根っからのギャンブル好きで馬主でもあるタレント・矢部美穂(やべみほ)さん。
ジョッキー・山林堂信彦(さんりんどうのぶひこ)さんと結婚しましたが、実父もジョッキーだったといいます。
偶然にも母親が愛した男性と同じ職業の男性と結婚することになったのです。
はたして、どのような家庭で生まれ育ったのでしょうか。
矢部さんの両親や兄弟について調査すると意外な事実が見えてきました。
矢部美穂のプロフィール
愛称:やべっち
本名:山林堂美穂(さんりんどうみほ)
生年月日:1977年(昭和52年)6月7日
身長:156cm
出身地:北海道旭川市
最終学歴:中学校卒業
所属事務所:矢部美穂プロダクション
矢部美穂の母親・文子は二度再婚している
矢部美穂さんの母親は、“文子ママ”こと矢部文子(ーふみこ)さんです。
『サンデージャポン』(TBS)、『アウト×デラックス』(フジテレビ)に出演していたので、バラエティー番組をよく見る人なら、知っているという人も多いのではないでしょうか。
独特な言い回しや謎のアクション・パフォーマンスの強烈なキャラクターで、一気にファンになったという人もいることでしょう。
文子さんは1949年7月19日生まれですから、2024年で75歳になります。
長女・美穂さん、長男・正人さん、次女・美佳さん、三女・美希さんの4人の子供を育て上げました。
よく“矢部三姉妹”と言われますが、二番目に長男の正人さんがいたのですね。
最近、兄弟が多くて本当に良かったなぁ~って感じます。美穂、正人、美佳、美希の4人兄弟(^3^)/
そんな文子さんは、個性的なキャラクターに負けず劣らず波乱万丈な人生を送ってきたといいます。
今は独身ですが、これまでに2人の男性と2度の再婚をしてきたのだとか。
2人で2度再婚というと計算間違いのように感じてしまいますが、実は同じ男性と結婚・離婚をそれぞれ2回ずつ、計4回繰り返してきたそうです。
文子さんの2人の元夫は、どんな人物だったのでしょうか。
長女・美穂さん自身が度々あちこちのメディアで明かしています。
実父・矢部和夫は元ジョッキー
文子さんの最初の夫は、矢部和夫さんという元競馬ジョッキーの男性です。
長女・美穂さんの実父に当たります。
もとは中央競馬で活動していましたが地方競馬へ移り北海道の旭川競馬へ、次いで山形県の上山競馬へと移籍した後に怪我をして引退を余儀なくされたそうです。
美穂さんの記憶によると、当初の夫婦仲は良好だったそうですが、この引退がきっかけとなり和夫さんの生活が荒れてしまったのだとか。
引退後は保険会社に勤めていたそうですが、ギャンブルに明け暮れ家に生活費を入れず、さらに浮気癖もあったといいます。
美穂さんがまだ小学校低学年のころ、ついに両親は離婚することに。
突然、「どっちについて行くか決めろ」という判断を迫られたそうです。
兄弟はそれぞれ両親との仲が良かったそうで、あっさりと決められるはずもなく泣いたといいます。
結局、とくに父親に懐いていたという次女・美佳さんだけが和夫さんについて行ったということです。
仲が良かった家族が別々に暮らし始めて2~3年が経ち、子供たちのことも考えて両親は再婚しました。
これで元の明るい家庭に戻るのかと思いきや、それでも和夫さんの生活態度は変わることがなく、ほどなくして再び離婚したということです。
ところで、元夫で矢部美穂さんの実父は矢部和夫さん、文子ママも矢部文子さんということは、離婚後も夫の姓を名乗り続けていたのですね。
法律のことはここでは詳しく書きませんが、離婚後は自動的に旧姓に戻るのをあえて届けを出して夫の姓を名乗ってきたのですから、子供たちのためにそう判断したのかも知れません。
しかし、この判断が再婚相手の逆鱗に触れる原因のひとつになったのかも知れないのですから、人生とは複雑なものです。
もちろん、文子さんの旧姓は明かされていないので、もしかしたら矢部さん同士で結婚したという可能性も捨てきれませんが……。
2人目は建設会社社長のDV夫
文子さんの2人目の夫は、建設会社の社長でガタイのいい男性だったそうです。
文子さんが勤めていたスナックの常連で、やがて付き合うようになったそうですが、一般人のため名前は非公開となっています。
美穂さんが中学1年生のころに再婚したそうで、気が付いたら家にいたのだとか。
文子さんは「この人と結婚するから」と子供たちに紹介したそうです。
子供たちにとっては“新しいお父さん”ということになりますが、彼にも2人の連れ子がいたそうで、計8人という、ちょっとした大家族で暮らすことになったといいます。
微笑ましい大家族を想像してしまいますが、この新しいお父さんは独占欲が強くてとんでもない“DV夫”だったといいますから、現実とは非情なものです。
その口癖が「矢部の子供をボロボロと産みやがってっ……!」というもの。
矢部の子供の存在自体が許せなかったのだろうと、美穂さんは回想しています。
このセリフと建設会社でガタイがいい男性が合わさったら、とんでもなく怖そうですね。
実際に暴力が酷かったそうで、文子さんが髪を引っ張り回されるのはよくあること。
そればかりか、子供たちにも暴力を振るい続けていたといいます。
それでも、美穂さんは4人兄弟のなかでは可愛がられていた方だったそうですが、ある時、背中を強く蹴り飛ばされたそうです。
中学生の少女を蹴り飛ばすなんて罰が当たったのでしょうか、蹴った張本人が逆に足の骨を折り、しばらく松葉杖で生活していたのだとか。
そんな暴力に耐えかね、文子さんは離婚を決意します。
したのですが……、またもや戻って再婚してしまったのです。
もともと好き同士だったこともあり、泣きに弱かったのだろうと美穂さんは語りました。
ある時は墓地に連れていかれて「別れるなら死んでやる」とまで言われたといいます。
美穂さんは、そんな生活から抜け出すために中学卒業後に上京し芸能界へ。
残った3人の兄弟たちも次々と姉を頼って上京してきてしまい、最後に残された文子さんもついに「あたしも一緒に住みたい」と上京し4度目の離婚をしたということです。
DV男性の特徴のひとつでもある“泣き落とし”に負けてしまった文子さんでしたが、やはり最愛の子供たちと離れて暮らすことはできなかったのですね。
父親が違う兄弟はなく4人とも同じ
矢部家の4人兄弟について、一部で父親が違うのでは?といった憶測があるようですが、それはデマです。
美穂さん自身がインタビューで「4人とも最初のお父さんの子」と明言しています。
それに加えて、母親である文子さんが2人目の夫と再婚したのは、美穂さんが中学1年生になってからです。
長女の美穂さんと末っ子の美希さんの年の差は7歳ですから、美穂さんが小学生になるころには兄弟の全員が生まれていたことになります。
したがって、4人兄弟の父親は矢部和夫さんで間違いないと言えるでしょう。
このデマは3女・美希さんのWikipediaにも平然と書かれているのでたちが悪いですね。
妹・河合美佳も「YABEKE」勤務
姉の美穂さん同様、元グラビアアイドルだという次女・美佳さん。
ですが、最近では美穂さんが2010年から経営しているバー「YABEKE」で働いているそうです。
美佳さんは2023年1月から隔週水曜日の勤務なのだとか。
YABEKEのオープン当時こそ手伝っていたそうですが、しばらく離れていたようで、このとき12年ぶりに復帰したそうですよ。
話したら絶対に面白い文子さんにも会えるし、超絶美人な元グラビアアイドルにも会えるなんて、いろいろと凄いお店ですね。
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