上原謙の身長は?家系図が凄い。息子&娘はともに役者。再婚した晩年の活動とは

戦前から戦後にかけて、絶世の美男子として人気を博した俳優の上原謙(うえはらけん)さん。

すらりとした身長と日本人離れした彫りの深い顔立ちはまさに天下の二枚目スターでした。

私生活では38歳年下の奥さんとの再婚が話題を呼びましたが、この再婚劇をめぐる一連の騒動は息子の加山雄三さんも無関係ではなかったようです。

上原謙のプロフィール

本名:池端清亮(いけはた きよあき)

生年月日:1909年11月7日

没年月日:1991年11月23日

出身地:東京都

職業:俳優、オーケストラ指揮者

主な出演作品:妻、夫婦、いちばん太鼓 他多数

上原謙の身長は当時では高かった!

1909年11月7日、当時の東京府東京市牛込区、現在の東京都新宿区で陸軍大佐の息子として誕生した上原謙さん。

本名を池端清亮(いけはたきよあき)さんといいます。

立教大学在学中に友人たちが勝手に松竹蒲田の新人公募に写真を送ったことがきっかけで、卒業と同時に松竹に入社。

その美貌は仲間内でも評判だったのでしょう。


スクリーンデビューは『若旦那・春爛漫』。

映画俳優として順調なスタートをきりますが、1936年に兵役に就き、軍隊生活へ。

所属部隊にファンレターの山が届いたという逸話が残っています。

当時の人気ぶりがうかがえますね。

日本映画史上屈指の美男子であることは間違いありませんが、息子の加山雄三さんとは趣の異なる二枚目。

太陽と海がよく似合う日に焼けたスポーツマンタイプではなく、どこか退廃的な線の細さを感じさせます。

すっと通った鼻筋、涼しい目元、形のよい口元、そして高い身長に長い脚。

帽子、メガネ、トレンチコートなど、すべてが似合ってしまうところはさすがです。

上原謙さんの正確な身長については不明ですが、172cmとも170cm前後とも。

今の感覚からするとさほど高身長ではないように思えますが、この時代の男性としては大きいほうでした。

上原謙の家系図が凄い

上原謙さんの家系図が凄いと話題になっています。

元妻の小桜葉子さん改め本名・岩倉具子(いわくらともこ)さん。

岩倉の名字にピンとくる人も多いと思いますが、まさしくあの岩倉使節団でおなじみの政治家・岩倉具視(いわくらともみ)が先祖にあたります。

日本で初めて国葬が執り行われた方でもあります。

小桜葉子さんの母親は江間光子さん、同じく女優をされていました。

そして、奥様方の家系図が凄いだけではなく、実は上原謙さんの家系も長く続くお家柄だったのです。

時は大きく遡り、平安時代1185年の壇の浦の戦い。

源氏と平氏が戦かい、源氏が勝ったことで有名な一戦ですが、敗れた平家の子孫が上原家にあたります。


上原謙さんの本名は池端清亮さんです。

実はこの池端という姓は鹿児島で800年も続く由緒ある家柄なんですね。

そして、上原さんのお父様は陸軍大佐であった池端清武さん。

名前の中に「清」という字があるのは、武士として初めて太政大臣に任じられた平清盛(たいらのきよもり)の清の字を継いでいるためです。

本来、上原さんが池端家のお家柄を継ぐ予定ではあったのですが、列車の脱線事故に遭遇するなど不幸の事故が重なり、池端本家を継ぐ必要がなくなりました。

多くの方が亡くなった悲しい事故であるとはいえ、もしその時の事後がなかれば、加山雄三さん然り、俳優としての上原さんを我々が目にすることはなかったでしょう。

上原謙の息子は加山雄三

上原謙さんは1936年の除隊後に女優の小桜葉子さんと結婚。

関係者の中には二人の結婚に反対する人もいたようですが、上原謙さんは自らの意思を貫きます。

翌1937年4月11日には長男の加山雄三さんが誕生。

『新道』で共演した佐分利信さんや、関口宏さんの父・佐野周二さんとともに「松竹三羽烏」として人気を呼んだのもこの頃です。

加山雄三さんの本名は池端直亮(いけはたなおあき)さん。

一家が茅ケ崎市に引っ越したのは、幼少時に病弱だった息子のためともいわれています。

加山雄三さんは慶應大学を卒業し、1960年に東宝に入社。

皮肉なことに、上原謙さんは息子の映画界入り以降は父親としてのイメージが前面に出てしまい、二枚目の役柄を得る機会が少なくなっていきました。

上原謙の娘は元女優の仁美凌

上原謙さんは、再婚相手の大林雅美さんとの間に娘さんを授かっています。

その方は、元女優の仁美凌(ひとみりょう)さんです。

母親が異なるため、加山雄三さん兄妹とは異母兄妹にあたります。

そんな仁美凌さんといえば、2012年5月に同じく二世タレントである岩山騎一郎さんと結婚。

しかし同年の10月にブログで離婚を報告し、話題となりました。

「10月15日に離婚いたしました」

ほどなくし復縁をするものの、夫の騎一郎さんとともに2013年覚せい剤取締法違反で逮捕されました。

その後は、歌手として等の活動も続けていた模様です。

2022年現在は既に過去の過ちを償い、芸能界は引退し一般人のとして生活をされているそうです。

上原謙が再婚した奥さんについて

1975年、クラブ歌手兼ホステスの大林雅美さんと再婚して世間を騒がせた上原謙さん。

妻・小桜葉子さんとは5年前に死別していました。

大林雅美さんとの年齢差は、なんと38歳。

加藤茶さんが45歳の年齢差をクリアしてゴールインするまで、年の差婚の最たる例といえばこの夫婦でした。

雅美さんは北海道の網元の三女として生まれ、家業の失敗により母子家庭で育ちました。

母とともに上京し、歌を習い、米軍キャンプ回りを経て、クラブ歌手兼ホステスに。

結婚後にもうけた2人の娘のうち、次女は女優の仁美凌さんです。

加山雄三さんの異母妹にあたりますが、 凌さんが誕生したのは1980年11月3日。


加山雄三さんの子供たちより年下です。

大林雅美さんとの再婚は、加山雄三さんをはじめとする加山家の反対を押し切ってのことでした。

父の後妻と義理の息子の間柄になった大林雅美さんと加山雄三さんの確執はワイドショーをにぎわせ、「男は何歳まで子供をつくれるのか」という特集まで組まれるほどに。

しかし、やがて上原謙さんと大林雅美さんはけんかが絶えなくなっていったようです。

その後、1991年6月には離婚をしています。

上原謙、晩年の活動

1960年以降、息子・加山雄三さんが同じく映画界でデビューをされ、二枚目俳優としてではなく父親としてのイメージが強くなった上原謙さん。

変わらず映画やドラマへの出演をされながらも大きなチャレンジも行いました。

1965年には、息子の雄三さん、そして義弟である岩倉具憲さん(小桜葉子さんの弟)と共に、茅ケ崎にパシフィックホテル茅ケ崎、通称・パシフィックホテルを建設。

ボーリング場やプールなどの大規模な娯楽施設も併設した、当時としてはかなり大きなかつ最先端のリゾート施設として人気を博しました。

桑田佳祐さんの「HOTEL PACIFIC」は、まさしくこのホテルを指します。

しかし、残念ながら1970年に会社が倒産し、1999年以降はリゾートマンションが建設されています。

そして1975年には再婚をし、その頃からバラエティー番組にもたびたび顔を出すようになりました。

往年のビッグスターとはいえ、もとよりお笑いや楽しいことがお好きな性格だったのかもしれません。

1980年代には、松竹時代から共演をしている高峰三枝子さんと、国鉄のCMに出演し大きな話題を呼びました。

往年の大スターが演じる、フルムーン旅行を楽しむ老夫婦が温泉につかるシーンはとてもセンセーショナルでした。

1991年11月23日、一人でお風呂へ入られているところ、急性心不全で亡くなられてしまいました。

82歳でした。

会見で加山雄三さんは涙をこらえながら、静かな老後を送ってほしかったと語っています。


女性関係では話題に事欠かない上原謙さんですが、昭和の美男スターとして広く知られる上原謙さん。

しかし本人は、たんなる二枚目俳優として扱われることが不本意でもあったようです。

自ら望んだ再婚とはいえ、晩年は心労も多かったことでしょう。

往年の大スターにしては少し寂しい最期でした。

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