高木守道が自宅から指揮?監督成績と今。井端に激怒&権藤とは不仲?「普通です」が誉め言葉

たびたび日本プロ野球の歴史の中で最高の二塁手と称される高木守道(たかぎ もりみち)さん。
中日ドラゴンズに守備の名手が多いのは高木守道さんの影響が大きいのかも。

高木守道が自宅から指揮?

通常、プロ野球の監督はベンチから指揮をしますよね。
ですが高木守道さんはベンチではなく自宅から指揮をした事があるんです。


それは2012年6月7日に行われた2軍戦でのこと。
関東遠征から名古屋に戻った高木守道さん。

同日は1軍の野手陣は休暇日でしたが数名の選手が2軍戦に出場していました。
高木守道さんは2軍戦に出場している1軍選手の様子が気になり自宅のCS放送で見ていたそうです。

そしてベンチ外にいるチーム関係者の携帯電話に電話をして二塁と遊撃手を入れ替えるよう指示。
その連絡を受けた2軍監督は次の回から二遊間の守備を入れ替えています。

休日も選手の状態をチェックするなんてなかなか出来る事ではありません。
ただ高木守道さんが2軍の監督やコーチを信頼していれば逐一チェックをする必要はなかったのではないでしょうか。

もしかすると当時の中日ドラゴンズは1軍と2軍で意思の疎通が出来ていなかったのかも。
いくら良い選手が集まったとしてもチームとして上手く機能していなければ優勝なんて出来ません。

高木守道さんが監督時代に優勝できなかったのは意思の疎通に問題があったのかもしれません。

高木守道の監督成績は?

西沢道夫さん、立浪和義さんと共に「ミスタードラゴンズ」と呼ばれる高木守道さん。
現役時代は走攻守の三拍子が揃った二塁手として知られ盗塁王やゴールデングラブ賞、ベストナインを複数回受賞。

リードオフマンながら24本の本塁打を記録した年もあるなど長打力も備えていた高木守道さん。
歴代のプロ野球選手からベストナインを選ぶ企画では二塁手に高木守道さんが選出される事も少なくありません。

中日ドラゴンズのレジェンドと呼べる高木守道さん。
ですので中日ドラゴンズの監督に就任するのも当然と言えるでしょう。

これまで2度に渡って中日ドラゴンズで指揮を執った高木守道さん。
通算7年間の勝率は約5割でAクラスが3回にBクラスが4回。

1994年には今や伝説の最終戦同率首位決戦に臨むも敗戦。
2012年はクライマックスシリーズのファイナルステージに進出しますが敗退と一度も優勝することは出来ませんでした。

昔から良く「名選手、必ずしも名監督にあらず」と言われていますよね。
残念ながら高木守道さんはこの言葉の通りとなってしまっているようです。

高木守道は今どうしてる?

1941年生まれで2020年現在、80歳近い年齢となった高木守道さん。
2013年に監督を退任してからは解説者としての活動も散発的。

プロ野球の試合は長丁場になることが少なくないので体力的に厳しくなってきたのかもしれません。

高木守道さんは長年に渡って肉体的にも精神的にも負担が大きい世界で活躍してきました。
そのため今はゆっくりした生活を送りたいと思っているのでしょう。


ただ最近のプロ野球界は以前と比べて大人しい印象が強くなっています。
そのためたまには高木守道さんのような個性的な人が恋しくなってしまいますよね。

高木守道が井端に激怒?

高木守道さんを始め守備の名手と呼ばれる選手が多い中日ドラゴンズ。
2000年代に活躍した井端弘和さんと荒木雅博さんも間違いなく守備の名手と呼べる選手でした。

「アライバコンビ」と呼ばれた井端弘和さんと荒木雅博さん。
二遊間を守り1番打者、2番打者を務めるなど二人は好守において中日ドラゴンズの生命線と言える存在でした。

首脳陣からの評価も高く面倒見の良さから選手からも慕われていた井端弘和さん。
まさに中日ドラゴンズの顔と呼べる選手でしたが、高木守道さんと激しい口論をした事があったんです。

それは高木守道さんが監督を務めていた2013年のこと。
センター前ヒットを打たれた際に遊撃手の井端弘和さんが中継に入らなかったことが不服だった高木守道さん。

ベンチに戻った井端弘和さんに詰め寄るも不満そうにベンチ裏に消えた姿を見て激怒。
その後、高木守道さんが井端弘和さんを追いかける姿がテレビ中継に映ってしまったんです。

ただ、このケースだと一般的に中継に入るのは遊撃手ではなく一塁手。
そのため井端弘和さんにしてみれば中継に入らなかった一塁手のとばっちりを受けたことになります。

ですが井端弘和さんは「自分が中継に入るべきだった」と試合後にコメント。
きっと内心では納得いかないところがあったはず。
それでも自分と監督が揉めるのはチームにとって決して良い事ではないと大人の対応をしたのでしょう。

高木守道さんが監督として結果を残すことが出来なかったのはこういった所に原因があったのかもしれませんね。

高木守道と権藤のバトルが名物に?

横浜ベイスターズを38年ぶりに日本一に導くなど指導者としての手腕が高く評価される権藤博さん。
監督のみならずコーチとしても類まれな才能を発揮し、いくつものチームでコーチを務めてきました。

2012年に高木守道さんが中日ドラゴンズの監督に復帰した際に権藤博さんは投手コーチに就任。
権藤博さんが12年ぶりに現場に復帰した事、監督と投手コーチが共に70代という事が当時は大きな話題となりました。

監督としてもコーチとしても超一流の権藤博さん。
確固たる持論があるようで譲れない部分があると相手が誰であろうと異論を唱えるそうです。

そのためコーチ時代には監督と衝突する事が少なくありませんでした。
それは高木守道さんが相手でも例外ではありません。
球界最高齢の監督と投手コーチによるバトルは中日ドラゴンズの名物として度々話題になりました。

ところが度重なる衝突によるためか権藤博さんは1年で投手コーチを解任。

高木守道さん曰く、権藤博さんと性格的には合わないことは分かっていた。
OBをコーチに起用したいという球団の意向が強かったために割り切って投手コーチをお願いしたそうです。

それにも関わらず僅か1年での解任。
頭では割り切ったつもりでも心のどこかには割り切れていない部分があったのかもしれません。

権藤博さんを解任した翌年、2013年の中日ドラゴンズは首位と22ゲーム差の4位に終わっています。
2012年が10.5ゲーム差の2位だったことを考えると解任は失敗だったと言えるでしょう。

高木守道の「普通です」は賞賛の言葉?

現場から離れている時はプロ野球解説者として活動していた高木守道さん。
現役の頃は無口で知られましたがそれは解説者になっても変わらず。

そのため高木守道さんは「一番しゃべらない解説者」と言われていました。
しかも解説の基準が現役時代の自分だったため、素人目にはファインプレーに見えるプレーでも高木守道さんは「普通です」とコメント。


史上最高の二塁手との呼び声高い高木守道さんと比べるとどんな選手も平凡に見えてしまうのは仕方ありません。
ただ高木守道さんの基準で「普通」という事は高木守道さんと同程度のプレーが出来ているということ。
つまり褒め言葉ということになりますよね。

きっと高木守道さんに「ファインプレー」と言ってもらえるように頑張っている選手も少なくないはず。
特に高木守道さんと同じ二塁手にとってはこれ以上ない名誉と言えるかもしれません。

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