役所広司(やくしょこうじ)さんは、1980年に放送されたNHK連続テレビ小説「なっちゃんの写真館」で俳優デビューしました。
テレビドラマデビューがNHKの朝ドラだったとは、すでに大物俳優の片鱗を見せていたのですね。
その後は1996年に公開された「Shall we ダンス?」や1997年の「失楽園」が大ヒットし、2005年には「SAYURI」でハリウッッドデビューして、国際的な俳優になりました。
そんな役所広司さんの若い頃についてや、意外な前職について、ご家族についてなどお伝えします。
役所広司のプロフィール
本名:橋本広司
生年月日:1956年(昭和31年)1月1日
身長:179cm
出身地:長崎県諫早市
最終学歴:長崎県立大村工業高等学校卒業
所属事務所:ワイ・ケイ事務所
役所広司は若い頃ワイルドでかっこよかった
役所広司さんのイメージといえば、大人な渋い魅力たっぷりの男性というイメージですね。
時代劇で評価が高く、大ヒットした「失楽園」などで見せたセクシーなイメージも強いでしょう。
デビューしたての若い頃は、目力もあり、ワイルドな印象がありました。
3匹が斬るの頃の役所広司さんのワイルド感めっちゃ好き。
分からん人はマルちゃん正麺のCMのおっちゃんって言ったら伝わるやろか? pic.twitter.com/FROpRk429Y— YO☆GI☆BO (@YOGIBO24360748) May 30, 2022
役所広司さんが若い頃を振り返るインタビューでは、撮影が過酷で、周りのベテラン俳優も役を自分のものにするまでに七転八倒する姿を見て、俳優というのはこんなにも一生懸命にやらなければいけない仕事なんだと思った、と語っておられました。
特に若い頃の役所広司さんは時代劇の作品に出る事が多く、殺陣などの過酷な撮影が多かったでしょう。
現代劇のようにただ衣装を着るというわけではなく、カツラをかぶり、慣れない和服で刀を扱わなければならないので、一筋縄ではいかなかったと思います。
その甲斐あってか、1987年からは「三匹が斬る!」の久慈慎之介役に抜擢され、1993年までの第5シリーズまで演じ切りました。
若い頃の役所広司さんの代表作と言えるのではないでしょうか。
あまり知られていませんが、役所広司さんは実は若い頃に歌手活動もされており、その名も「YAKUSHO」というLPレコードをリリースされています。
「忘れられなくて」という楽曲がシングルカットされていますが、そちらは伊勢正三さんが楽曲を作られたそうです。
役所広司
「忘れられなくて」#ひるのいこい pic.twitter.com/GpzYhgQ7DN
— ひでざんまい すしを (@nakanishisama) July 13, 2021
ただ、残念ながら音源を見つける事はできませんでした。
もしかしたら中古レコード屋などで見つける事ができるかもしれませんね。
芸名のヒントにもなった前職は公務員
役所広司さんは、実は俳優になる前は公務員をされていました。
長崎県立大村工業高等学校を卒業し、上京して千代田区役所の土木工事課に配属され、現場監督などを務められていました。
4年間公務員として働きましたが仕事が合わず、田舎に帰ろうと思った時に友人に誘われて仲代達矢さんの舞台「どん底」を観劇し、俳優になる事を決意しました。
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そして新聞に無名塾の塾生募集の広告を発見し、応募すると200倍の難関を突破し塾生なる事になりました。
入塾試験で役所広司さんを見た仲代達矢さんは、入塾試験で一番印象に残ったのが役所広司さんだったと語っていました。
その理由は、入塾試験の「山で遭難して死にそうになる演技」を披露している際に、「誰かいないかー!」と本気で叫んで失神してしまい、気を失ってしまったからだそうです。
そんな演技にかける熱量に感動し、役所広司さんの入塾を認めたそうです。
また、「役所広司」という芸名を考えたのも仲代達矢さんで、前職が役所務めだった事と、「役どころが広くなる」という意味で「役所広司」と命名したそうです。
名前の通り幅広い役で活躍する俳優さんになられました。
実家は長崎県、兄弟や父親について
役所広司さんのご実家は長崎県諫早市にあります。
諫早市は「いさはやし」と読み、長崎県内では3番目に大きい街で、栄えています。
役所広司さんは5人兄弟の5番目の末っ子だそうです。
子供の頃を振り返り「5人兄弟で男ばかりだったから両親は食わせるので精一杯だった。僕は末っ子だったので服は全部お下がりでした。」と語っておられました。
父親は小さいジュース工場を営んでいたそうです。
兄弟5人で、子供ながらに父親の仕事を手伝っていたそうです。
ジュースを瓶に詰めたり、ジュースを映画館に配達に行くと、映画館の人に「映画観ていっていいよ」と言われて、映画を楽しんだりしていたそうです。
非常に微笑ましいエピソードですね。
2023年は67歳を迎えた役所広司さんですが、これからも素晴らしい演技でたくさんの作品を見せてほしいですね。
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