家田荘子の娘と結婚について。高野山の寺へ出家?四国お遍路のすすめ

ヤクザの妻やエイズ患者など一般的に実像が知られていない人々に着目し、現場の生の声をもとに作品を発表してきた家田荘子(いえだしょうこ)さん。

ここではまず家田荘子さんの娘や結婚についてまとめます。

あわせて高野山の僧侶になった理由や、お寺に入らない出家とはどんなものかを解説します。

執筆活動のかたわら、四国お遍路にも熱心に取り組んでいるようですね。

家田荘子の娘はハーフ!


シリーズ化された大ヒット映画『極道の妻たち』の原作者として有名な家田荘子さん。

原作本は文庫本を合わせると4年間で40万部のベストセラーに。

愛知県出身で日大芸術学部を卒業し、のちに高野山大学大学院文学研究科の修士課程を修了しています。

誕生日は7月22日ですが、生年は非公開。

年齢差別と闘う姿勢が表れていますね。

高校在学中から22歳までは女優として活動。

田中美佐子さんの映画デビュー作『ダイアモンドは傷つかない』に本名の「家田京子」名義で出演しています。

女優を志したのは暗い性格を変えたかったから。

しかし五社英雄監督に見込みなしと言われて断念。

作家になるまで10種以上の仕事を経験したそうです。

いい作品を発表したり、本の売れ行きが好調だったりした時に必ずバッシングを受けたと語る家田荘子さん。

『極道の妻たち』発表後に心身ともに追い詰められ、逃げるようにハワイへ。

現地で出会った米軍の医療関係者と2度目の結婚をしました。

お相手は黒人男性。

二人の間にはジュリアーナさんという娘が誕生しています。

生まれた時は1740グラム、缶詰のミルク40ccを2時間かけて飲んでいたので、彼女の父親が「チビ」と、ニックネームをつけました。

離婚後も彼女はずっとアメリカで育ち、今は結婚もしています。

保育園で働きたいと言ってたのに、いつのまにかモデルをやっていました。

とても繊細な子だったのに、少し逞しくなったようです。

しかしジュリアーナさんが5歳を目前に夫妻は離婚。

親権は父親に渡り、家田荘子さんは帰国しました。

ジュリアーナさんは子供の頃からよく一人で日本を訪れて再会していたようですが、成長してからは諸事情で足が遠のきがちに。

家田荘子さんも耳の病気で飛行機に乗れなくなったため、すでに何年も会っていないとのこと。

けれども会話は電話で頻繁にしているそうで、母娘の仲のよさはブログからも見てとれます。

ジュリアーナさんは2013年 5月の時点で24歳ですから、生年は1988年か1989年でしょう。

2020現在すでに結婚しており、サユリちゃんという長女がいるそうです。

家田荘子の結婚は4度目!

2003年7月、1歳年上の会社経営者との入籍が報じられた家田荘子さん。

出会いは山行でした。

これが4度目の結婚で、お相手の男性は2度目。

同居生活を送っていますが、生活サイクルが違うため顔を合わせるのは週2回ほどなのだとか。

添い遂げたいと思った相手は初めてと話していますから、信頼関係で結ばれた相手なのでしょう。

ここで気になるのが過去の3度の結婚です。

最初の結婚は20代後半、デビュー作『俺の肌に群がった女たち』の取材で出会った黒人男性でした。

黒人男性というのもそれなりにインパクトがありますが、むしろデビュー作のタイトルのほうがインパクト大で家田荘子さんらしいですね。

この方はこうでなくてはいけません。

夫の話に戻ると、この最初の結婚は3年あまりで破局。

2度目の夫がジュリアーナさんの父親で、この男性は離婚後の2016年に他界。

3度目はロス疑惑の取材で訪れた東京拘置所で知り合った日本人男性でした。

いろいろな情報を総合したところ、過去の夫たちとは結婚観にズレがあったらしく、妻に経済的に依存する夫が多かったようです。

今の伴侶は夫が妻を養うのが当たり前という考え方とのことですから、幸せな結婚生活が長く続くように祈ります。

家田荘子が在家出家して高野山で僧侶に!寺では法話も!

家田荘子さんのもうひとつの顔は高野山真言宗の僧侶。

いろいろと振れ幅の大きい方です。

和歌山県にある高野山は9世紀に空海(弘法大師)が修禅の道場として創建した日本仏教の聖地。

仏教に帰依したのは理由がありました。

エイズの取材で知り合い、その後亡くなった人たちの魂が霊感の強い家田さんに救いを求めてきたそうです。

彼らを受け入れているうちに体調は悪化。

そんな時、霊が頼ってくる人は行をしたほうがいいと勧められて水行をはじめたところ、体調は改善。

空海のことをもっと知りたいと思った家田さんは高野山大学の大学院で学び、2007年に伝法灌頂(でんぽうかんじょう)を受けて僧侶になりました。

これに先立つ1999年に在家出家しています。

在家出家とは出家せずに自らの家庭で生活を送りながら仏教に帰依する人のこと。

家田さんはお寺に入らずに僧侶としての修行や活動をしており、高野山の奥の院や金剛峯寺に出仕して法話も行っています。

今日から高野山で駐在布教をしています。

今日は、真言宗のヘッドクウォーター、総本山金剛峯寺で法話をしています。

凄い多くの方が、いらっしゃっています。

明日は奥の院、明後日は総本山金剛峯寺で法話をしています。

四国お遍路はつなぎ歩きでもOK!

1200年前、空海が開いた88箇所の霊場。

空海の死後、門弟たちがその遍路を辿ったことが四国お遍路のはじまりです。

大学院ではお遍路を研究していた家田荘子さん。

仕事をもつ人でも可能な四国お遍路のしかたを見つけたかったからです。

四国の1周はおよそ1400㎞あり、まともに歩くと数十日の行程。

そこで家田荘子さんは「つなぎ歩き遍路」を提案。

就業者でも連休を利用した2~3日ずつの行程なら四国お遍路ができるわけです。

たとえ時間はかかっても第一歩を踏み出さなければ88番札所までたどり着けません。

四国お遍路が21世紀の今も変わらぬ姿で残っているのは、心身の修行になるのはもちろん、先人たちが歩くことによって道が残されてきたからでしょう。

1923年9月1日、関東大震災で亡くなった吉原遊女たちの供養に行きました。

毎月1回供養をさせていただいて、今月の供養で丸20年。

240回の供養を今日終えました。


これまで多くの弱者を取材してきた経験から、誰もが気軽に立ち寄れる駆け込み寺をつくりたいと言う家田荘子さん。

苦しみを抱えながら日々を送る人々を受けとめていくことが新たなライフワークになるかもしれませんね。

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