名古屋章の死因の病とは?息子2人&家族まとめ!最近はポテトヘッドで話題!

個性派俳優として活躍した名古屋章(なごやあきら)さん。

2003年に惜しまれつつもこの世を去った彼は、今話題のバイプレーヤーの第一人者と言えるかもしれません。

また、俳優だけではなく、声優としても名だたる名キャラクターを次々と担当されておられました。

「トイ・ストーリー」シリーズのMr.ポテトヘッドは、今なお、皆さんの耳に残っているのではないでしょうか?

そんな名古屋章さんの死因やご家族についても調べてみました。

名古屋章のプロフィール

芸名:名古屋章

本名:名古屋章

生年月日:1930年12月8日

身長:170 cm

出身地:東京都

最終学歴:旧制九段中学卒業

所属事務所:なし(故人)

ポテトヘッドの声優だった名古屋章

文学座出身で劇団雲の設立に参加するなど演劇人だった名古屋章さん。

演技力は高く評価されており、第6回紀伊国屋演劇賞の個人賞や芸術祭演劇部門の大賞など権威ある賞を受賞しています。


ルックスは決して二枚目とは言えない名古屋章さんですが声は完全な二枚目。

顔が表には出ないラジオドラマでは二枚目を担当し多くの女性ファンがいたそうです。

持ち前の美声を活かして声優としても活躍していた名古屋章さん。

声優としての代表作と言えば「トイ・ストーリー」シリーズのMr.ポテトヘッドと「ピタゴラスイッチ」の百科おじさん。

個性的なキャラクターながら、しっくりと来るその声は、やはり俳優としての経験も活かされていたのでしょうか。

そして、忘れてはならないのが、『ひょっこりひょうたん島』の2代目ドン・ガバチョでしょう!

「みなさ~ん」や「ブフブハ」といった個性的なセリフが多かったこの役、初代は藤村有弘さんの代名詞のような存在でしたよね。

そのため、2代目を選ぶことになった際には、軒並み声優陣が恐れ多いという感じでお断りしたそうです。

その最中で、引き受けた名古屋章さん…やはり男気を感じてしまいます。

この代表的なキャラクターたちは、2020年現在、様々な声優さんに受け継がれています。

まずは、Mr.ポテトヘッドですが、同年公開された「トイ・ストーリー4」では、辻萬長さんが担当されていますね。

こちらも、名古屋章さんと同じく俳優としても大活躍されていますが、ディズニー作品にも携わられておられました。

その作品が、2001年公開の『アトランティス失われた帝国』におけるローク司令官ですね。

ディズニーの声優になるのはかなり厳しい審査があり、あの山寺宏一さんをしても未だオーディションだとお話しでした。

辻萬長さんも後任になれてさぞ、嬉しいことでしょう。

また、「ピタゴラスイッチ」の百科おじさんは、車だん吉さんです。

コント55号の弟分と言われ、芸人や俳優、タレントとマルチにご活躍の方ですね。

そして、『ひょっこりひょうたん島』の2代目ドン・ガバチョですが、こちらは栗田貫一さんです。

言わずと知れた「ルパン三世」ですね!

こうしてみると、皆さん声優一本ではなく、俳優や芸人としてもしっかりとしたキャリアをお持ちの方です。

名古屋章さんの後任というのもあるのかな…と考えるのはやや強引でしょうか。

ものまねされることが多かった名古屋章

芸能界にはものまねをされやすい人、されにくい人がいますね。

名古屋章さんはどちらかと言えばものまねをされやすい人だったかも知れません。

名古屋章さんのものまねと言えばダチョウ倶楽部の肥後克広さんが有名。

ものまね番組では度々、名古屋章さんのものまねをしていました。

肥後克広さんと名古屋章さんはバラエティ番組で共演もしています。

ですが、名古屋章さんの死去後、肥後克広さんはものまねを封印。

名古屋章さんの喋り方をデフォルメして笑いを取るものまねだったことで封印を決意したのでしょう。

また、芸能界の先輩である名古屋章さんを尊敬し尊重する思いもあるのでしょうね。

名古屋章の家族は?息子が芸能人?

「名古屋章」という珍しい名前から芸名と思われがちですが実は本名です。

「名古屋」という珍しい苗字と父親の名前が「愉快」だったことで幼少期はからかわれていたといいます。

そんな名古屋章さんは既婚者。

奥さんの名前は千鶴子さんと言うそうです。

ですが一般の方のようで詳しい情報は見つかりませんでした。

名古屋章さんと千鶴子さんの間には2人の息子がいるようです。

長男の名前は裕さんで、次男の名前は泉さん。

息子さんも詳しい情報がありませんので一般の方のようですね。

ちなみに、名古屋裕さんという漫画家さんもいらっしゃるようですね。

「まんがで読む徒然草・おくのほそ道」や、「ぼくの街に地震がきたー大震災シミュレーションブック」などにその名を連ねておられます。

読んでギャハハと笑うような漫画ではなく、教育を目的とした漫画に携わっておられるようです。

しかし、名古屋章さんの息子さんかどうかは不明です。

というのも、生年月日や個人について書かれたものが少なすぎるのです。

他方、判断材料に欠けるため、一応「不明」としておきますが、おそらく息子さんである可能性は低いのではないでしょうか。

漫画家さんですので、ペンネームというほうが自然ですしね…。

また、次男の名古屋泉さんのほうも、検索すると、「名古屋市東区泉」という地名がヒットしてしまいます。


人や富、幸が泉のように溢れるようにという願いを込めてこのネーミングになったようですね。

名古屋章さんの息子さんの、名古屋泉さんのお名前にも似たような意味が込められているのでしょうか?

なお、年齢に関して、詳しくは後述させていただく、名古屋章さん死去の際のニュースなどで明らかになっています。

2003年6月24日時点で、妻・千鶴子さんが62歳、長男・裕さんが38歳、次男・泉さんが34歳とのことですね。

名古屋章の死因は?

2003年6月24日に72歳で亡くなった名古屋章さん。

死因は肺炎でした。

名古屋章さんは2003年6月14日に腰を強打し救急車で運ばれて入院。

23日の夕方に肺炎となり様態が急変し帰らぬ人となりました。

遺作となったのは、『ピタゴラスイッチ』だったようです。

しかし、名古屋章さんは満身創痍となりながらも役者魂をたぎらせていました。

実はその前、2003年3月には脳腫瘍の手術を受けたとのことですね。

同年4月に出演予定だった舞台は降板。

とはいえ、自宅療養を経て仕事に復帰しドラマに出演したり声優を務めたりと精力的に活動していました。

同年9月まで仕事のスケジュールが入っていたそうです。

その後、亡くなった名古屋章さんについて長男の裕さんは次のように語っています。

父は舞台で死にたいと言っていました。現役のまま亡くなった形だから、本人にとっては良かったのではないでしょうか

その意志を貫徹できたことは、名古屋章さんにとって本望だったかもしれませんね。

他方、日に日に食が細くなっていく様子を間近で見ていたという裕さん。

それでも、親族の女性によれば、名古屋章さんは、周囲を笑わせて、会話もしっかりとしていたそうです。

むしろ、亡くなったという事実が急なことでショックという旨すらこの女性はコメントしていたようですね。


裕さんも、仕事で悩む父の姿を見たことはないといいます。

周囲に気をつかうことのできる人柄が伝わってきますよね。

本当に惜しい方を亡くしたという印象です。

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