藤竜也と妻(芦川いづみ)との結婚は格差婚だった。馴れ初めと家族について

渋い二枚目から認知症のおじいちゃんまで、長いキャリアでさまざまな表情を見せてきた藤竜也(ふじたつや)さん。

ダンディーな男優No.1としてドラマやCMにも引っ張りだこでした。

男性的な魅力あふれる藤竜也さんだけに、妻の芦川いづみさんに関心を寄せる人も多いようです。

ここでは二人の結婚エピソードや馴れ初めのほか、家族についてみていきます。

藤竜也の妻・芦川いづみは元日活のトップ女優!

俳優生活59年目となる藤竜也さん。

1941年8月27日生まれですから、2021年は80歳を迎えます。

北京生まれの横浜育ちで、本名は伊藤龍也さん。


日大芸術学部を中退して日活に入社するも、しばらくは最低保証賃金の大部屋時代が続きました。

ダンディズムのシンボルとして名をはせた藤竜也さんも、妻となる芦川いづみさんと出会った頃は駆け出しの一人。

かたや、恋した相手は日活を支える看板女優でした。

のちに二人は結婚しますが、それは今でいう格差婚。

芦川いづみさんは1935年10月6日東京都北区生まれなので、6歳年上になります。

本名は伊藤幸子さん。

松竹音楽舞踊学校に入学した翌年、ファッションショーで川島雄三監督に見いだされて銀幕デビュー。

日活に移籍した川島監督の勧めで自身も日活に入社。

1956年に『乳母車』で石原裕次郎さんと初共演したのを皮切りに、清純派スターとして、北原三枝さんとともに裕次郎さんの相手役を務めました。

後輩の吉永小百合さんに「マリア様のような女性」と慕われるほど魅力的な女性だったようです。

同じ映画会社の俳優同士の結婚は、大スターでさえ簡単にいかなかった時代でした。

不釣り合いな結婚を日活が許すはずもなく、藤竜也さんと芦川いづみさんは悩むことに。

ところが、ここで救世主が現れます。

藤竜也の結婚を裕次郎が後押し!馴れ初めは?

藤竜也さんを「タツ」と呼び、とてもかわいがっていたという石原裕次郎さん。

ある日裕次郎さんから、つきあってる子はいるのかと直球の質問が。

嘘をつくのが嫌で正直に交際相手を明かすと、裕次郎さんは喜んでくれ、「よし、俺にまかせとけ。心配するな」とひと言。

裕次郎さん自身も北原三枝さんとの結婚にあたって会社に猛反対された過去があったことから、他人ごととは思えず、何とか力になってあげたいと思ったのでしょう。

1週間後、裕次郎さんに呼ばれて自宅を訪れると、そこには日活の重役がずらり。

裕次郎さんは「タツと芦川さんが結婚することになったから、よろしく」と宣言。

重役たちの視線が突き刺さったそうですが、異を唱える者は一人もいなかったそうです。

芦川いづみさんの人気が絶頂にあった1968年に二人は結婚。

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あまり貯金のない藤竜也さんにタキシードを贈ってくれたのも裕次郎さんでした。

馴れ初めについては、言葉では説明できないし、好きになってしまったのだからしかたないと藤竜也さん。

これが男と女の不思議なところなのでしょう。

2015年に発表したエッセイ『現在進行形の男』の中でも、妻への愛は歳月がたつにつれてかけがえのないプレシャスなものになっていると綴っています。

芦川いづみさんは結婚により引退。

女優業を続けていれば、さらに大輪の花を咲かせたかもしれません。

ファンにしてみれば、「女優・芦川いづみ」を奪った張本人が藤竜也さんということになりますね。

藤竜也の家族まとめ

出生地の北京は父親の赴任地でした。

横浜のインク会社・諸星インキの社員だった父と母はお見合い結婚だったようです。

一家が横浜に戻ったのは戦時中。

小学校に入学してしばらくたった頃、父が電車にはねられて他界ししたため、母方の祖父を頼って葉山で暮らしていた時期があるそうです。

芦川いづみさんとの間には息子が誕生したことがわかっています。

27歳で結婚していますから、仮に30歳前後で父親になったとすると息子は50歳ぐらいでしょうか。

藤竜也さんは子供についてはあまり語らないようですが、過去のインタビュー記事によると息子は芸能界ではない世界で働いているとのこと。

息子とはフランクないい関係を築いているそうです。

過去はすべて切り捨てるタイプだけれど、女房への愛だけは切り捨てられないと笑う藤竜也さん。


ダンディーという言葉がぴったりハマる俳優はそうそういるものではありません。

味のある渋い役者として、今後も男女を問わず魅了し続けてほしいですね。

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