1980年代半ばから1990年代半ばにかけて歌手・女優として活躍した畠田理恵(はただりえ)さん。
芸能界を引退してからはメディアなどで見かけることは少ないですが、現在は何をしていて以前経営していたおにぎり店はどうなっているのでしょうか。
将棋棋士・羽生善治さんの奥様としてご存じの方も多いかもしれませんが、2人の結婚馴れ初めが知りたいですよね。
今回は娘たちが難関大学の医学部に通っているという噂などもあわせてご紹介したいと思います。
畠田理恵のプロフィール
本名:羽生理恵(はぶりえ)
生年月日:1970年(昭和45年)11月10日
身長:155cm
出身地:大阪府堺市
最終学歴:大阪福島女子高等学校(現・好文学園女子高等学校)中退
所属事務所:エムアール、1996年芸能界引退
畠田理恵の現在は夫を支える良き妻、SNSで発信している内容とは
畠田理恵さんの現在は、天才棋士の夫をサポートする専業主婦です。
まるで人形のようなという形容詞がピッタリな美しい容姿を活かし、歌手・女優として活躍していた畠田理恵さん。
畠田理恵
MOMOCO 1986年(昭和61年)12月号 #畠田理恵#昭和 pic.twitter.com/PfsGJrNJIp
— 懐かしい昭和時代 (@natsukashi__) November 27, 2022
1996年結婚を機に芸能界を退いてからは、一時飲食店を経営してましたがそのお店を閉じてからは専業主婦として暮らしているようです。
2016年の週刊誌の突撃取材ではご自身の毎日について、子育てや、夫の着物の手配に健康管理で大忙しと明かしています。
夫である羽生善治九段は2022年に『徹子の部屋』に出演し家での妻の様子を語っていました。
夫曰く「料理上手で色んなものを作ってくれる」、「色んなことを知っていて、出来るので素晴らしい人」なのだそう。
結婚後26年が経ちましたが、しっかりと主婦業をこなしている様子が伝わってきますよね。
引退後はほぼ表舞台には姿を見せることもないのですが、そんな彼女、現在の様子が少しだけ伺い知れるのが本人が発信のSNS。
インスタグラムとTwitterにそれぞれアカウントを持ち、主にペットであるウサギの写真を投稿しています。
アカウントには動物に交じって、時折夫や家族が登場することも。
また時には将棋の話題や、夫のために仕立てた着物の話題も登場するため羽生家の様子が少しだけ味わえる内容になっていてなかなか人気のようです。
ちなみにそもそも彼女がTwitterを始めた動機は「アヒル」のためだったそう。
そもそも2016年ごろTwitterを始めた時にはアヒルだらけのアカウントだったようです。
何故かというと、彼女は子育てが終わったらアヒルを飼いたいと考えているそうで、そのために本からでは得られない生の知識や情報を収集したいと思ったのだとか。
SNSという文明の利器で実際にアヒルを育てる先輩たちと交流したいと考えたのでしょうね。
とても個性的な理由でクスッと笑ってしまいそうですが、彼女は本当に動物が好きなのだなとほっこりします。
これからも羽生家の日常を妻・母の視点から紹介してくれることを期待しましょう。
畠田理恵のおにぎり屋はどうなった
96年に芸能界の仕事を辞めてから、畠田理恵さんはおにぎりやさんを開業しました。
しかし残念ながら1年もたたずに閉店してしまいます。
一体何が起こったのでしょうか。
1998年に彼女がオープンしたおにぎり店は「リトルキッチン」という名のお店で、自由が丘にありました。
使用する食材は無農薬にこだわっていて、おにぎりの他にも気取らないお惣菜の並ぶ素敵なお店だったようですが、99年3月にはクローズしてしまうのです。
当時閉店の理由は「経営不振」と説明されていました、しかし後に明らかになったところによると本当の理由はこれとは別にあったようです。
実は本当の閉店の原因は、畠田理恵さんの母親の病気だったのだとか。
母子家庭で育った畠田さん、オープンした飲食店は母親にも手伝ってもらっていたそう。
母子で商売をやるなんて素敵ですが、そんなある日その母親がC型肝炎に罹患してしまうのです。
母子家庭の上一人っ子である理恵さんは母親の看病をするために99年3月にお店を閉める決意をしたというのが真実だったよう。
ではなぜ当時はお店を辞める理由を「経営不振」と発表していたのでしょうか。
実は当時世間にはC型肝炎という病気に対する偏見が根強くあったよう。
そのため、店を手伝っていた母がこの病気を罹っていたと明らかにすることで客に与える心理的影響を考慮して病気のことは伏せたようです
評判も上々だったというおにぎり店を辞めてしまった背景にはそういう事情があったのですね。
夫も認める料理上手の理恵さん、また何かの機会で料理の腕前を披露してくれることがあるといいですね。
畠田理恵と羽生善治の結婚馴れ初めは
畠田理恵さんと羽生善治さんの出会いは、偶然によって引き起こされた少し運命的なものなのです。
今ではお似合いのおしどり夫婦というイメージですが夫は将棋棋士、妻は元芸能人という異色の組み合わせ。
一見接点のなさそうな2人はどこでどうやって知り合い親しくなったのでしょうか。
2人の出会いは1994年9月のこと、雑誌での対談の仕事がきっかけだったようです。
当時『はつらつ』という雑誌に対談コーナーを持っていたという畠田さん、最終回の対談相手としてはじめムツゴロウさんこと畑正憲さんが予定されていました。
なんでも大の動物好きである畠田さんが強く希望していたのだとか。
ところがムツゴロウさんの予定が悪くなってしまったのか対談キャンセルの申し出が。
そこで急遽羽生善治さんが記念すべき最終回の対談相手に選ばれたのです。
もしもこの時予定通りムツゴロウさんが対談に来ていたら、2人は一生出会うこともなかったのかもしれません。
そう考えると2人の出会いは偶然が生み出した運命の出会いだったと言えますよね。
対談で話をして仲良くなったのでしょうか、その年の秋ごろには羽生さんが畠田さんが出演する舞台『向島物語』を観劇に。
舞台の後には羽生さんが彼女に電話をし、その後水族館・庭園などでデートを重ね順調に愛を育んでいったようです。
その後1995年7月には婚約を発表、翌年1996年にめでたく結婚となりました。
初めての出会いから1年未満で婚約に至っているとは、意外とスピード婚だったことが分かります。
短い交際期間で結婚すると、結婚した後が大変そうだというイメージがありますが2023年現在も2人は仲の良い夫婦のようです。
不思議な組み合わせにも思える夫妻ですが、2人がとても相性のいいカップルだったということでしょう。
林葉直子さんは、1995年8月24日に日本将棋連盟で退会記者会見をしたその夜、新宿の料理店で行われていた羽生善治六冠(当時)と畠田理恵さんの婚約お祝いの席へ駆けつけています。1995年近代将棋、撮影は大矢順正さん。 pic.twitter.com/mOSBFiZGJN
— 将棋ペンクラブログ (@shogipenclublog) October 27, 2018
畠田理恵の娘は医学部に通うインテリ
畠田理恵さんの娘は某難関大学の医学部に進学したと言われています。
羽生善治・畠田理恵夫妻の間には1997年に長女の舞花さん、1999年には次女桃花さんが誕生。
2023年現在はそれぞれ26歳、24歳になっていることになります。
ネット上には彼女たちについて医学部に通っているという噂があるようです。
学校名としては慶応大学説や東京医科歯科大学という校名が浮上。
これらの噂の真偽のほどは不明ですが、どちらにしても有名大学。
もしかしたらどちらかが慶応でもう一人は東京医科歯科大学という可能性も無きにしも非ずですね。
2人とも一般の方なのでもちろんこれらの情報が本人たちから公表されているわけではありません。
しかし天才棋士である父親の遺伝子を受け継いでいれば、2人ともかなり頭脳明晰であることは間違えないでしょう。
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