上田正樹、妻が朝本千可の過去。娘や家族との関係。現在(2024)の活動&若い頃の夢

上田正樹(うえだまさき)さんは、1972年12月にシングル「金色の太陽が燃える朝に」で歌手デビューしました。

日本を代表するリズム・アンド・ブルースシンガーで、1982年10月21日にリリースした「悲しい色やね-OSAKA BAY BLUES-」がログヒットを続け、自身最大のヒット曲になりました。

プライベートでは39歳の時にサックスプレイヤーの朝本千可さんと結婚し、1976年に舞台女優の上田郁代さんが誕生しています。

そんな上田正樹さんの元妻である朝本さんとの結婚と離婚について、娘である郁代さんや家族との関係について、2024年現在の活動や、若い頃についてお伝えします。

上田正樹のプロフィール

本名:上田正樹

生年月日:1949年(昭和24年)7月7日

出身地:京都府京都市

最終学歴:兵庫県立福崎高等学校卒業

上田正樹、昔の妻は朝本千可だった。娘や家族との関係

上田正樹さんは、1988年にサックスプレイヤーの朝本千可さんと結婚しました。

上田さんと朝本さんの年齢差は11歳で、結婚当時上田さんが39歳、朝本さんは28歳でした。

1976年4月28日には、長女で舞台女優の上田郁代さんが誕生しました。


そんな上田さんの家族について調査しました。

元妻・朝本千可との結婚と離婚

上田正樹さんと朝本千可さんの出会いは、札幌で行われた音楽イベントで共演したことだったそうです。

イベントはかまやつひろしさんと森山良子さんがメインで、上田さんはゲスト出演していたそうです。

上田さんは楽曲の間奏でサックスを演奏することがあり、その時ステージに持って行ったサックスが次にステージに出るはずだった朝本さんのものだったそうです。

上田さんは途中で気づきましたがそのまま吹き続け、ステージが終了した後に朝本さんに謝ったそうです。

それがきっかけでお付き合いが始まり、2ヶ月後に朝本さんの方からプロポーズされたそうです。

朝本さんは在日3世の韓国人で、ジャズを学んだのもアメリカのバークレー音楽大学でした。

上田さん曰く合理的な性格の朝本さんの提案で、事務所にマネージメント料を取られるのは損だから独立しよう、と2人で個人事務所を設立しました。

海外にもコネクションのあった朝本さんの人脈で、韓国で「HANDS OF TIME」というアルバムを制作し、台湾やインドネシアにも進出しました。

ついにはバリ島に家を構え、本格的に拠点を海外へ移すことになりました。

2000年7月には、REZAというインドネシアのアーティストと「Biar Menjadi Kenangan」という楽曲をリリース。

現地で17週連続ヒットチャートのトップを独占する大ヒットを記録し、「インドネシアで一番有名な日本人アーティスト」になりました。

上田さんは1982年にリリースした「悲しい色やね-OSAKA BAY BLUES-」以降、歌手としての行き先を見つけることができず悩んでいたそうです。


ですが、「Biar Menjadi Kenangan」の大ヒットで海外でもやっていけるという自信がついたそうです。

もっとインドネシアで音楽活動をしたいと思っていたそうですが、あれだけ楽曲がヒットしたはずなのに全くオファーが来ることはありませんでした。

おかしいと思っていると、実は妻の朝本さんが上田さんの元に来ていたオファーを全て無断で断っていたことが発覚したそうです。

そこから上田さんと朝本さんの間に亀裂が入り始めたそうです。

上田さんの仕事のマネージメントやお金については、すべて朝本さんが管理していました。

そんな朝本さんは「インドネシアでいくら売れてもお金にならない」という判断だったそうです。

自身のミュージシャンとしての未来に光を見出していた上田さんにとっては、非常にショックだったそうです。

最終的に離婚を決意したのは、朝本さんのサックス演奏を上手いと言うように指示された事でした。

朝本さんはプロのサックスプレイヤーですが、上田さん曰くプロとして認められる技量ではなく、そのためにサックスプレイヤーとしての仕事がなかったのだそうです。

そこをフォローするためにミュージシャンとしての才能を認める発言をしろ、と言われたことで限界を感じたそうです。

離婚裁判の際に明らかになったのは、会社名義の借金1500万円。

そして、これまで手伝ってくれたミュージシャンへのギャラの未払いが、上田さんの知らない所で2000万円もあったそうです。

上田さんが本当に許せなかったのは、ミュージシャンへのギャラの未払いだったそうです。

上田さんと朝本さんの離婚がニュースになると、結婚以来疎遠になってしまっていた関西のミュージシャンたちに「離婚できてよかったな」と言われたそうです。

ここまでは上田さん視点の離婚理由でした。


朝本さんからは離婚理由については、公表されていません。

一般的には上田さんと朝本さんの離婚について言われているのは、上田さんが創価学会員のため信仰上の理由から離婚に至った、と言われています。

本当の理由については、お2人にしかわかりませんね。

娘は舞台女優の上田郁代

上田正樹さんと朝本千可さんの間には、1976年4月28日に誕生した長女で舞台女優の上田郁代さんがいらっしゃいます。

劇団PIS★TOLに所属されているようです。

2011年9月に俳優の水野大さんと結婚され、お子さんは2人らっしゃるそうです。

ご結婚をしてプライベートは「水野」姓になられているとは思いますが、女優としては「上田」姓を名乗っています。

両親が離婚をしていても上田正樹さんとの関係は良好なのではないでしょうか。

現在(2024)の活動

上田正樹さんは、2024年現在もミュージシャンとして精力的に活動されています。

音源のリリースは2004年8月25日にリリースした「ジャスト・マイ・メモリー」が最後になっています。

ライブ活動はずっと続けておられ、2023年もライブツアーを行なっておられました。

2024年で75歳の上田さんですが、歳を追うごとに声質も渋くなっておられ、ブルースシンガーとして非常に説得力のある歌を聴かせてくれています。

若い頃は医師志望

学生時代は、医師だった父親を結核で亡くし、母が再婚した相手も医師だったため「絶対この義父には負けたくない」と東京大学医学部を目指していたそうです。

猛勉強し、中学時代には生徒会長も務めました。

高校も進学校に通っていましたが、イギリスのロックバンド・アニマルズのコンサートを見たことで音楽に目覚め、「勉強しても何の意味もない」と感じて音楽に没頭しました。


それをきっかけに成績が急降下し、医師を目指すこともやめました。

結果的にはミュージシャンと大成功したので、アニマルズを見た時の感覚は間違ってはいなかったのではないでしょうか。

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