「アゲハ蝶」や「アポロ」など、数々のヒット曲を生み出した「ポルノグラフィティ」。
爽やかなボーカル岡野昭仁(おかのあきひと)さんは、バンドにとってなくてはならない存在です。
今回は、岡野昭仁さんの自宅や年収、目撃情報などについてお伝えします。
岡野昭仁のプロフィール
愛称:アッキン、アックン
本名:岡野昭仁
生年月日:1974年(昭和49年)10月15日
身長:170cm
出身地:広島県因島市
最終学歴:大阪学院大学中退
所属事務所:アミューズ
岡野昭仁の自宅は自由が丘の可能性が高い
岡野昭仁さんの自宅は東京都目黒区の自由が丘にある可能性が高いです。
自由が丘は、洗練されたお洒落な街として知られる場所。
芸人の上田信也さんや、俳優の竹内力さんも自由が丘に自宅を構えていることで知られています。
交通の便の良さもあり、駅周辺は非常に栄えているのも特徴です。
駅周辺は賑やかですが、少し離れると閑静な住宅街に変わります。
静かな暮らしと便利さが両立しており、住みたい街ランキングでも上位の常連です。
岡野昭仁さんも住みやすさに魅了されて自由が丘を選んだのかもしれませんね。
デビューから第一線で活躍している大物ミュージシャンなので、自宅の外観もさぞ立派なことでしょう。
2021年に、音楽メディアの取材により岡野昭仁さんのプライベートスタジオが公開されました。
彼のプライベート・スタジオは、自宅の地階に広がる20畳ほどのスペースだ。
プライベートスタジオは自宅の地下にあるとのこと。
マイクやスピーカーなど設備が充実しており、岡野昭仁さんの仕事にかける熱意の高さがうかがえます。
ポルノグラフィティのサウンドがここで作られていると思うと、感慨深いものがありますね。
岡野昭仁さんの自宅で公開されているのは、このプライべートスタジオのみ。
プライバシーの問題もあるので自宅の場所や外観、内装を公開するのは難しいでしょう。
しかし、ファンとしてはどんな自宅に住んでいるのか一度見てみたいものですね。
岡野昭仁は自由が丘で家族連れで目撃されている
岡野昭仁さんは、自由が丘で家族連れでいるところを目撃されているようです。
ポルノグラフィティは、テレビにも頻繁に登場する人気グループ。
岡野昭仁さんはボーカルという目立つポジションかつ、独特の色気とスターならではの華やかさの持ち主です。
プライベートでもそのオーラはなかなか隠せないのかもしれませんね。
岡野昭仁さんには、嫁と3人の子供がいます。
嫁は一般人と発表されましたが、真偽は不明ですが元タレントの永田広海さんではないかとの情報もあります。
子供は一男二女で、長女は2004年生まれの嫁の連れ子です。
次女は2009年に誕生、三男の情報は非公開となっています。
子供達と一緒に位置情報ゲームをしていたという目撃情報もあるようで、家庭では非常に良い父親と思われます。
ミュージシャンとして成功し、かつ幸せな家庭を築いているなんて理想の人生と言えますね。
岡野昭仁の年収は2億円以上との噂
岡野昭仁さんの年収は2億円以上あると噂されています。
ポルノグラフィティは、2000年代を代表するアーティスト。
デビュー曲「アポロ」が空前の大ヒット、以後も「サウダージ」や「アゲハ蝶」など後世に残る名曲を多々発表しました。
思わず歌いたくなる曲調なのも特徴で、カラオケでも人気です。
1999年のデビュー以来コンスタントにヒット曲を出し続け、過去の作品も定期的に再評価されています。
2023年現在1年に1枚のペースでシングルをリリースしており、そのどれもが大ヒット。
また、岡野昭仁さんはソロアーティストとしても活躍しています。
台湾のロックバンド「Mayday」のアルバムへの参加など、他アーティストとの共演も豊富です。
これらを考慮すると、印税は相当な金額に達していると考えられます。
2001年分の納税番付では、当時人気絶頂だった浜崎あゆみさんが約4億3千万円でした。
歌手の浜崎あゆみさんが39位(納税額4億2611万円)
ミュージシャンは成功すると非常に儲かるのがわかる一例です。
ポルノグラフィティは長年に渡りコンスタントにヒット作を生み出しているので、相当な収入を得ていると予想されます。
それぞれ節税などを行っているはずなので納税額から正確な年収を導き出すのは難しいです。
単純に納税額の倍程度の収入があると考えた場合、2001年の浜崎あゆみさんの年収は約8億5千万円となります。
2023年現在の岡野昭仁さんの活動内容を考えると納税額は1億円、収入が2億円以上ではないでしょうか。
年収2億円以上の人間は日本に約5千人しかおらず、割合だと0.01%程度です。
年収2億円以上はあくまで推測ではありますが、岡野昭仁さんは日本有数のセレブと言っても過言ではないでしょう。
もちろん、収入に見合った活躍をしているのは言うまでもありません。
岡野昭仁はかつて赤のボルボが愛車と語っていた
岡野昭仁さんはかつて赤のボルボに乗っていましたが、2023年現在も当時と同じ車に乗り続けているかは不明です。
赤いボルボに乗っていたのは2000年代中頃。
2023年現在では20年近く前の話になります。
自動車の平均的な保有年数は約7年。
よほど愛着を持って乗っていない限り、乗り換えている可能性が高いです。
ちなみに、2002年にリリースされたアルバム「雲をも摑む民」に収録された「クリスチーナ」という曲では車を手に入れた喜びを歌詞にしています。
歌詞に「ガンメタなボディ」というワードが出現しているので、よく知られている赤いボルボではない可能性が高いです。
この曲から、少なくとも1回は車を買い替えているものと思われます。
ちなみにガンメタとはガンメタリックの略称で、紫がかった光沢のある濃い灰色のこと。
「クリスチーナ」は、運転初心者が車に乗るワクワク感や不安感を表現した曲。
車種などのヒントになるワードは登場しませんでした。
推測になりますが、かつてボルボに乗っていたのであれば、どっしりとした安定感のある車種が好みなのかもしれませんね。
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