西郷輝彦(さいごう てるひこ)さんは、1964年2月15日にシングル「君だけを」でデビューしました。
舟木一夫さん・橋幸夫さんと「御三家」と呼ばれ、昭和歌謡界の大スターでした。
2011年に前立腺がんを患い、海外で最先端の治療を受けて最後まで復帰に向けて意欲的でしたが、2022年2月20日に75歳で亡くなられました。
そんな西郷輝彦さんの自宅についてや、年収・遺産について、また借金苦だったという晩年についてなど、お伝えします。
西郷輝彦のプロフィール
本名:今川盛揮
生年月日:1947年(昭和22年)2月5日
没年月日:2022年(令和4年)2月20日
身長:176cm
出身地:鹿児島県鹿児島郡谷山町
最終学歴:鹿児島商業高校中退
所属事務所:サンミュージック
西郷輝彦の自宅について
西郷輝彦さんの住んでいた自宅は、桜新町だったという噂や、世田谷区の経堂にあったと噂されています。
西郷さんが経堂の商店街を歩いて紹介するテレビ番組では、「家から近く」とおっしゃっていたため、経堂に住まれたいたというのが濃厚な説です。
実際に経堂には大変ゆかりがあり、「経堂の飲み屋に行けば西郷輝彦さんに会える」というのは地元では有名だったようです。
特に経堂で西郷さんの行きつけとして有名だったのは、「さばのゆ」というイベント酒場です。
西郷輝彦さん、いつもふらっとさばのゆに入ってきて、落語をやっていたら木戸銭を払って聴いてから近所で一杯、若い演劇人がいたらフラットに話をしてマウントとるなんて見たことがない。本を出した人がいたら「一冊ちょうだい」といつも良いムードで。もう一度でいいから飲みたかった。 pic.twitter.com/GzgmHE6lqa
— 須田泰成(経堂さばのゆ) (@yasunarisuda) February 21, 2022
「さばのゆ」とは落語や音楽ライブなどのイベントを開催し、地域の人たちとコミュニケーションをとりながら食べたり飲んだりできるような場だそうです。
西郷輝彦さんはふらっとやって来ては、昭和の大スターであるにも関わらず飾らない雰囲気で地域の方達と飲んでいたそうです。
また、「赤提灯・太郎」という居酒屋にもよく来られていたり、「まことや」というラーメン屋には西郷さんが名付けた「辛彦(からひこ)」という名の冷やし中華もあります。
「陶芸教室まだん」という陶芸教室のご主人とは45年来の親友だそうで、この陶芸教室の第一号会員は西郷さんだったそうです。
昨日は、
経堂こども文化食堂で
お世話になっている李先生の
陶芸教室まだん陶房で、
西郷輝彦さん、
娘さんの今川宇宙ちゃんと
アットホームな仕事でした。
クリエーティブのスタッフも
全員経堂の飲み屋の常連。
あらためて
経堂いい街。 pic.twitter.com/mBgdbEaTFo— 須田泰成(経堂さばのゆ) (@yasunarisuda) April 28, 2016
経堂の方達とのふれあっている様子を見ると、気さくなお人柄がよく伝わってきます。
年収や遺産はどれぐらいあった?
西郷輝彦さんの年収について、明確な数字は公表されていません。
2019年に放送されたテレビ番組で、バブル全盛期の1回の営業のギャラを尋ねると、「これぐらいの札束をスーツの内ポケットに入れて持ち帰っていた」と手で札束の太さを表現していて、数百万円のギャラがあったと判明しました。
たった1晩で何百万円も稼いでおられたのですから、年収にすると億単位になるでしょう。
スバルのセールスマンやってた親父がレオーネ・グランダムのCM見ながら「西郷輝彦ってギャラ高いんだぞ、でもこの車はぜんぜん売れないんだよ」ってブツブツ愚痴ってたのをおぼえてます。 pic.twitter.com/7pEczKhTDM
— なびすこ (@hiyajisu) February 22, 2022
昭和歌謡の全盛期で「御三家」の1人として大人気だった時も、ステージのギャラ、歌手印税、などを考えると数億はあったでしょう。
遺産についても、もちろん公表されていないため全くわかっていません。
ただ、2013年に西郷さんの事務所がギャラ差し押さえになるなど、資金繰りに困っていたという報道もありました。
晩年は借金を返し続けていた、という話もありますので、遺産に関してはそれほどあったわけではないのかもしれません。
西郷さんは2011年から患っていたガンを、オーストラリアに渡り、海外の最先端の医療を使って治療をしていました。
その費用は1回行くだけでも1000万円以上かかっているだろう、と言われていました。
それだけの治療費をかけられるのはお金がある証拠とも言えますが、かなりの額を治療に費やしたのではないでしょうか。
借金苦だったと言われる晩年について
西郷輝彦さんは2013年にデビュー50周年を迎えましたが、その時に自身の個人事務所の社員からギャラの仮差し押さえを申し立てられてしまいました。
西郷さんの事務所が雇った役者たちのギャラが払えず、その分を個人事務所のスタッフが立て替えていたそうで、立て替えた分の支払いがされない、と訴えられてしまいました。
思わぬ金銭トラブルが勃発してしまいましたが、一部の芸能関係者は「昭和の”大スターの金銭感覚”が抜けていないのでは」とも指摘していました。
この借金に関しては親友の方から4000万円を借りる形で乗り切りました。
その後は毎月50万円ずつ、その親友の方に返していたそうです。
親友曰く「存命中に1200万円を返済してくれて、残りの2800万円についても彼の奥さんが実家の財産などを処分するなどして精算してくれた」と語っていました。
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