大御所の女優でありながら自然体な所が人気の中村玉緒(なかむら たまお)さん。
これまでの多大なる苦労をおくびにも出さない事もまた老若男女問わず愛される理由かもしれません。
中村玉緒のプロフィール
愛称:玉緒さん、お母さん
本名:奥村玉緒(旧姓は林玉緒)
生年月日:1939年7月12日
身長:156㎝
出身地:東京都
最終学歴:京都女子高等学校
所属事務所:長良プロダクション
中村玉緒の夫は言わずと知れた勝新太郎
父親が歌舞伎俳優だった影響からか若い頃から女優を夢見ていたという中村玉緒さん。
当時、大映の重役を務めていたという親戚に頼み込んで大映に入社したそうです。
今でいう所のコネ入社ですね。
大映に入社後は給料も待遇も破格だったそうですが主役を演じることはありませんでした。
待遇が良かったのはコネ入社のおかげでしょうが、主演を務めるほどの実力が無かったということでしょうか。
その後、明石家さんまさんが司会のバラエティー番組に出演したことがきっかけで天然ボケキャラが定着。
ドラマや映画、舞台だけでなくバラエティー番組に引っ張りだことなりました。
そんな中村玉緒さんの夫は勝新太郎さん。
豪胆な人物で知られる昭和を代表する名優の一人です。
大映時代に知り合った勝新太郎さんと中村玉緒さん。
勝新太郎さんの方が中村玉緒さんに対して熱烈な求愛をしていたそうです。
大物俳優の勝新太郎さんの恋愛だったので大映も公認。
中村玉緒さんの撮影現場に勝新太郎さんが迎えに来ると撮影を早めに切り上げることもあったんだとか。
借金14億円騒動と2人の関係
勝新太郎さんと中村玉緒さんは1961年に結婚しました。
しかしこの結婚は中村玉緒さんにとって波乱万丈人生の幕開けとなります。
結婚後、勝新太郎さんは出演作が次々とヒットし、まさに順風満帆でした。
そして自分で好きな映画を作りたいと考え、1967年35歳の時に映画制作会社「勝プロダクション」を設立します。
しかし、映画に対する思いが強すぎる故に撮影に膨大な制作費をかけてしまいます。
台本は思い付きで次々と変えるなど、撮影スケジュールはめちゃくちゃで費用はかさむばかり。
さらに、度重なる夜の街での豪遊も原因となり、14億円という多額の借金を抱え、会社は倒産に追い込まれました。
倒産後、中村玉緒さんは新会社「勝プロモーション」を設立し、自ら社長に就任し借金返済のため尽力しました。
勝新太郎さんは中村玉緒さんに頭が上がらなかったことでしょうね。
しかし、後に中村玉緒さんは
「お金には恵まれなかったけど、人間には恵まれた」
と語っています。
お金の苦労などかき消すほど勝新太郎さんとの結婚生活は幸せだったということでしょう。
大麻パンツ事件その後の絆
勝新太郎さんは、1978年にアヘン所持で逮捕、1990年にはハワイの空港で、下着にマリファナとコカインを隠し持っていたとして現行犯逮捕されています。
2度目の逮捕の記者会見では、さすがに反省していると思いきや、
「今後は同様の事件を起こさないよう、もうパンツは履きません」
と発言し世間をざわつかせました。
勝新太郎さんだから許されたであろうこの発言は、これからも伝説のように語り継がれるに違いありません。
多額の借金を作り、大麻の密輸で逮捕されるなど破天荒だった勝新太郎さん。
中村玉緒さんは傍目から見れば苦労させられていた印象が強いでしょう。
ですが、中村玉緒さんは
生まれ変わってもあの人と一緒になりたい
と話すなど勝新太郎さんには心から惚れこんでいました。
勝新太郎さんも、
「中村玉緒は勝新太郎なしでも存在し得るが、勝新太郎は中村玉緒なしでは存在し得なかった」
と語り、2人は結婚後も相思相愛だったようです。
そもそも女優一筋だった中村玉緒さんがバラエティー番組に出演するようになったのも勝新太郎さんのため。
1996年64歳の時、検査入院で咽頭がんが見つかり入院していた勝新太郎さん。
バラエティー番組に出演する中村玉緒さんを見ることが唯一の楽しみだったそうです。
しかし、1997年6月21日、勝新太郎さんは65歳でこの世を去ってしまいました。
結婚当初から様々なスキャンダルに振り回された中村玉緒さんですが後に、
「離婚を考えたことは一度もなかった」
とはっきり語っています。
これだけ苦労させられても夫を一途に想う姿は本当に美しく、胸打たれるものがありますね。
中村玉緒の息子と娘について
中村玉緒さんと勝新太郎さんの間には息子と娘が一人ずついます。
息子の奥村雄大さんは1989年に勝新太郎さんが監督を務めた映画「座頭市」でデビュー。
しかし、この座頭市の撮影で大事件が起きます。
1988年12月、奥村雄大さんは立ち回りの場面で真剣を使い、相手役の首を切りつけ重傷を負わせる事件を起こします。
しかもその後相手役の方は死亡してしまいました。
あろうことか、迫力を出すためにとスタッフから真剣を渡されていたのです。
そして関係者とともに業務上過失致死罪として事情聴取を受けます。
裁判では真剣であることを知らなかったという主張が認められました。
勝新太郎さんも真剣を使っていたことを知らなかったのか、それとも勝新太郎さんの指示だったのかは不明のままです。
事件後、奥村雄大さんは謹慎生活を送ります。
そして1994年芸名を「鴈龍(がんりゅう)」とし、勝新太郎さん主演の舞台で復活。
勝新太郎さんと中村玉緒さんの息子でありながら俳優としての評価は今一でしたが、その後は映画やOVA、舞台を中心に活動しました。
しかし、2019年11月1日に急性心不全のため一人暮らしを始めたばかりの名古屋市の自宅で死去。
55歳という若さで生涯独身の波乱万丈な人生でした。
生前、「死んだら親父と同じ墓に入りたい」と話していた奥村雄大さん。
その願い通り、東京都内のお墓で勝新太郎さんとともに眠っています。
中村玉緒さんにとっては、愛する夫を亡くした上、最愛の息子にも先立たれるという悲しすぎる出来事だったに違いありません。
長女の奥村真粧美さんは元女優ですがあまり情報がありませんでした。
唯一分かった出演作はドラマ「警視-K」。
このドラマは勝新太郎さんが監督・主演を務めており、奥村真粧美さんは勝新太郎さんの娘役で出演していました。
完全にコネによる出演と言って間違いなさそうですね。
また時期は不明ですが結婚していたことがあり、スピード離婚だったためかお子さんはいないようです。
奥村真粧美さんは女優を続けていないことから奥村真粧美さんも演技の才能はなかったのかもしれません。
一時は、中村玉緒さんのマネージャー的活動をしていたようですが、2020年現在の情報はありませんでした。
中村玉緒の子供も逮捕歴がある?
結婚後に愛する夫が逮捕されたことは中村玉緒さんに大変な衝撃を与えたことでしょう。
ですが中村玉緒さんの気苦労は夫だけではありませんでした。
実は中村玉緒さんの2人の子供にも逮捕歴があるんです。
中村玉緒さんの息子と娘は1982年に大麻密売の容疑で揃って逮捕されています。
長男の奥村雄大さんはその2年後にも大麻取締法違反のため逮捕。
子供達は逮捕歴があることから芸能界しか進む道が無かったのかもしれません。
普通ならば親から見放されてもおかしくはありませんが、中村玉緒さんは
「罪は憎くても子供は憎めない」
と語っています。
昭和の大スターの子供は甘やかされて育つことが多いようです。
中村玉緒さんの子供も同様だったのかもしれませんね。
中村玉緒の家系図が凄すぎる
夫が勝新太郎さんで息子が元俳優、娘が元女優と芸能一家の中村玉緒さん。
また、中村玉緒さんの父は歌舞伎役者で人間国宝にも認定された二代目中村鴈治郎さん。
中村玉緒さんの兄は父と同じく人間国宝に認定された四代目坂田藤十郎さん。
坂田藤十郎さんの妻は元タカラジェンヌで女性初の参議院議長にもなった扇千景さん。
坂田藤十郎さんと扇千景さんの間に産まれた子供が五代目中村翫雀さんと三代目中村扇雀さん。
世襲制を取ることが多い歌舞伎界。
今でもかなりの家系図ですが遡っていくとさらに豪華な家系図になることでしょう。
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