オフコース時代から数々のヒット曲を送り出し、透明感のあるハイトーンの歌声で多くの人を魅了してきた小田和正(おだかずまさ)さん。
2022年現在も精力的に音楽活動を展開中ですが、過去には入院を経験したこともあるようです。
すでに70代となり、引退を意識することはあるのでしょうか。
アンテナショップのカフェや白金台の事務所、小田和正さんの家についても合わせて紹介します。
小田和正が自動車事故で入院!
ソロ活動も順調だった1998年7月22日、小田和正さんはアーティスト生命を脅かす自動車事故を起こしてしまいます。
その日は関係者との恒例行事であるゴルフコンペの会場へ向かうため、東北自動車道を愛車セルシオで走行していました。
雨のため時速80キロ規制のところを100キロで走行中、スリップしてガードロープに激突。
その衝撃で後部座席に飛ばされ、横たわった形で救出されたそうです。
幸いにも同乗者はおらず、後続車による追突や横転などもなかったため、一命を取りとめました。
この事故で全治4週間の重傷を負い、約2週間入院。
最初の夜は痛みで一睡もできなかったそうで、病室でうめき声を上げていたとの証言もあります。
病床で、「生きていてくれただけでよかった」というファンからの多くの手紙を受け取った小田和正さんは、この事故で価値観が変わったとコメント。
この体験が、「孤高のアーティスト」というそれまでのイメージを大きく変えることになりました。
コンサートでは観客席との距離を縮める花道が登場。
そして会場で流すビデオの導入。
さらに開催地を自身の足で巡り、レポートして、ファンとの交流を深めるようになります。
小田和正が引退を決意する時は?
2022年に75歳を迎える小田和正さん。
あまり想像したくないことですが、自身の中に引退のイメージはあるのでしょうか。
過去に小田和正さんは、「引き際」について語ったことがあります。
それによると、キーを下げないと歌えなくなったら、潔く身を引くのがいいと考えているとのこと。
アーティストは年齢を重ねるにつれてキーを下げて歌うケースも多いですね。
けれども、ファンはオリジナルの楽曲に近いものを聞きたいはず。
その期待を裏切りたくないというのが理由だそうです。
周りからはキーを下げて歌ってもいいのではと言われるそうですが、それをした時は潮時と小田和正さんはとらえているようです。
小田和正のアンテナショップのカフェ&白金台の事務所
小田和正さんのアンテナショップである「Far East Café 」は、表参道駅から歩いて約5分、青山学院大学のすぐそばにあります。
店名の由来は同名のアルバム。
コンサートが首都圏で開催される日にはファンでごった返すことがあり、聖地のひとつになっています。
9月20日の小田和正さんの誕生日には、お祝いの色紙を書くサービスも実施されており、この日に来店するファンも多いのだとか。
もちろんオリジナルグッズや最新情報も提供されています。
1989年に小田和正さんが設立した事務所、ファー・イースト・クラブ は、2002年に現在地の東京都港区白金台へ移転しました。
「極東の日本からも世界に誇れる音楽を作ろう」という思いから命名したそうです。
プライベートスタジオがあり、楽曲はこのスタジオで製作されています。
小田和正の家は?
小田和正さんは都内の家のほかに、神奈川県逗子市の披露山庭園住宅地に豪邸の別宅があるそうです。
この披露山庭園住宅地は日本のビバリーヒルズと呼ばれる高級住宅地。
自然環境に恵まれたこの地には、財界や芸能界の著名人の邸宅がずらりと並んでいます。
近年では楽天会長の三木谷浩史さんも豪邸を建てたようですね。
小田和正さんはユーミンこと松任谷由実さんとお隣同士なのだとか。
観光客も訪れるため、松任谷家の表札が盗まれることもあったそうです。
東京の家の場所については渋谷区表参道との噂がありますが、確証は得られませんでした。
とかく過去のヒット曲が注目されがちな同世代アーティストの中で、新曲で勝負できる貴重な存在の小田和正さん。
これからも新たな名曲を作り続け、多くの人を感動させてほしいですね。
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コメント
セルシオ→ソアラ ですね。あの事故はとてもショックでした。
ユーミンファンですが、年々ファンが老化してると思います。でも、コンサートを楽しむ姿は若い人並です。同年代のファンの健康の源となる為にも、ずーっと走り続けていただきたいです。