宍戸錠の息子は2人。シシドカフカは娘?妻は元女優、自宅の火事と晩年

「エースのジョー」の愛称で親しまれていた宍戸錠(ししどじょう)さん。

ふてぶてしい悪役を演じさせたら右に出るものはいない名優の一人。

2020年1月21日、86歳でその生涯を終えられました。

一方でプライベートでは、1962年に結婚し、3人の子宝に恵まれています。

今回は、そんな彼の家族事情に迫りました。

あわせて、彼の晩年についてもまとめていますので注目です。

宍戸錠のプロフィール

生年月日:1933年12月6日

出身地:大阪府大阪市北区

血液型:B型

身長:174cm

最終学歴: 日本大学芸術学部(中退)

宍戸錠に息子は2人

若い頃は細身で美しい顔立ちだった宍戸錠さん。

日活ニューフェースの第1期生として日活撮影所に入所。

当初は2枚目として活躍していた錠さんですが、石原裕次郎さんや小林旭さんなど強力なライバルとの差別かのために、頬にシリコンを入れる手術を受けました。


それ以降はさっぱりとした二枚目ではなく、アクの強い悪役としての出演が増えました。

悪役への転向に成功した錠さん。

ふくらんだ頬はトレードマークとなっていましたが、2001年に摘出手術を受け話題となりました。

そんな錠さんの息子として有名なのが、俳優の宍戸開さんです。

1988年の「武田信玄」で俳優としてデビューし、翌年の映画「マイフェニックス」で初出演を飾ると日本アカデミー賞の新人俳優賞を受賞。

その後も多くのテレビや映画で活躍しています。

宍戸開さんは俳優として活躍する一方、五影開という名義で写真家としても活躍中です。

親子二代で「くいしん坊!万才」のリポーターとなった時には大きな話題となりました。

しかしながら、宍戸錠さんと宍戸開さんは”絶縁状態”だったことでも、注目を集めました。

2人が不仲になった理由の1つに、開さんが、父である錠さんに黙って結婚していたことが挙げられます。

2010年12月、当時44歳の開さんが一般女性と結婚しました。

そしてなんと、錠さんは本人から直接結婚の報告を聞いておらず、マスコミの報道でこの事実を知ったそうなのです。

錠さんは昭和時代の男性ですので、礼儀や順序に厳しい方であったに違いありません。

理由があったにしても、開さんも実の父親に一報入れておくべきだったかもしれません。


しかしそれだけではなく、錠さんの家が全焼したことで、2人の関係がさらに悪化したと言われています。

火事の後、錠さんが「俺が死んだら土地は長女のもの。息子達にやるつもりはない。」と断言したそうなのです。

さらに「長男には土地の相続権もない」と言い放ったといいます。

このことから、開さんだけではなく、次男との関係も芳しくないことが浮き彫りになりました。

実は錠さんには、宍戸開さんの他にもう一人息子がいるんです。

次男の名前は宍戸表(ひょう)さんといい、開さんのマネージャーをされているそうです。

ちなみに宍戸錠さんも宍戸開さん、宍戸表さんも全員本名です。

三人の名前をつなぐと「鍵を開けて表に出る」という意味になります。

名前の繋がりもあることから、思い入れのある2人息子だったに違いない、開さんと表さん。

錠さんの生前の内に、開さんとの共演や、表さんも含めたスリーショットが見れたら、ファンにとってはこれ以上ないことだったに違いありません。

シシドカフカは宍戸錠の娘?

ドラムを叩きながら歌うという独特のスタイルで人気のシシドカフカさん。

身長の高さと美貌を活かしてモデルや女優など活動の幅を広げ、同性からも絶大な支持を得ています。

名字が「シシド」ということで宍戸錠さんの娘では?という声もあるようです。

確かに錠さんには娘が1人います。

ですが、シシドカフカさんは錠さんの娘ではありません。

娘は宍戸史絵さん。

現在は「紫しえ」とうい名前でエッセイを執筆したり、講演を行ったりしています。

また、錠さんのマネージャーも行っています。

エッセイストに講演者、マネージャーと多忙な日々を送る宍戸史絵さん。

今の元気な姿からは想像がつかないかもしれませんが、1993年に子宮頸がんが見つかり闘病していた過去があります。

1999年、現在の夫との間に赤ちゃんを授かったことがわかった数日後に、子宮頸がんが告知されたのです。

しかもがんが進行していたため、赤ちゃんごと子宮を全摘しなければならない段階だったそう。

当時の心境を「幸福感から一転。絶望に落とされた」と、語っていました。

母の游子さんも癌で亡くなっていることから、癌になりやすい家系なのかもしれません。

2年間に渡る闘病の末、仕事に復帰した宍戸史絵さん。

その後は癌が再発している様子はなく元気に活動を続けています。

しかしながら「やはり母親になりたい」という思いは捨てきれず、手術から3年後に里親になることを決意します。

そうして迎えたのが、現在のお子さんです。

里子は、史絵さん夫妻を「パパ」「ママ」、宍戸錠さんを「じーじ」と呼ぶのだそう。

里子は環境が整えば、実の親のもとに帰さなければならないとされています。

紫しえ夫妻は、「いつか別れが来るかもしれないが、この子に”出会ってよかった”と思えるように関わりたい」と、その思いを明かしていました。

宍戸錠の妻は元女優

錠さんが結婚したのは1962年。

相手の女性は同じく日活で女優をしていた游子さん。

結婚後はエッセイストやテレビコメンテーターとして活躍していた游子さん。

本名は、宍戸昌子(まさこ)さんといいます。

朝日新聞の「ホームドクター」で連載を持ち、書籍を出版するなど精力的に活動をしていました。

一方でプライベートでは、夫錠さんの浮気が絶えず、夫婦喧嘩が絶えなかったといいます。

さらには、錠さんは游子さんに対して暴力を振るっていたことも、明らかになりました。

どうやら宍戸夫妻の関係は、冷え切っているどころか、”最悪”ともいえる状態だったようです。

そんな游子さんですが、2008年に癌が見つかり胃を全摘する手術を受けています。

その後も闘病生活を送っていたそうですが、2009年には肺への転移が見つかり2010年4月に帰らぬ人となりました。

宍戸錠の家が火事に

1964年に土地代だけで3億円という豪邸を建築した宍戸錠さん。

家族5人の思い出が沢山つまった住処でしたが、2013年2月4日に火事により全焼してしまいます。

既に子供達も独立しており、妻の游子さんが亡くなってからは豪邸で一人暮らしをしていたという宍戸錠さん。

俺は外出の際、暖房類のスイッチを切るし、コンセントまで抜いています。
自分としては“放火”じゃないかと思ってね…

と火事の原因について放火されたと語っています。

ですが警察の調べでは不審者が侵入した形跡はなかったそうです。

その後、消防署の調べにより、電熱器のコードから火が出たことが分かっています。

家を建て直す気はなかったようで、晩年の宍戸錠さんは家賃12万円の賃貸マンションで一人暮らし。

とはいえシステムキッチンが付いた約60㎡の2LDKと一人暮らしには十分な設備と広さ。

一時代を築いた大スターが余生を過ごした住いとしては少し寂しい気もしますが。

宍戸錠が死去。晩年の様子

2020年に逝去された宍戸さん。

ドラマや映画はもちろんの事、バラエティーにもよく出演していた彼ですが、晩年はその姿を見かける機会が少なくなっていました。

2006年には虚血性心不全のため冠状動脈カテーテル・バルーン手術を受けるなど、体調があまり良くなかったのでしょう。

蓄えは十分すぎるほどあるでしょうから、術後はマンションで悠悠自適な生活を送っていたとのこと。


1日3食が近所のコンビニ弁当だったと言われる宍戸さん。

亡くなる直前まで行きつけのコンビニで目撃されていましたが、急な訃報となりました。

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