結城アンナは両親が国際結婚でハーフ。家系図が凄い!父親と夫が不仲、母親の病気&弟が逮捕?

日本人とスウェーデン人の血を引く元祖ハーフモデルとして活躍したタレント・結城アンナ(ゆうきあんな)さん。

夫は俳優・岩城滉一(いわきこういち)さんで、30代で専業主婦となり30年ほど表舞台から身を引いていました。

今回は、芸能活動を再開した結城さんが語ったという、家族に関するエピソードをお伝えします。

結城アンナのプロフィール

愛称:アンナさん

本名:岩城アンナ(いわきあんな)

生年月日:1955年(昭和30年)9月12日

身長:160cm

出身地:スウェーデン

最終学歴:カトリック系女子インターナショナルスクール(詳細不明)

所属事務所:ケイズ

結城アンナ、両親が国際結婚でハーフモデル

結城アンナさんは10代だった1970年代から芸能界で活躍し、当時はまだ珍しかったハーフでモデルという特徴も相俟って人気も高かったといいます。

父親は日本人で母親はスウェーデン人だという結城さんは、15歳の頃まで主にスウェーデンで育ったそうです。

結城さんの父親は、外交官だった結城さんの祖父に連れられて14歳でスウェーデンに移り住みますが、現地の大学を卒業した後には日本へ帰国する予定でいたとのこと。


しかし、運命のいたずらがそうはさせず、ひとつ年下の若く美しいスウェーデン人女性と恋に落ちてしまいました。

その頃、すでにスウェーデンを離れ別の勤務地にいたという祖父にその話が伝わると、なんと、祖父は激怒。

「もう勝手にしろ!」と言わんばかりに仕送りを止め、アパートや車も取り上げたうえで父親を勘当してしまったのだとか。

何一つ不自由のない裕福な暮らしから一転して、貧しい暮らしを余儀なくされたといいます。

結城さんは父親が20歳で母親が19歳のときに生まれたといいますから、ご両親は若くして苦労されたようですね。

スウェーデンから日本への帰国を願った父親ですが、当時は日本への旅券の価格がとても高かったこともあり簡単にはいかなかったのだそうです。

そこで結城さんの母親と計画を立て、母親がスカンジナビア航空で働き始めたのだといいます。

スカンジナビア航空では数年間以上勤務した社員に航空券を割引価格で販売していたそうで、その社員割引を目当てに就職したのだとか。

結城さんが4、5歳のときに初めて日本に帰ることができるようになったそうで、計画は大成功だったようです。

しかし、いざ日本へ帰ってみると激怒していたはずの祖父も結城さん親子を大歓迎してくれたといいます。

外交官といえども孫の可愛さには適わなかったようですね。

勘当したとは言っても、きっと、内心では異国で暮らす息子家族を心配していたことでしょう。

その後、結城さんと両親はすぐには日本に定住せず、母親の社員割引を利用して二年に一度、夏休みに日本を訪れるという生活を送ったのだといいます。

結城さんが15歳の頃から日本に住みはじめたそうで、これからは、ようやく家族そろって東京で暮らすのだと思いきや、結局2年を待たずして両親は離婚してしまったのだとか。

結城さんは、日本に移り住んですぐにスカウトされモデルになったのだそうです。


雑誌「anan」で活躍し、元祖ハーフモデルとして人気だったそうです。

結城さんはどちらかと言えば小柄な方なので、長身で日本人離れしたスーパーモデルという訳ではありませんが、若い頃からとても美人で人気だったようですね。

結城アンナの家系図が凄いと話題

結城さんがテレビ番組で家族の系譜について語った際には、彼女の家系図が凄いと話題になったそうです。

しかし、先祖代々にわたる詳細な家系図が公開されたということではなく、歴史上の人物や偉人の血を引いているといった類の話でもありません。

結城さんは、2020年1月22日に放送されたテレビ朝日のバラエティー番組「徹子の部屋」で、叔母にあたる女優で陶芸家の結城美栄子(ゆうきみえこ)さんと共演しました。

この時、祖父が外交官で日本人の父親とスウェーデン人の母親との生活について振り返ったのがきっかけです。

父方の祖父は結城司郎次(ゆうきしろじ)さんという方で、外交官として世界各地で勤務したそうです。

スウェーデン公使やセイロン(現スリランカ)大使、トルコ大使などを歴任した人物で、太平洋戦争開戦直前の1941年、日米交渉に来栖三郎特命全権大使に随伴した際には、連合国側へ情報をリークしたとして名前があがったことがあるそうです。

祖母は結城鶴(ゆうきつる)さんという方で、東京日本橋本町にあった文具商「市川商店」の四女として生まれたそうです。

父親は結城弘隆(ゆうきひろたか)さん、母親はスウェーデン人のマーゴットさんですね。

両親は若くして離婚していますが、母親の旧姓や家族については明かされていません。

そして叔母の結城美栄子さんの従妹として、女優・桃井かおり(ももいかおり)さんがいるそうです。


家系図が凄いとは、父方の親類に有名人が多いということだったのですね。

美栄子は、父が外交官だったかんけいで、7歳からスウェーデンに暮らしていた。

結城アンナ、父親と夫・岩城滉一が不仲&母親はアルツハイマー

結城さんの父親と夫・岩城紘一さんは結婚前から仲違いしていたそうです。

両親が若くして離婚後、父親には新しい家族ができ、年に1、2度しか会うことがなかったという結城さん。

そんな父親について、岩城さんは「凄く明るい人だが突然怒り出す」とし、怖くてあまり話さなかったのだとか。

結婚前の挨拶に向かった際にも歓迎されず、よく思われなかったのだそうです。

言葉遣いがきつい方だったそうで、岩城さんも「ふざけんな!」とカッとなり駆け落ち同然でその場を後にしたのだといいます。

娘・ヘンリエッタが生まれると孫に会いたがったという父親と幾度かは会ったそうですが、結局、岩城さんとの関係は修復されませんでした。

しかし、その後長い年月が経ち入院した際に父親は「いい旦那さんでよかったです」と、岩城さんを認めてくれたのだそうです。

これには、岩城さんも涙をこらえて言葉を詰まらせたといいます。

また、父親が「見せたいものがある」と結城さんに手紙を送り、一緒に見に行く予定を立てたのですが先に亡くなったそうです。

その「見せたいもの」とは、山の中にあるスウェーデン風の青い家で、その家は結城さんに贈られ今では大切な場所となったといいます。

長い間離れて暮らしても、娘である結城さんへの思いは変わらなかったのですね。


結城さんの祖父と父親のエピソードとそっくりで、やはり親子なんですね。

言葉がきつくて、僕も若かったんで、“ふざけんな!”みたいな話になって

結城さんが50歳の時に母親がアルツハイマーを発症し、自宅で介護をする日々を送っていたそうです。

年々症状が悪化していったということで、トイレや排水溝に物を詰まらせてしまい、ある時は2階からの水漏れで家中水浸しになってしまったといいます。

自宅での介護を6年間続けたということですが、岩城さんは介護生活を「あまりに酷くてため息が出た」と振り返りました。

結城さん自身は「楽しいことも沢山あった」と語っており、辛い思い出ばかりではなかった様子が窺えます。

介護生活に限界を感じた結城さん、岩城さんは母親の最期の2年間は施設の世話になったといいます。

介護をする上で大切なことは、誰かに助けを求めることをためらわないことだと語りました。

結城さんが楽しかったと語った通り、辛く悲しい思い出ばかりではなかったことが救いですね。

アンナさんが50歳のとき、最愛の母がアルツハイマー病を発症。

結城アンナの弟は死体遺棄で逮捕されていた?

結城さんの弟は、過去に死体遺棄容疑で逮捕されたことがあるようです。

1996年の週刊女性で「岩城滉一夫妻 不肖の義弟 死体遺棄容疑 逮捕」と報道されていました。

1995年11月、暴力団関係者だった弟が、元暴力団員が殺害した韓国籍の男性の遺体を山中に遺棄したとして逮捕されたのだとか。

夫・岩城さんも薬物絡みと銃刀法違反で2度の逮捕歴があり、「シャブ打ってなにが悪い」と言い放った過去があります。


結城さんの家族には、表向きの華やかなイメージとは全く異なる裏の一面があるのかもしれません。

大変な事件を起こしても平然と仕事を続けていると考えれば、なんだか怖い気もしますね。

近年話題となった性加害問題といい、やはり、芸能界は一般常識とかけ離れた異質な世界なのでしょうか。

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