なかにし礼の現在。嫁・石田ゆりのうつ病&息子・娘・孫まとめ

戦後の日本歌謡界を代表する作詞家であり、直木賞作家でもあるなかにし礼(なかにしれい)さん。

近年は、二度もがんから生還した人物として注目を集めていますね。

すでに仕事には復帰していますが、2020年現在の状況を詳しくみていきたいと思います。

さらに今回は闘病を支えた家族にも注目。

息子や娘、嫁の石田ゆりさん、孫について紹介します。

なかにし礼の現在は?


2015年10月、担当の医師から、今回のがんは完全に克服したと太鼓判を押されたなかにし礼さん。

以降は2ケ月に一度の定期検査を続けてきました。

結果はずっと異常なしで、2020年現在は治療もしておらず、元気だった頃とほぼ変わらない日常生活を送っているそうです。

2016年4月には、植え込み型除細動器(ICD)と心臓ペースメーカーを体内に植え込む手術も受けました。

なかにし礼さんは若い頃から心臓疾患を繰り返しており、心室細動を原因とする心筋梗塞で緊急入院した経験の持ち主。

もともと心臓の能力が健常者の約半分しかなかったそうです。

この手術のおかげで心室細動による突然死の恐怖が消え去り、長年のストレスから解放されたわけですね。

脈拍データは機器を通じて心臓血管研究所に毎日届けられているとのことで、何ものにも代えがたい安心感があることでしょう。

2020年は82歳を迎えるなかにし礼さんですが、創作活動への意欲は全く衰えていないとの発言はうれしいかぎりですね。

2019年3月には、台本を手がけたオペラ『静と義経』が上演されたほか、6月にもエッセイ『わが人生に悔いなし 時代の証言者として』を出版しています。 

なかにし礼の息子・娘・孫は?

なかにし礼さんは二度の結婚生活で一男二女をもうけているようです。

初婚で授かった長女については情報がまったくありません。

しかし、最初の妻との結婚が1963年の秋で、5年後に離婚していることから、長女の2020年現在の年齢は50代とみていいでしょう。

再婚後、1972年4月22日に誕生した息子が音楽ディレクターの中西康夫さんです。

若手ミュージシャンの育成やイベント運営に携わっています。

康夫さんは2000年に女優の有沢比呂子さんと結婚しましたが、有沢比呂子さんは2015年12月11日、心不全のため43歳で急逝。

葬儀は「静かに送りたい」という遺族の意向で、近親者のみの密葬で行われたそうです。

ツイッターからもうかがえるように、康夫さんは仕事とプライバシーをきっちりと線引きするタイプのようですね。

他界した妻との間に子供がいるかどうかはわかりませんでした。

なかにし礼さんが再婚した妻との間にもうけた娘は夏奈子さん。

インタビューから、2015年の時点で33歳であることがわかっていますので、1981年か1982年の生まれでしょう。

夫はローランさんというフランス人の作家とのことで、娘のキアラさんも誕生しています。

なかにし礼さんの孫にあたりますね。

2018年には、7歳になる孫娘と七五三をお祝いしたそうです。

なかにし礼の嫁・石田ゆりはいしだあゆみの妹!

前述した通り、なかにし礼さんには二度の結婚歴があります。

立教大学在学中から手がけていたシャンソンの訳詞から、歌謡曲の作詞に活動の場を広げたきっかけが、最初の嫁との新婚旅行中に出会った石原裕次郎さんでした。

シャンソンの訳詞ではなく日本の歌の詞を書くように勧められたのです。

その後なかにし礼さんは、それぞれの時代を代表するヒット曲の作詞で一世を風靡。

ザ・タイガースの「花の首飾り」、ザ・ピーナッツの「恋のフーガ」、アン・ルイスさんの「グッド・バイ・マイ・ラブ」、細川たかしさんの「北酒場」、北島三郎さんの「まつり」など、グループサウンズから演歌まで、そのレパートリーの広さには驚かされますね。

1971年10月16日に再婚した石田ゆりさんは本名を中西由利子さんといい、いしだあゆみさんの妹です。

なかにし礼さん原作のNHK朝ドラマ『てるてる家族』の主人公・冬子は、石田ゆりさんがモデルとのこと。

石田ゆりさんは宝塚音楽学校を卒業後、「名月ゆり」という芸名が決まっていたにもかかわらず、入団を辞退。

歌手としてデビューしました。


当時、姉のいしだあゆみさんの「ブルーライトヨコハマ」が大ヒットしていた影響があったのかもしれません。

宝塚音楽学校で同期だった小柳ルミ子さんも宝塚には入団せず歌手デビューしていますね。

石田ゆりさんは「悲しみのアリア」などのシングル4枚とアルバム2枚をリリースしましたが、残念ながらヒット曲には恵まれず、全シングルの作詞を担当したなかにし礼さんと19歳で結婚。

その後はドラマ『ムー一族』などに出演しましたが、以降はほとんどメディアには登場していません。

なかにし礼の闘病を支えた家族

二度目のがん治療では手術を選択したなかにし礼さん。

しかし、がんを取り除くことはできませんでした。

がんは気管支に密着しており、無理に取り除こうとすると気管支の壁が損傷する危険性があったからです。

がんが気管支を突き破る穿破が起きると、最悪の場合ほとんど即死、よくても数日しか命がもたなくなり、しかも、穿破は手術した夜に起きる可能性が高いのだそう。

なかにし礼さんは、いつそうなってもおかしくない状態でした。

手術後にこの話を聞いた娘・夏奈子さんは、失神してソファに倒れ込んだそうです。

幸いにもその夜に穿破は起きなかったものの、恐怖はずっとつきまとったことでしょう。

いつ暴発するかわからない銃を突き付けられているようなものですね。

医師からは、一日一日を大切に生きること、週単位で人生を考えることなどのアドバイスを受けていたそうで、一日が終わるたびに、家族と今日の無事を喜び合ってハイタッチをして眠りについたそうです。

なかにし礼の嫁・石田ゆりがうつ病に!

生きようという気持ちを持つ一方で、死の準備もしていたというなかにし礼さん。

来年の桜はたぶん拝めないだろうという状況での闘病生活は、家族の心にも大きなダメージを与えました。

後年、なかにし礼さんは週刊誌のインタビューで、嫁の石田ゆりさんがうつ病を患っていたことを告白。

毎日病院に通い、献身的に看病を続けてきた石田ゆりさんは、いつしか食事が食べられなくなり、夜も眠れなくなっていたようです。

入院していた病院には精神腫瘍科があったため、受診を勧め、処方された薬を試したところ、体調は日に日に回復。

なかにし礼さんは二度目のがん闘病で、嫁への思いや愛に改めて気づいたと話しています。

同時に、子供たちがいかに自分のことを大事に思ってくれているかを身にしみて感じたそうです。


がんとの闘いは、家族に対する新たな気づきをもたらしてくれたようですね。

時代を超えて愛されるヒット曲の歌詞を手がけてきたなかにし礼さん。

もの書きとしては、命のある限り創作活動を続けたいと思っているのではないでしょうか。

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