麿赤兒(まろあかじ)さんは大ベテラン舞台俳優で、2023年80歳の貫禄たっぷりの怪優として知られていますが、若い頃は彫りの深い超イケメンでした。
そんな麿さんの若かりし頃の姿や、名前の由来や病気についてなど、掘り下げてお伝えします。
麿赤兒のプロフィール
本名:麿赤兒
生年月日:1943年(昭和18年)2月23日
身長:170cm
出身地:石川県金沢市
最終学歴:早稲田大学第一文学部哲学科中退
所属事務所:キャメルアーツ
麿赤兒、若い頃が超イケメン!
麿赤兒さんの若い頃が、非常にイケメン!と話題になっています。
若い頃の麿赤兒さん、宗方コーチみたい。かっこいい。 pic.twitter.com/mbTbwZxb5P
— バンビ (@asuka_panpi) September 24, 2020
めちゃくちゃかっこいいですが、やはり只者ではない感じは若い頃から滲み出ていますね。
それもそのはずで、麿さんは実際に只者ではなく、若い頃から手がけている舞踏を「BUTOH」として世界に広めた人物としても知られています。
その舞踏家としての活動は2023年現在も続けておられ、80歳を超えても舞台を作り続けています。
舞踏の舞台などではよく動くので、麿さんのスタイルの良さが引き立って見えると思いますが、立ち姿などもイケメンですね。
身長は170cmで長身と言うほど高くはありませんが、手足が長く顔が小さい、まるで現代の若者のようなスタイルをしておられます。
もしも若い頃から前衛的な舞台ではなく、普通に俳優としてラブストーリーなどを演じられたら、アイドル的な人気を獲得したのではないでしょうか。
そんな麿さんも見てみたかったですね。
ちなみに、麿さんの息子さんは俳優の大森南朋さんです。
大森さんはどちらかと言うとナチュラルな演技で「癒し系」と言われるようなイメージの俳優さんですが、ふとした瞬間など、麿さんと似ているような表情を見せる時があります。
さすが親子ですね。
大森南朋さんが、昔から密かにファンだった麿赤兒の息子さんだと知り、面影を感じて、納得。
お二人とも、いい俳優さんですよね。 pic.twitter.com/8PwaJPNZir— ねこばぁば (@Baaba_M_Cats) September 4, 2020
大森さんが年を重ねるごとに、どんどん麿さんに似てきているようにも見受けられます。
若かりし頃の麿さんと、子供時代の大森さんの親子写真も公開され、話題になっていました。
何度見てもこの写真大好き!
宇崎竜童にしか見えない麿赤兒(父)に頭を掴まれる小さい頃から顔が全く変わってない大森南朋(息子)🤣 pic.twitter.com/NNM8d1nP6n— 鷲ミルクBerry (@Washi369Berry) April 15, 2022
俳優親子の2ショットという意味でも話題になっていましたが、もっと目を引いたのは若い頃の麿さんが宇崎竜童さんにそっくりなことでした。
たまたまこの瞬間が宇崎さんにそっくりだったというだけですが、本当に見間違えるほどに似ています。
子供の頃の大森さんは、非常にかわいいですね。
名前の由来となった病気は切れ痔
麿赤兒さんの名前を一発で正しく読むことは、ほぼ不可能かと思われます。
麿さんの本名は「大森宏」と、ごく普通な名前です。
なぜ芸名をこのような名前にしたのかは、明らかになっていません。
ただ、名前の由来については以前に語られていて、トイレで用を足した後にお尻を拭いたら切れ痔で紙が真っ赤になったのを見て、思いついたそうです。
麿 赤兒の由来『寒い冬の日に便所で尻を拭いたら、切れ痔で紙が真っ赤っかだった。それを見てつけた』 ユーモア…?
— さすらいのノーリネーター (@LM_noPQri) November 20, 2012
さすがに独特のセンスをお持ちですね。
麿さん自身、その名前を相当気に入っておられるのか、これまでに1度も改名をしたことはありません。
右頰のこぶが心配と話題
2022年8月にNHKの番組「ファミリーヒストリー」にで息子の大森南朋さんが特集され、麿さんが父親として出演しました。
その際、視聴者が麿さんの右頬にこぶがある事に気づき、SNSで心配の声が上がっていました。
麿赤兒さんの右頬のコブは耳下腺の腫瘍とかなのかな#ファミリーヒストリー
— とらのすけ toranosuke (@miharayama_nobo) August 15, 2022
麿さんの右頬のこぶの原因は「耳下腺腫瘍」ではないか、と言われています。
比較的珍しいタイプのガンだそうです。
麿さんは、1998年の55歳の時にがんと告知を受けられています。
その時は舞台公演の直前だったため、舞台が千秋楽を迎えてから手術を受けられました。
いつ再発するかは分からない、と言われているそうですが、舞台で踊っている時はがんのことは忘れられるそうです。
2023年現在80歳でまだまだ舞台でも映像でもお仕事をされていますので、お元気のようで何よりです。
これからも素晴らしい作品を生み出し続けてほしいですね。
父と母の壮絶な人生
麿赤兒さんが生まれた1943年は、第2次世界大戦の真っ只中でした。
父親は、海軍の大森潤一さんという方でした。
第1航空艦隊の参謀としてテニアン島に赴任し、1994年7月から始まったテニアンの戦いに参加しました。
米軍の攻撃に屈し、8月2日司令部にて手榴弾で自決をするという道を選択しました。
父親は亡くなった後に特進して大佐になられました。
当時はまだ麿さんは1歳で、当然父親の記憶は全くないそうです。
母親は裕子さんという方でした。
父親の戦死を受け止めることができず精神を病んでしまい、まだ小さかった麿さんを逆さまにしておぶっていたそうです。
麿さんは祖母のことを「お母さん」と呼んでいたそうですが、小学5年生の時に叔父夫婦に預けられることになりました。
その後、麿さんの母親がどういった人生を歩まれたかは、明らかになっていません。
あの時代の日本では珍しい境遇ではなかったそうですが、今聞くとかなり壮絶な人生を歩まれていますね。
麿さんの表現するものに、懐かしさや世紀末感のようなものを感じるのは、幼少期に体験した出来事が影響しているのかもしれませんね。
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