高井麻巳子と秋元康の結婚!なれそめが意外。引退して今はどうしてる?

おニャン子クラブの会員番号16番として活動していた高井麻巳子(たかいまみこ)さん。

グループ内ユニットやソロとしても活動するなど人気メンバーだったんです。

その彼女が結婚したのは、プロデューサーだった秋元康さんでした。

禁断の愛ともとれるこの結婚は、一体どのようにまとまったのでしょうか。

引退後の2020年現在の様子とともに調べてみました。

高井麻巳子が結婚したのは秋元康

かつては高嶺の花というイメージだったアイドル。

ですが最近のアイドルは握手会などで直接触れ合える機会が増えたことで親しみやすく近い存在となりました。

そんなアイドル像の原点と言えるのがおニャン子クラブでしょう。


工藤静香さんや渡辺美奈代さん、渡辺満里奈さんなど今も芸能界で活躍するアイドルが在籍したおニャン子クラブ。

そんな中でも有数の人気を誇ったのが高井麻巳子さん。

高校生の頃には「ミス若高」と呼ばれる人気者だった高井麻巳子さんは美術大学進学を目指して上京。

すると原宿を歩いていた時に「夕やけニャンニャン」内の「アイドルを探せ」というコーナーでスカウトされます。

このコーナーで「青い珊瑚礁」を歌うと見事合格しおニャン子クラブのメンバーとして活動することに。

その後はおニャン子クラブだけでなく、グループ内ユニットの「うしろゆびさされ組」やソロ歌手として大活躍。

おニャン子クラブ卒業後は女優としても活動するなどマルチな活躍を見せていました。

ファンクラブも結成され更なる飛躍を見せると思われた高井麻巳子さん。

ところがファンクラブ結成から僅か3週間後に高井麻巳子さんは結婚を発表。

しかも結婚相手がおニャン子クラブの仕掛け人である秋元康さんだったことためにファンや関係者は騒然となりました。

世間からの強いバッシングを予想してか高井麻巳子さんは結婚発表と同時に芸能界を引退。

秋元康さんと共に渡米し約1年半の間、ニューヨークで生活を送っています。

帰国後に秋元康さんは美空ひばりさんの遺作「川の流れのように」を作詞。

後世に残る名曲を生み出し改めて世間にその才能を魅せ付けました。

その後、バッシングを浴びるどころかAKBグループや坂道シリーズなど次々と人気グループを世に送り出した秋元康さん。

これだけの才能があったからこそ今も芸能界のトップに君臨しているのでしょう。

高井麻巳子と秋元康のなれそめは?

自分が関わったアイドルに手を出すのはタブーとされてきた芸能界。

それは秋元康さんも重々分かっていたはず。

そんな二人の馴れ初めが気になりますよね。

多くの人が秋元康さんが立場を利用して高井麻巳子さんと結婚したと思っていることでしょう。

ですが、実際は高井麻巳子さんの方が積極的に秋元康さんにアプローチしたそうです。

作詞家でもある秋元康さんはおニャン子クラブの殆どの楽曲で作詞を担当。

ですが高井麻巳子さんのソロ楽曲の作詞には殆ど携わっていません。

そのため二人はおニャン子クラブ時代から交際していたのでは、と言われています。

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高井麻巳子さんとの結婚について秋元康さんが語ることは殆どありません。

ですが、秋元康さんと同じく多くの女性アイドルをプロデュースするつんく♂さんは

「プロデュースは、教え子と結婚してこそ完結」

と秋元康さんに言われたと発言しています。

多くの人気アイドルをプロデュースする秋元康さん。

生涯をかけて高井麻巳子さんの人生もプロデュースしているんですね。

秋元康の結婚挨拶秘話が歌になっていた!

前項目でもふれたように、秋元康さんと高井麻巳子さんが結婚するにあたって、世間の声ももちろん気にはなったと思われます。

しかし、最大の難関は、やはり、高井麻巳子さんのお父さんではないかと推察されるところです。

円満なカップルの旦那さんさえ、「娘さんをください」と言ったときのことを、人生で1番緊張した経験として挙げる人も少なくありません。


それを、ましてや、秋元康さんの場合は、アイドルとプロデューサー、すなわち、師弟関係にも似た状況から交際発展という重りまで付いています。

いくら、天下の秋元康さんとはいえ、殴られる覚悟をもって臨まれたことでしょう。

ところが、高井麻巳子さんのお父さんは、決して、秋元康さんの咎めることはありませんでした。

その背景には、高井麻巳子さんのお父さんが「娘」というものに対する考え方があったのです。

一般的に、娘や子どもは天からの「授かりもの」といいますが、彼の場合は「預かりもの」という認識でした。

だからこそ、賛成や反対という話ではないということなのでしょう。

むしろ、お父さんは、秋元康さんに対して「待っていました」と伝えたそうです。

このときの感動は、のちに秋元康さん自ら作詞し、楽曲となって世に出ています。

「バトンタッチ」というタイトルですが、奇しくも、この曲の歌い手もまた、時を経て、JULPSから西田敏行さんへバトンタッチされていました。

西田敏行さんも、このエピソードを聴いて感涙されたかもしれません。

なお、作曲は杉山勝彦さんで、乃木坂46でもよく見かける組み合わせとなっています。

高井麻巳子は今どうしてる?

1988年に秋元康さんと結婚し芸能界を引退した高井麻巳子さん。

結婚から13年後の2001年に長女を出産し一児の母となりました。

そんな高井麻巳子さんは現在は「株式会社秋元康事務所」の監査役。

名実ともに秋元康さんを公私に渡ってサポートしているようです。

芸能界を引退してからメディアに姿を現すことがない高井麻巳子さん。

2002年に秋元康さんと共作で絵本「ぞうネコ」という絵本を出版していますが出版記念の会見などは行っていません。

一時期メディアから姿を消したタレントが再び表舞台に戻ってくることは少なくありません。

ですが高井麻巳子さんは今後もメディアに姿を見せる可能性はかなり低そうです。

きっと娘も大きくなったことで高井麻巳子さんは悠々自適な生活を送っているのでしょうね。

芸能人が明かす高井麻巳子の今

高井麻巳子さんの2020年現在は、ご本人が何か行動をされたという情報は入ってきません。

しかし、今なお芸能界で活躍するメンバーから、おニャン子倶楽部時代の印象などを語られることはよくあります。

新田恵利さんは、2020年4月に公開された週刊誌の取材にて、大人しい、そして、大人だったと振り返っておられます。

その所以は、悩みや相談事に関して、メンバーではなく、常に、周囲の大人に相談していたからでした。

新田恵利さん曰く、当時のメンバーでは、相談しても答えが出ないままで終わることが多かったとのことです。

いわゆる「あーだこーだ言って終わる」という展開でしょう。

それで、ストレスを発散して終わるというのも1つのメリットかと思われますが、高井麻巳子さんの場合は、確かなアドバイスや、解決策を求めていたようです。

たしかに、大人びた性格ですね。

ただし、そうなると、メンバーとの仲も不安視されるところです。

ところが、こちらも上手くやっておられました。

2018年4月16日放送のフジテレビ系『石橋貴明のたいむとんねる』では、国生さゆりさんが、レストランにて、ばったりと再会したことを明かしていました。

高井麻巳子さんのほうから声をかけられ、お互いにハグをしたといいます。


また、これを聴いた石橋貴明さんも、佇まいが余裕だと、そのセレブリティぶりを示唆していました。

秋元康さんとおニャン子倶楽部の双方を知る彼の言葉だけに、説得力があります。

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