水前寺清子、熊本の老人ホームは15億の寄付で設立&桜新町の自宅豪邸がゴミ屋敷の過去

チータの愛称でも親しまれている歌手・水前寺清子(すいぜんじきよこ)さん。

故郷である熊本には彼女が関わった老人ホームがあり、多額の寄付をされています。

一方で若い頃から一貫して自宅がある桜新町での暮らしぶりなども併せてご紹介します。

水前寺清子のプロフィール

愛称:チータ

本名:林田民子(はやしだたみこ)

生年月日:1945年(昭和20年)10月9日

身長:158cm

出身地:熊本県熊本市

最終学歴:洗足学園高等学校卒業

所属事務所:水清企画

水前寺清子、老人ホーム「水清庵」を熊本に設立

2000年5月故郷である熊本に老人ケアハウスを設立した水前寺清子さん。

もともとは熊本市で経済的に恵まれた家庭に生まれた水前寺さんですが、親が事業に失敗し夜逃げ同然で親子で東京へ。

しかし「水前寺清子」という芸名を熊本市にある水前寺公園と、熊本藩主・加藤清正公からとっていることからも分かるように、彼女の故郷への思いはとても強いようです。


愛する地元・熊本のため何かしたいという気持ちをどこかで持っていたとしても不思議ではありません。

そんな水前寺さんが知り合ったのが熊本で社会福祉法人を経営する理事長の男性。

水前寺さん夫婦はこの男性にお金を託し老人ホーム運営を任せることにしたといいます。

2000年熊本に敷地約3万3000平方メートルの「水清庵」という施設を竣工。

水前寺さんは実際の経営には関わらなかったようですが、同施設の名誉施設長という肩書が与えられました。

また将来的には自身の後援会の人たちに施設で働いてもらいたいなど、彼女なりに夢や希望をもって立ち上げたようです。

多額の寄付をして、地元に福祉施設をつくり故郷に錦を飾った水前寺清子さん。

彼女にとっては子供の時逃げるようにして去った故郷への気持ちに区切りをつけるような大きな出来事だったのではないでしょうか。

熊本地震復興支援マッチで代表曲『365歩のマーチ』を披露する水前寺清子さん。

故郷への愛や貢献したいという気持ちを常に抱えているように見受けられます。

水前寺清子が15億円寄付した熊本の老人ホーム「現在は無関係」

水前寺清子さんが関わって出来た「水清庵」、現在は彼女とは無関係の施設となっているようです。

建設費用捻出のため世田谷にもっていた土地を売却し、総額15億円ほど寄付したとされる水清庵、それほど思い入れがあった老人ホームを手放すまでにどういう経緯があったのでしょうか。

原因は理事長への不信感

水前寺さんが施設との関わりを絶った原因は運営を任せていた知人男性への不信感のようです。


何でもこの男性は弟(元理事長)と裁判沙汰になったり、一緒に旅行に行く際にも毎回派手な違う女性を同伴するなど素行に問題が見られたよう。

他にもゴルフに行けば大量の酒を飲んだにも関わらず自動車を運転して帰宅したなど、とんでもない人物だったことが徐々に露呈していったと水前寺さんの元夫が明かしています。

極めつけは2012年頃、男性の社会福祉法人が20年以上にわたって架空工事や水道料金の誤魔化しなどの不正を働いていたことが露呈し、理事長が解任されるという事件が。

水清庵完成後、徐々に露になってきた男性の問題行為に信用を失っていった水前寺さんらは、もう長いこと男性と連絡も取っていないそう。

水前寺清子さんと元夫からすれば、直接男性とトラブルで揉めたということではないにせよ、「騙された」というのが正直な気持ちでしょう。

現在では水前寺清子さんとは一切無関係の施設に

2016年時点にある記者が施設に確認すると、既に施設名は別の名前に変わり、水前寺さんとは一切関係がありませんとの返事がきたといいます。

地元愛の強い水前寺清子さんは、2016年の熊本震災の際にも被災地救援のため熊本入りしています。

しかしその際も男性の経営する別の病院の関連施設のままである元・水清庵を訪問することはなかったようです。

故郷のためにと思い設立した老人ホームがこんな結果になってさぞかし胸が痛んだことでしょう。

しかしご本人はこのことに関し次のようにコメントしています。

「私としては施設におられる人が楽しく過ごしてくれたら本望ですから……」

後味の悪い結末となった水清庵、彼女が言うようにせめて利用者の方が気持ちよく過ごしてくれていると良いのですが。

水前寺清子の自宅はずっと桜新町、豪邸はゴミ屋敷状態

水前寺清子さんは19歳の頃から今までずっと桜新町に住んでいます。

街での暮らしやご自宅の様子を詳しく見てみましょう。

桜新町と関わって暮らしている

普通有名人となると、プライバシーを守るべくひっそりと暮らしているイメージがあります。


しかしこのまちに暮らし続けている水前寺さんは、地域と関わり合いながら暮らしているという結構珍しい存在かもしれません。

1964年初めての東京オリンピックの年にデビューした水前寺さん、デビュー当時初めてサイン会をしたのが桜新町だったのだとか。

その時にはまさか自分が将来桜新町に住むことになるとは想像もしていなかったと語っています。

しかし後に父親が見つけてくれたという家は桜新町の家だったそう。

「住み心地がいい」ことを理由にそれから何十年もここで暮らしている水前寺さん、この街と彼女の出会いに何か運命的なものを感じてしまいますね。

地域のまつり「さくらまつり」にも毎年参加し、地域に関わりながら生きている印象です。

何かあったら地元商店街の人たちが駆けつけてくれると言い、ご両親を亡くした際には棺を担いでもらったとも明かしています。

実は水前寺さんは上京するまで熊本の「子飼商店街」という商店街で育った方。

商店街を中心に人々が関わり合って生きていく雰囲気が心地いいのかもしれませんね。

また水前寺さんのショーや公演には「桜新町商店街御一行様」が見に来てくれることもあるのだとか。

付き合いを大切にしている彼女の事を地域の方々も応援しているようです。

今時なかなかない人情味に溢れた素敵なお話しですよね。

水前寺さんにとって桜新町は今やデビュー後の自身の歴史を物語ってくれる場所とさえいいます。

彼女にとって熊本と同じくらい大事な地元となったようです。

自宅は餅つき会が出来るくらいの豪邸

国民的歌手である水前寺さんの自宅は、やはり豪邸で皆を呼んで餅つき会が開催できるほどの広さがあるようです。


2018年の54回目の餅つき会には演出家・石井ふく子さん、歌手・坂本冬美さん、ももクロの百田夏菜子さんら約300名が参加したといいます。

それだけの人数で集まれるなんてどれだけ広いのでしょうね。

自宅の中はゴミ屋敷状態

2015年『私の何がイケないの?』というTV番組で水前寺清子さんの豪邸が物であふれるゴミ屋敷状態であることが明かされました。

水前寺清子さんはものが捨てられない性格のようで、家には服が1562着、靴124足、通販グッズ43個に加えおびただしい量の贈答品が溢れていました。

物が多すぎて家の中を歩けないと、当時の夫・小松明さんも悩んでいたため番組にどうにかしてほしいと依頼したのだとか。

よく「片づけられない女」という言葉がありますが、水前寺さんの場合はそもそも片づけようと思っていなかったのだとか。

仕事をしているので、片づけるのは無理と番組内できっぱり断言いました。

そこまでハッキリ言うと、逆に清々しいですね。

モノを捨ててはどうかという提案に対しては、それぞれの服に大切な思い出が詰まっているため捨てられないとこれを拒否。

情にあついイメージの水前寺さん、物に対しても情が移りやすいタイプなのかもしれません。

番組は物を捨てたくないという水前寺さんのため、これらを捨てずに整理する方法を提案し彼女を納得させたようです。

その後13人もの作業員の力を借りて、なんとか自宅内には歩けるスペースが。


これにはさすがの水前寺さんも「家が綺麗になりうれしい」と、喜んでいました。

番組放送から7年が経過していますが、現在も歩けるスペースは健在なのでしょうか。

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