人間国宝でありながら、茶目っ気あふれるキャラクターで人々を魅了する尾上菊五郎(7代目/おのえきくごろう)さん。
江戸の粋や匂いたつような色気を持つ歌舞伎の大看板役者です。
今回はそんな尾上菊五郎(7代目)さんの家族にフォーカスしてお届けします。
妻や息子の菊之助さん、娘の寺島しのぶさんをはじめ、孫やその他の家族を紹介します。
尾上菊五郎(7代目)のプロフィール
本名: 寺嶋秀幸(てらじま ひでゆき)
生年月日: 1942年10月2日
身長: 167cm
血液型: AB型
出身地: 東京府
屋号: 音羽屋
尾上菊五郎(7代目)の妻は名女優・富司純子
尾上菊五郎さんは、1966年の『源義経』で主演を務めました。
同作で静御前役を演じたのが、のちに妻となった富司純子さんです。
旧芸名を「藤純子」といいます。
富司純子さんは、2014年の『キネマ旬報』による「オールタイム・ベスト10」の女優部門で3位にランクインした大女優。
120年の歴史における3位です。
寺島しのぶさんは、女優をやめたくなるからお母さんの映画は見ないようにと太地喜和子さんに忠告されたこともあったそう。
60年代から70年代にかけては、緋牡丹お竜に扮した「緋牡丹博徒」シリーズで一世を風靡しました。
1969年の2月11日は、映画『 #緋牡丹博徒 花札勝負 』の公開された日です!
従来の仁侠映画に変化をもたせようと企画された #緋牡丹博徒 シリーズは、女性が主人公でした。
京都木屋町の『 #花柳 』という旅館で、企画や脚本が考えられていたそうですよ! pic.twitter.com/YBNppybDh3— 東映映画公式 (@Toei_films) 2018年2月11日
人気が絶頂にあった1972年に結婚して引退。
2年後にワイドショーの司会者として復帰し、1983年には女優業にも復帰。
高倉健さんと共演した『あ・うん』以降の芸名は「富司純子」です。
結婚も子育てもすべてプラスになっていると語る富司純子さん。
改名後は年齢を重ねた女性の強さや可愛いさも魅力になっていますね。
大反対されながらも結婚を選んだ妻
富司さんが結婚の決意を固めた頃は、周りから厳しい意見が多く出たそうです。
結婚を決めた時は、周りから「歌舞伎役者の奥さんは大変だからやめたほうがいい」などと言われましたけれども、私自身は「まあ、何とかなるわ」くらいの気持ちでした。
確かに、歌舞伎役者の妻となると、一般人と結婚するのとはわけが違います。
かなり苦労するイメージもあるので、周りが考え直すように言う気持ちもわかりますね。
一時的な強い恋愛感情があったとしても、実際に結婚すると想像以上に大変で、心が折れるかもしれません。
そんな心配で特に悩んでいたのは、富司さんの父親だったようです。
富司さんは楽観的に考えていたものの、娘の気持ちを知った父親は猛烈に反対したのだとか。
これには、前述の「緋牡丹博徒」シリーズが大人気だったことも影響しました。
富司さんの父親は、東映で活躍したプロデューサーの俊藤浩滋さん。
シリーズの主演である富司さんが結婚を機に引退宣言することを、かなり気にしていたようです。
それに加えて、「本当に歌舞伎役者の妻ができるのか」という心配も大きく、どうしても納得できなかったのでしょう。
それでも、富司さんは結婚を実現させました。
妻の強い気持ちを知り、菊五郎さんはとても嬉しかったのではないでしょうか。
過去には不倫疑惑もあったが離婚せず
反対の声が多かったにもかかわらず、最終的には結婚した菊五郎さん夫妻。
奥さんのことをとても大切にしているのかと思いきや、残念ながら不倫の噂も存在します。
娘の寺島さんがテレビに出た際、父親の愛人の噂について「いたと思います」と発言しました。
そのときの母親の様子も語っており、どうやら本当にいたと信じているようですね。
司会の東野幸治から「お母さん(女優の富司純子)が悲しんだり悩んだりするを見たことは?」と聞かれると、「けっこう何回か見たことがある」と答えた。
はっきりと不倫が報道されたわけではないため、寺島さんの勘が当たっているかどうかは不明です。
本当に不倫をしていたかもしれませんが、寺島さんが見た悲しそうな母の姿は、何か別の理由だった可能性もあります。
ですが、2023年現在、2人が離婚したというニュースはありません。
かつては過ちを犯したとしても、結局は妻への愛が消えなかったのかもしれませんね。
尾上菊五郎(7代目)の息子は菊之助、娘は寺島しのぶ。孫は?
富司純子さんとの間には1男1女をもうけました。
息子の菊之助さんは歌舞伎界の一翼を担う若手として期待が寄せられていますね。
歌舞伎にとどまらず、テレビドラマや映画でも活躍中なので認知度は高いでしょう。
2006年版『犬神家の一族』では富司純子さんと親子役で共演。
2013年には中村吉右衛門さんの四女・瓔子(ようこ)さんと結婚。
和史くん、知世ちゃん、新ちゃんが誕生しています。
和史くんは尾上菊五郎(7代目)さんにとって跡取りとなる初めての内孫。
元号が令和に変わった2019年5月3日、「尾上丑之助」として初舞台を踏みました。
菊之助のお宝長男デビュー、人間国宝祖父2人見守る https://t.co/pAqYF6zpZy#尾上菊之助 #歌舞伎 #勢獅子音羽花籠 #尾上菊五郎 #富司純子
— 日刊スポーツ (@nikkansports) 2016年5月2日
娘の寺島しのぶさんもおなじみですね。
過去には、もし男性に生まれていたら歌舞伎役者になりたかったと告白したことも。
2007年にフランス人のローラン・グナシアさんと結婚し、本名が「寺島グナシア忍」になりました。
2012年に誕生した長男の真秀(まほろ)くんは、2017年の「団菊祭五月大歌舞伎」で初お目見え。
歌舞伎が大好きで、舞台に立ちたいと自らおじいちゃんにお願いしたそうです。
2023年5月には「初代 尾上眞秀」を名乗り、正式な初舞台も経験しました。
今後の活躍が楽しみですね。
尾上菊五郎(7代目)の家族に稀代の名優・尾上菊五郎(6代目)!
尾上菊五郎(7代目)さんは3代にわたる人間国宝。
父の尾上梅幸さんは昭和を代表する女方の一人で、6代目菊五郎さんの養子でした。
芸者を母として生まれましたが、実父は6代目との説もあります。
79歳で死去するまで、篤実な人柄は多くの人に慕われたそうです。
後年菊五郎(7代目)さんは、父は誰一人敵をつくらないことで私を「菊五郎」にしたと告白。
この言葉からは、その名跡の重さが伝わってきます。
母は珠子さん。
そして家族の中で触れないわけにはいかないのが祖父である6代目です。
6代目尾上菊五郎さんは大正・昭和期を中心に活躍し、演劇の神様と呼ばれた名優。
歌舞伎界で「6代目」と言った場合はこの人をさします。
六代目尾上菊五郎
母からよく聞かされていた。羽の禿からの浮かれ坊主
観たいなぁ~。
これは昭和15年歌舞伎座にて。#生きてたら絶対に生で見たいアーティストを一人あげる pic.twitter.com/g1jJP4ZDMW— 松ちゃん (@m54YrX1DzJsGj2) January 24, 2023
当たり役はきわめて広範囲。
とりわけ『鏡獅子』は6代目によって屈指の人気を誇る舞台になり、その代名詞になりました。
近年は中村勘三郎さん、市川團十郎さんという大スターを失った歌舞伎界。
よりいっそうの重責を担う立場になった尾上菊五郎(7代目)さんですが、健康に留意して活躍を続けてほしいと思います。
尾上菊五郎(7代目)の経歴まとめ
数多くの当たり役を持ち、立役と女方の両方をこなす役者として不動の地位を築いた尾上菊五郎(7代目)さん。
80年代半ば以降は立役が中心となり、人間国宝も立役として認定されました。
屋号は音羽屋。
1942年10月2日、東京都生まれ、本名は寺島秀幸さんといいます。
5歳で「尾上丑之助」、続いて「尾上菊之助」「尾上菊五郎(7代目)」と襲名を重ねました。
さっそうとした明るい芸風に、江戸っ子の粋を感じる人は多いでしょう。
父が登場すると照明がパッと明るくなったように見えるという娘の寺島しのぶさんの言葉はうまい表現ですね。
中村芝翫さんの襲名興行でも観客をわかせました。
不倫交際が報じられた中村芝翫さんに対し、もうキョロキョロしているわけにはいきませんと茶目っ気たっぷりの口上を披露。
あとでお叱りを受けたそうです。
尾上菊五郎、中村芝翫の襲名興行で“ユーモア口上”「怒られました…」 https://t.co/9JZskjof8r#歌舞伎 #kabuki #尾上菊五郎 #中村吉右衛門 #仮名手本忠臣蔵
— サンスポコム (@SANSPOCOM) 2016年10月13日
端整な容姿から、『桃太郎侍』『大忠臣蔵』『獅子の時代』といったテレビドラマでも活躍しました。
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