鮎川誠と妻・シーナの出会い。娘は3人、孫の写真が話題&現在(2023)の鮎川ファミリーまとめ

サンハウスからシーナ&ロケッツと、50年以上にわたるロックンロール人生をノンストップで駆け抜けた鮎川誠(あゆかわ まこと)さん。

突然の訃報に言葉を失ったファンは多かったのではないでしょうか。

今回は、音楽でも人生でも最高のパートナーであり、ロック界のおしどり夫婦と呼ばれた妻・シーナさんをはじめ、娘たち、孫にフォーカスしてお送りします。

最愛の妻とはどのようにして出会い、シナロケ結成に至ったのでしょうか。

あわせて娘たちの2024年現在の状況も追っていきます。

鮎川誠のプロフィール

本名:鮎川誠

生年月日:1948年5月2日

没年月日:2023年1月29日(74歳没)

身長:180cm

出身地:福岡県久留米市

最終学歴:九州大学農学部農政経済学科卒業

鮎川誠と妻・シーナ、はじまりの話

 
  
九州大学在学中からサンハウスを率いて福岡を中心に活動していた鮎川誠さん。

のちの妻・シーナさんと出会ったのは1971年の夏でした。

当時はまだシーナでも鮎川悦子でもなく、副田悦子という北九州市生まれの高校3年生。


いつかシンガーになって世界中を回りたいと夢みる家出少女でした。

家出少女というと聞こえは悪いですが、言葉を換えれば、音楽と自由を求めて放浪をくり返していたのです。

その日、サンハウスは博多のヤング・キラーでライブ。

そのライブに、家出中のシーナさんがふらりとやってきます。

そしてライブ終了後、2人は意気投合。

後年、鮎川誠さんが語ったところによると、彼女はとても音楽に詳しく、話が尽きなかったそうです。

それどころか、「サンハウスのいちばんのファンは私」「サンハウスを見つけたのは私」とまで言ってのけたとのこと。

それがとてもうれしかった、と鮎川さん。

その日から2人は一緒に暮らしはじめ、数年間の同棲を経て、妊娠を機に結婚。

双子の女児が誕生したのは1976年でした。

4人家族となった鮎川ファミリーは、シーナさんの両親の申し出に甘えて、シーナさんの実家で暮らしていました。

ところが、九州で人気を博したサンハウスが1978年に解散。

音楽は続けたい、でも家族を養うためには他の仕事をしなければならない。

鮎川さんは苦悩します。


迷っている娘婿を奮い立たせたのはシーナさんの父親でした。

いわく「九州の田舎天狗じゃ娘は幸せになれんばい」「東京行って、音楽で勝負してこんね!」。

上京した鮎川さんのあとを追い、1週間後にはシーナさんも東京へ。

このときはじめてシーナさんは「私に歌わせんね」と告げたのです。

歌いたいという人がいちばん近くにいたことがうれしくて、彼女が歌いたいのなら歌ってほしいと心から思った、と鮎川さん。

シーナ&ロケッツは1978年10月25日に『涙のハイウェイ』でデビュー。

デビュー以降、バンド名の日本語表記は長らくシーナ&ザ・ロケッツでしたが、2013年頃よりシーナ&ロケッツとなっています。

公式サイトでもシーナ&ロケッツと表記されているため、本記事ではそれにならいました。

結成から晩年に至るまでブランクなく活動したシーナさんでしたが、2014年7月に体調を崩してライブ出演をとりやめます。

鮎川さんにによると、この時点で末期の子宮頸がんが発覚していたそうです。

がんと共存して音楽活動を続けたのも、病状を最期まで家族以外に明かさなかったのも、ご本人の強い希望によるものでした。

2015年2月14日、シーナさんは家族に見守られ、シナロケの曲を聴きながら息をひきとります。

61歳でした。

鮎川誠の娘は陽子、純子、知慧子

鮎川誠&シーナ夫妻には3人の娘がいます。

鮎川誠さんは父親がアメリカ人、母親が日本人のハーフですから、子供たちはクォーターということになりますね。

長女・陽子さんと次女・純子さんは二卵性双生児で、1976年10月8日生まれ。

7つ年下の三女・知慧子(ちえこ)さんは1983年生まれです。

長女の陽子さんはモデル、画家、DJなど多彩なフィールドで活躍中。


高校卒業後に会社勤務と並行してモデルの活動をはじめ、海外へと活躍の場を広げ、シャネルなどのパリコレクションにも出演を果たしました。

過去には女優として映画に出演したこともあるようです。

2017年、41歳の誕生日にミュージシャンのマツイタカシさんと結婚したことを報告しています。

双子の妹・純子さんと三女・知慧子さんは両親の音楽的才能を色濃く受け継いだのか、2001年よりDARKSIDE MIRRORSというバンドで活動してきました。

結成当時、知慧子さんはまだ高校生。

純子さんはJUNK THE RIPPER、知慧子さんはLUCY MIRRORという別名議をもっています。

DARKSIDE MIRRORSはアメリカの雑誌『NYLON』で取り上げられたり、海外でライブ出演をしたりと国内外で活動してきましたが、2024年現在は活動を休止しているようです。

シーナ&ロケッツはシーナさん亡きあと、3ピースバンドとして活動を継続していましたが、2019年よりLUCYがボーカルとして正式に加入しました。

鮎川誠の孫について

鮎川誠さんに孫はいるのでしょうか。

3人の娘のうち、既婚者であることがはっきりわかっているのは長女の陽子さんのみ。

純子さんと知慧子さんについては情報がありません。

また陽子さんが結婚したときの年齢が41歳であることや、妊娠・出産の報告がないことから、陽子さんに子供がいる可能性は低いと考えられるでしょう。

手がかりになりそうなのは、あるニュース記事に掲載された鮎川ファミリーの写真です。


その写真は「陽子さんが投稿した生前の鮎川さんと娘たち&孫の家族写真」と紹介されていたのです。

これが事実なら、鮎川誠&シーナ夫妻には孫がいることになります。

純子さんと知慧子さんが仮に未婚だとすれば、未婚のまま出産する選択をしたとも考えられます。

しかし、そのあたりは定かではありません。

鮎川ファミリーの現在(2024)を追跡

2023年2月4日に営まれた鮎川誠さんのロック葬にて喪主をつとめたのは長女の陽子さんでした。

通夜・葬儀を報じたニュース記事によると、陽子さんはモデルで画家、純子さんはシーナ&ロケッツのマネージャー、知慧子さんはアーティストとなっています。

2024年現在、陽子さんは絵画などの創作に力を入れているようで、今後も画家としての活動の幅は広がっていくと思われます。

LUCYこと知慧子さんが新たなボーカルとなったシーナ&ロケッツは、鮎川さんの死去によりメンバーが不在のまま。

純子さんとともにDARKSIDE MIRRORSが再始動する可能性もありますね。


1本でも多くライブをやりたいと言い、病気を公表せず、精力的にステージに立ち続けた鮎川誠さん。

最愛の妻と同じ幕の引き方を選んだのは、2人が理想とするものが同じだったからではないでしょうか。

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