松任谷由実、実家が金持ちで荒井呉服店を経営。両親との関係&生い立ちはお嬢様

シンガーソングライターとして史上初となる文化功労者に選ばれ、名実ともに日本のトップアーティストになった松任谷 由実(まつとうや ゆみ)さん。

素晴らしい楽曲や個性的なキャラクターで人々を魅了する一方、実家が「荒井呉服店」を営んでいるお金持ちでお嬢様育ちという驚きの話もあるそうです。

今回の記事では松任谷さんの実家や両親との関係、生い立ちについて見ていきます。

松任谷由実のプロフィール

本名:松任谷 由実(まつとうや ゆみ)旧姓:荒井

出身地:東京都八王子市

生年月日:1954年1月19日

最終学歴:多摩美術大学・日本画(卒業)

主な作品:「春よ、来い」など多数

松任谷由実の実家は荒井呉服店を経営するお金持ち

まずは松任谷由実さんの実家「荒井呉服店」やお金持ちぶりについて見ていきましょう。

荒井呉服店は東京都八王子で1912年(大正元年)に創業された名門で、松任谷さんの実家として知られる前から地元の人や着物愛好家の間では愛される存在でした。

店舗は1945年の八王子空襲で焼失してしまいましたが、1954年に再建して「鉄筋コンクリート3階建て」となり、2021年春にリニューアルオープンをして2023年現在に至ります。

現在は松任谷さんの兄の娘(姪)である荒井哉子さんが4代目を継承しており、従来の呉服屋のテイストを大事にしつつSNSを活用しているとのことでした。


リニューアルによって呉服店の面積は大きく減ってしまったものの、店舗だった土地には「プレシャスハーモニー八王子」というマンションが建っています。

このマンションを実家が所有しているのか土地だけを売却したのかは分かりませんが、いずれにしても資産価値が跳ね上がったことは想像に難くありません。

一方で荒井呉服店の年商は上場会社ではないことから決算は開示されておらず、経営状態も黒字なのか赤字なのかすらも明らかになっていませんでした。

しかしながら、先に述べたように店舗面積を縮小してマンションを建てているので、土地の売却益もしくは賃料を考えると荒井呉服店は安泰と言えるでしょう。

さて、次は松任谷さんの実家にまつわるお金持ちエピソードを見ていきます。

戦後の最盛期には80人を超える使用人(社員)がいたらしく、他にも食事作り専門の女性や家族のお世話をする家政婦を雇っていたほどの資産家でした。

加えて松任谷さんの両親(特に母親)が結構なやり手の経営者と言われており、着物のみならず家具や宝石などの輸入販売をして財を築いたそうです。

結果的に数字で”お金持ち”を証明することはできませんでしたが、松任谷さんは美術大学に、弟は精神科医になっていることからも実家が裕福ということが見て取れますね。

松任谷由実と両親の関係

この項目では松任谷由実さんと両親の関係について見ていきます。

松任谷さんは父・末男さん、母・芳枝さんの第三子(次女)として誕生をしました。

ここで少し補足しておきますと、当時の荒井家には男子が居なかったことから末男さんは結婚をして養子に入っているので、家系の直系は芳枝さんということになります。

末男さんは仕事をバリバリとする一方で夜遊びも好きな好色家だったことから、家庭では女性を巡るトラブルが絶えなかったという”古き良き昭和の社長”でした。

それでも子供にとっては良き父親だったらしく、芸能界デビューをした松任谷さんに「仕事を優先しなさい」と事あるごとに言っていたそうです。

残念ながら末男さんは2006年2月2日に心肺腎不全のため94歳で亡くなりましたが、公演中だった松任谷さんは教えを守ってやり遂げたのは父子の絆と言えるでしょうね。


母・芳枝さんは異性遊びはせず歌舞伎や映画、レヴュー(欧米の大衆演芸ショー)に足繁く通い、見たものに強い刺激を受けるという感性の鋭い女性だったそうです。

ただ、仕事や趣味に没頭するあまり家事や育児は家政婦に任せというタイプで、松任谷さんも大人になってから母のライフスタイルを受け入れることができたと明かしていました。

そんな芳枝さんは2022年の初めごろに新型コロナに感染し、一時はエクモ(人工心肺装置)を装着しなければならないほど重症になったそうです。

幸いにしてエクモを着けることなく回復をして”奇跡の生還”を遂げ、2023年現在は103歳(1920年生まれ)も高齢者向け施設で生活しているとのことでした。

意外にも芳枝さんは松任谷さんの芸能活動に否定的だったそうですが、これは様々な芸能を見てきたからこそ言える愛娘へのアドバイスだったのかもしれませんね。

生い立ちはお嬢様だった松任谷由実

最後に松任谷由実さんがお嬢様育ちだったという話を見ておきましょう。

これまでの項目で紹介したとおり、松任谷さんの実家は「荒井呉服店」という家柄。

経済的に豊かだったことから6歳から定番のピアノを習い始め、他にも琴や三味線といった”お嬢様御用達”の習い事をしていたそうです。

教育機関もお嬢様に相応しくカトリック系の本町幼稚園に通い、八王子市立第一小学校を経てイングランド国教会の流れを汲む立教女学院中学・高校に進みました。

小学校の頃は成績表はオール5で代表委員会の議長を務めた才媛で、中学校では聖歌隊に参加するなど絵に描いたようなお嬢様生活を送ったそうです。

親には医者になって欲しいという思いがあったものの、松任谷さんの熱意は勉強から作曲活動へと移ってしまい、ディスコや路上ライブを見に行くようになりました。


幸か不幸か親の期待とは違ってアーティストになりましたが、幼い頃から音楽関係の習い事をたくさんしていたことが才能を開花させたのかもしれませんね。

松任谷さんのような芸術関係に限らず、生い立ちや幼少期の生活環境が人生を左右する大きなポイントであることは間違いないでしょう。

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