手塚治虫が天才の秘密は出身?名言まとめ!漫画を描きながら医者に?性格の悪さが有名?

漫画の神様であると同時に医師免許も持つ手塚治虫(てづかおさむ)さんは間違いなく天才。
医師免許の勉強と並行して漫画を執筆するとはまさに神業です。
その一方で性格に難があることも有名ですよね。

手塚治虫が漫画の神様になったのは出身に理由が?


手塚治虫さんの父である粲さんは新しい物好きだったそうです。
粲さんが当時とても珍しかったフィルム映写機を持っていたことから手塚治虫さんは自宅で映画を観ることが出来ていたそうです。
この経験が手塚治虫さんがアニメーション制作を志したきっかけとなったようです。

また、粲さんは漫画も大変好きで自宅には200冊以上も漫画本があったんだとか。
さらには母の文子さんも漫画好きで本の片隅にパラパラ漫画を描いていたそうです。

漫画好きの両親を持ち、幼い頃から漫画に囲まれて生活してきた手塚治虫さん。
なるべくして漫画家になったと言えるでしょう。

医者でもある手塚治虫の天才エピソード

手塚治虫さんが医師免許を持っているというのは良く知られた話。
「漫画ばかり描いて勉強が出来ない」という漫画家に対する偏見を覆した先人でもあります。

医師国家試験を受験する前に漫画家としてデビューしていた手塚治虫さん。
「ジャングル大帝」や「鉄腕アトム」の連載をしていたのは国家試験の受験期間中。

現在の漫画家は休載することが珍しくありません。
それにも医師になるための試験勉強をしながら漫画を描いていたという手塚治虫さん。
それで国家試験にも合格してしまうのですから人間技とは思えません。

手塚治虫さんには漫画を描きながら電話で別の漫画の打ち合わせをしていたというエピソードもあります。
きっと手塚治虫さんの脳は高いレベルでの並列処理が可能だったのでしょう。
「神様」と呼ばれるようになるのも納得です。

手塚治虫は性格が悪いと有名?

神様と言われる手塚治虫さんですが聖人君主ではありません。
実は嫉妬深いことで知られているんです。
そのことが分かるエピソードをいくつかご紹介しましょう。

手塚治虫さんはある出版社のパーティーに出席した際に初対面の水木しげるさんに対して次のような発言をしています。

(引用)あなたの絵は雑で汚いだけだ(引用)

(引用)あなたの漫画くらいのことは僕はいつでも描けるんですよ(引用)

他には石ノ森章太郎さんがわざわざ自宅まで原稿を見せに来たときのこと。
玄関先でその原稿を読んだ手塚治虫さんは無言で原稿を破いてしまいます。

このように手塚治虫さんは他の漫画家に対して度々嫉妬心をむき出しにしています。
ですが、このような行動を取るのは手塚治虫さんが認めた漫画家だけ。
眼中にないような漫画家には何も言わなかったそうです。

他の漫画家に強く嫉妬するということは漫画に対する情熱が人一倍であることの証明でもあります。
手塚治虫さんは神様と呼ばれるだけの情熱を漫画に対して持っていたのですね。

手塚治虫が残した名言

手塚治虫さんが世に残したのは漫画だけではありません。
いくつもの名言も手塚治虫さんは残しています。

(引用)「ダメな子」とか、「わるい子」なんて子どもは、ひとりだっていないのです。
もし、そんなレッテルのついた子どもがいるとしたら、それはもう、
その子たちをそんなふうに見ることしかできない大人たちの精神が貧しいのだ。(引用)

この言葉は子供達を勇気づけると共に大人をハッとさせのではないでしょうか。
現代の育児書にも子供の良いところを見つけて褒めてあげることが大事だと良く書いてあります。
ずっと昔から手塚治虫さんはそのことが分かっていたんですね。

(引用)僕の体験から言えることは、好きなことで、絶対にあきないものをひとつ、続けて欲しいということです。(引用)

好きなものを突き詰めて「神様」とまで呼ばれるようになった手塚治虫さん。
「好きこそものの上手なれ」、「継続は力なり」ですね。

(引用)医者は生活の安定を約束していた。しかし、僕は画が描きたかったのだ。(引用)

手塚治虫さんは「医者は本業で漫画家は副業」とも言っていました。
漫画を描くことが本当に好きだったんでしょうね。

なお、手塚治虫さんという人柄を良く表しているのが次の名言。

(引用)頼むから仕事をさせてくれ(引用)


これは手塚治虫さんが息を引き取る前に残した言葉。
手塚治虫さんは死の直前まで漫画に対する情熱を持ち続けてたことが良くわかります。

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