竹下登の孫はDAIGO。豪華すぎる家系図。父親との軋轢、実家は庄屋で造り酒屋

竹下登(たけしたのぼる)さんは日本の政治家であり、第74代内閣総理大臣を務めた方です。

「消費税導入」「ふるさと創生事業」「リクルート事件」など、政治家・総理大臣としての竹下登さんを語るとどうも負の印象がぬぐえません。

しかしここではそうした政治や思想などではなく、竹下登さんのプライベートな家族関係について解説していきます。

竹下登のプロフィール

本名:竹下登

生年月日:1924年2月26日

没年月日:2000年6月19日

出身地:島根県飯石郡掛合村

出身校:早稲田大学商学部

竹下登の孫はDAIGO

竹下登さんの孫として最も有名なのは、歌手・タレントのDAIGO(ダイゴ)さんです。

ロックバンド「BREAKERZ」のボーカルであり、女優の北川景子(きたがわけいこ)さんと結婚したことでもかなり話題になりました。

DAIGOさんはデビューしてしばらくの間は、竹下登さんの孫であることを隠していました。


やはり家族の名前を使って売り出すことに抵抗があったのでしょう。

しかしあるときを境に積極的に自分の祖父が元内閣総理大臣である竹下登だと話すようになりました。

その結果、DAIGOさんのテレビ出演は爆発的に増えました。

そして度々祖父である竹下登さんとのエピソードも語ってくれたのです。

どうやらDAIGOさんは祖父に相当可愛がられていたようですね。

日本のトップに上り詰めたほどの方でも、孫はどうしてもかわいいということなのでしょう。

また、DAIGOさんは「ウィッシュ」というポーズや、なんでもアルファベットで略するギャグなど、少しチャラ目な言動が特徴です。

しかし、そこはさすが竹下登さんの孫ということなのか、「育ちの良さが隠しきれていない」とファンの間では度々評判になりました。

ちなみにDAIGOさんの本名は内藤大湖(ないとうだいご)です。

内藤は父親の名字で、母のまる子さんが竹下登さんの娘です。

父は内藤武宜(ないとうたけのぶ)さん。


竹下登さんの私設秘書だった方です。

さらにDAIGOさんには姉がいます。

そのお姉さんは内藤栄子(ないとうえいこ)さんといい、影木栄貴(えいきえいき)というペンネームで活動している漫画家です。

もうひとり兄である内藤博文さんもいますが、この方は一般の方のようです。

竹下登さんとDAIGOさんの関係は、多くの人を驚かせたことでしょう。

元総理大臣の孫がこのような若者なのか、と思う人。

DAIGOみたいな人の祖父がまさか元総理大臣だとは、と思う人。

しかしそこをDAIGOさんは持ち前の好感度の高さでうまくとりなしてくれたように思われます。

竹下登の家系図が豪華すぎる

竹下登さんの家系図は有名人ばかりで、あまりにも豪華だと評判です。

普通、元総理大臣の家系図なんてものを気にする人はそうそういないでしょう。

しかし竹下登さんに関しては、孫のDAIGOさんがきっかけとなって、その家系図が公に明らかにされました。

それはDAIGOさんの家系図をテレビ番組で調査する企画においてのことでした。

竹下登さん、およびDAIGOさんの家系図に見つかる有名人の名前は、挙げればキリがなさそうです。

辿れば辿るだけ、現代の芸能人はもちろん歴史上の偉人までつながっているからです。


ジョン・レノン、作家の三島由紀夫(みしまゆきお)、政治家の小沢一郎(おざわいちろう)、元総理大臣の米内光政(よないみつまさ)、西郷隆盛(さいごうたかもり)、等々。

この家系図からは読み取れることがいろいろあります。

単純に知っている名前ばかりが見つかり、素直に驚くこともできます。

あるいは、政財界の大物や有名な芸能人は、結局のところ内輪とばかりつながる傾向にあるのではないかと斜に構えて眺めることもできるでしょう。

つまり、意外なつながりをただ楽しむこともできれば、「上級国民」という言葉で揶揄することもできるというわけです。

いずれにせよ、竹下登さんの家系図が多くの人にとって極めて興味深いものであることはたしかでしょう。

あるいは世の中の有名人にはもっと面白い家系図を持つ人がいるかもしれませんね。

竹下登は父親の竹下勇造と軋轢アリ

竹下登さんの父は竹下勇造(たけしたゆうぞう)さんです。

この2人の間には、生涯解消されることがなかった軋轢がありました。

原因は、竹下登さんの前妻である竹内政江(たけうちまさえ)さんをめぐる事件にあります。

軍役につくことになった登さんと離れて、政江さんは1944年から竹下家で暮らすことになりました。

しかし1945年に妻の唯子さんと死別した勇造さんは、政江さんによく干渉するようになったとのことです。


そのせいでノイローゼになり、夫の竹下登さんに助けを求めるため東京に出向いた政江さん。

しかし軍務などで忙しかったせいなのか、一方的に責められるだけで終わってしまったのです。

その結果、追い詰められた政江さんは1945年5月、自殺という最悪の道を選んでしまいました。

その後、軍役を終え帰ってきた登さんは、勇造さんと激しく対立することになったようです。

2人の言い争いは絶えることはなかったといいます。

しかし、そのとき政治家を目指していた登さんは、竹下家という看板の重要さを知っていました。

そのため内面に抱える思いを表に出すことはなく、外面的には普通の親子関係を取り繕うようになったようです。

その後も生涯を通じて、この時期のことを語ることはなかったとか。

ちなみに勇造さんは1945年12月、恕子さんを後妻として迎えています。

2人の間には息子が2人、娘が1人生まれました。

その息子の上の子が竹下亘(たけしたわたる)さんで、のちに竹下登さんの後継者となる方です。

さて、こんな事件を引き起こした勇造さんですが、控えめに言ってもなかなか破天荒な方だと思われます。

どうも家業は妻や番頭に任せきりで政治談議に熱中してしまうような方であり、さらには女好きでもあったそうです。


政江さんとの一件から言っても、あまり好ましい人間ではなかったように思われます。

この事件に関して、竹下登さんはどのように考えていたのでしょうか。

父に対する怒りか、それとも助けを求められたにもかかわらず無下にあしらってしまった自分に対する後悔なのか。

いずれにせよこの勇造さんと政江さんの事件は、竹下登さんにとっては触れるのも躊躇うある種のタブーだったのでしょう。

竹下登の実家は造り酒屋

竹下登さんの実家は、島根県飯石郡掛合村(現雲南市)にあります。

幕末の1866年に創業してから代々続く造り酒屋「竹下本店」を経営しています。

また、竹下家は江戸時代から続く庄屋の家系でもあります。

つまりは、地元の代表であり、地主ですね。

そのため農地や山などを多数所有していたようです。

ただ、竹下さんが大学卒業後に帰郷したときには実家が農地改革の対象となり、多くの山や農地を手放さなければならなくなったようですが。

実家が営んでいる竹下本店は2022年現在も続いています。

2006年には生家に隣接して竹下登記念館が建設されました。

これからの竹下本店が、DAIGOさんという存在を受けてどのようになっていくのか楽しみにしていきましょう。


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