な楽曲でした。
年が明けてリリースされた1stアルバム『First Love』は史上最高セールスを記録。
衝撃的なデビューは、ヒットメイカーの小室哲哉さんをして「引退を考えさせられた」と言わしめたほどです。
小室哲哉に引退を考えさせたアーティスト② #宇多田ヒカル #マツコの知らない世界 pic.twitter.com/BFhiOe0Wkc
— フク (@fu9ma) January 10, 2017
宇多田ヒカルさんに衝撃を受けたと明かしているのは小室哲哉さんだけではありません。
それは井上陽水さん、小田和正さん、矢沢永吉さん、桑田佳祐さん、松任谷由実さんらも同じ。
新人アーティストを持ち上げる必要のないビッグネームがこぞって称賛するのですから、これだけでも宇多田さんが天才といわれる理由がわかります。
具体的には、「もう一回この曲を聴くとどんな発見があるんだろうと思わせてくれる稀有なアーティスト」と井上陽水さん。
「革命的なものをお創りになった、次元が違う」と『Fantome』を絶賛した桑田佳祐さん。
さらに音楽評論家の渋谷陽一さんは、宇多田さんの出現以前と以後では日本人のもつポップミュージックのDNAが変わったと指摘。
同じく音楽評論家でミュージシャンでもある近田春夫さんは、宇多田ヒカル以降のJ-POP界を「B-29爆撃機に空爆された焼野原」と表現しました。
いずれにせよ、宇多田さんの登場が日本の音楽シーンの転換点であったことは疑いようがないでしょう。
宇多田ヒカルの凄さ&魅力を分析
では宇多田ヒカルさんの具体的な凄さや魅力はどんなところにあるのでしょう。
その筆頭に挙げられるのは、やはりメロディメイカー・ボーカリストとしての天賦の才能です。
彼女の生み出すヒットチューンはとにかく引き出しが多く、R&Bからオルタナティブ・ロック、ダンス、エレクトロニカまで、ジャンルレスな作風が魅力。
活動再開後は他のアーティストとのコラボも増えてきましたが、もともと彼女は作詞作曲、楽器編成、バンドの音づくりに至るまで、すべての設計を自ら行うこだわりをもっていました。
マンネリを回避するために編曲は他人にまかせるシンガーソングライターもいますが、楽曲制作を自分一人で完結させても作品の多様性を維持し続けられたのは非凡な才能といわざるをえません。
叙情的でせつないメロディラインやバックトラックの繊細な音選び、バイリンガルならではの言葉の配置の妙など、宇多田ヒカルらしさを挙げたらきりがありません。
言うなれば、イントロの1音からフェイドアウトしたあとの余韻まで、すべてが宇多田ヒカルらしいのが彼女のアーティストとしての底力といえるのではないでしょうか。
宇多田ヒカルさんの楽曲が多くの人を引きつける要因として、コーラスワークを含めた歌唱の完璧さも挙げられます。
独特なビブラートのなかに切なさ、か弱さ、心地よさを感じさせる歌声は、井上陽水さん、松任谷由実さん、平井堅さんも高く評価するところ。
ピッチ感やリズムといった歌唱の隙のなさ具合も凄いのですが、その表現力の豊かさも特筆すべきポイントでしょう。
息の抜き方や少し軽めに発音する奥ゆかしさなどにも、ボーカリストとしての突出した才能を感じますね。
宇多田ヒカルの海外の反応について
宇多田ヒカルさんは2004年にアルバム『EXODUS』で全米デビューしています。
2009年には全米配信した『This Is The One』が日本人アーティスト最高位となる総合アルバムチャートで19位、POPアルバムチャートで2位を記録。
2022年4月16日(現地時間)には、カリフォルニア州で開催された世界最大級の野外音楽フェスティバル、コーチェラ・バレー・ミュージック・アンド・アーツ・フェスティバルに88risingの一員として出演。
日本人アーティストがコーチェラのメインステージに出演するのは2013年の東京スカパラダイスオーケストラ以来。
宇多田さんにとっては初めてのフェスでのパフォーマンスとなりました。
SNSに寄せられた海外の反応は、「ヒカルはJ-POPの最高峰」「いい曲は時代を超越する」「彼女が出るって知ってたらカリフォルニアまで行ったよ」といった声がほとんど。
先立ってリリースされた8枚目のオリジナルアルバム『BADモード』についても、「ウタダはけっして悪い音楽はつくらない」「いつもながらの芸術作品」という賛辞が集まりました。
海外進出から18年を経て、宇多田ヒカルさんは再評価されているようです。
来週新しいアルバム「BADモード」が先行配信されます!そして2月23日にCDが出ます😀 https://t.co/RLESK4231K
— 宇多田ヒカル (@utadahikaru) January 11, 2022
インタビューhttps://www.youtube.com/watch?v=lB3nTHvVkUk
宇多田ヒカルのデビューアルバムはなぜ売れたのか
ダブルミリオンとなったデビューシングル『Automatic/time will tell』に続いて、1stアルバム『First Love』は初週で200万枚を突破。
累計売上枚数は国内のみで765万枚を超え、邦楽史上最高セールスという金字塔を打ち立てました。
海外のセールスも含めると、およそ990万枚といわれています。
宇多田フィーバーともいえる、当時の狂騒にも似た現象を覚えている人は多いでしょう。
とはいえ冷静に考えると、765万枚という数字はちょっと異常とも思えます。
ここでは、『First Love』がなぜ驚異的なセールスを記録したのかを分析していきましょう。
彗星のように現れた宇多田さんは、当時はめずらしいバイリンガルの帰国子女でした。
作詞作曲をこなすうえに、年齢はなんと15歳。
超大型新人の登場をメディアがこぞって取り上げるも、当の本人は顔出しせず、そのルックスが拝めるのはソファの前でユラユラと歌う『Automatic』のプロモーションビデオだけ。
そのミステリアスさが話題に拍車をかけるなか、宇多田ヒカルさんは往年の演歌歌手・藤圭子さんの娘だということが判明し、年配者の興味をも引く存在となったのです。
『First Love』が驚異的な売り上げを記録した背景に、こうした話題性があったことは事実です。
ですが、話題性だけで史上最高セールスを達成できるほど音楽シーンは簡単なものではありません。
ブレイクの最大の要因は、やはり彼女の並外れた音楽的才能ではないでしょうか。
宇多田ヒカルのレコーディングの逸話
近年は他のアーティストとの共演も増えてきた宇多田ヒカルさん。
その天才らしい逸話について、いきものがかりの水野良樹さんが明かしたことがありました。
それは、ある日本の有名ミュージシャンが彼女のレコーディングに参加して、指摘の鋭さに落ち込んで帰っていったという話。
またアルバムのエンジニアを担当したスティーブ・フィッツモーリスさんも印象的なエピソードを語っています。
宇多田さんの要望に対して、「ちょっとそれは無理」と答えたミュージシャンがいたそうです。
そのとき宇多田さんは、それは不可能という意味なのか、それとも難しいという意味なのか訊き返していたのだそう。
自身の音楽に対する確固たる信念やレコーディングに妥協を許さない姿勢は、こうした逸話からも伝わってきますね。
「人間活動」と称した休業期間があるものの、すでに長いキャリアをもつ宇多田ヒカルさん。
母となった彼女の今後の活動にいっそうの期待が高まります。
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