小山明子の現在。息子は学者と監督。岩下志麻との共通点。がん、自宅について

映画女優を経て、時代劇やサスペンスドラマにも出演してきた小山明子(こやま あきこ)さん。

2013年、夫だった大島渚監督に先立たれて以来、どのように過ごしているのでしょう。

今回は小山さんの現在、息子が経営学者と映画監督という情報、岩下志麻さんとの共通点に迫ります。

併せて、がんの病状、自宅の情報を確認しましょう。

小山明子のプロフィール


本名:大島明子

生年月日:1935年1月27日

身長:160cm

出身地:神奈川県横浜市鶴見区

最終学歴:神奈川県立鶴見高等学校

小山明子の現在

小山さんは2021年1月27日で86歳になりました。

かつてファッションショーへの出演をきっかけにスカウトされ、松竹専属の女優となった小山さん。

1960年、松竹の助監督だった大島監督と結婚。

以降はテレビドラマ『道頓堀』(1968年)や『あかんたれ』(1978年)などで活躍しました。

しかし1996年、夫が脳出血で倒れ、介護のために女優業から遠ざかります。

介護疲れと介護に伴うトラブルによって、うつ病を発症してしまったそうです。

しかし完全に引退することはなく、2013年には映画『インターミッション』で四半世紀ぶりの映画出演を実現させました。

2021年には、日本アカデミー賞会長功労賞を授与されています。

夫を2013年に看取った後は、毎朝、彼の位牌に手を合わせているそうです。

毎日の出来事を夫に報告することで、1人になった寂しさが薄れるのかもしれません。

夫の介護は大変だったはずですが、気丈に日々の任務をこなし、立派に看取ったようです。

小山さんは夫に先立たれた悲しさよりも、今はようやく手に入れた自由な時間を、存分に味わっているのかもしれませんね。

息子は経営学者と映画監督

小山さんと大島監督には、2人の息子がいます。

長男は1963年生まれの大島武さん、次男は1969年生まれの大島新(あらた)さんです。

武さんは経営学者として数々の著書を執筆し、ビジネス論やプレゼン方法を教える大学教授としても活躍しています。

一橋大学在学中は小学校教諭を目指していたものの、父の反対により、NTTへ入社。

しかし教員の道を諦めきれませんでした。

ロンドン大学へ留学し経営学修士号「MBA」を取得後、東京工芸大学女子短大部の講師となります。

その後は同校の助教授を経て、東京工芸大学芸術学部で教授となりました。

コミュニケーションやプレゼンのノウハウを、わかりやすく教える手腕に定評がある学者です。

弟の新さんは、父と同じく映画監督の道に進みました。

早稲田大学卒業後、フジテレビに入社し、ドキュメンタリー番組『ザ・ノンフィクション』のディレクターを担当。

1999年に独立後は、MBS『情熱大陸』の演出を経て、ドキュメンタリー映画を作り始めます。

映画『シアトリカル 唐十郎と劇団唐組の記録』(2017年)は、日本映画批評家大賞ドキュメンタリー作品賞を受賞しました。

2020年、政治家の小川淳也さんを映し出したドキュメンタリー映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』を発表。

キネマ旬報ベスト・テンの文化映画部門で、見事ベスト・ワンに輝いています。

父の大島渚監督もドキュメンタリーに定評があったため、確実に才能を受け継いだといえますね。

武さんと新さんは2014年、共著『君たちはなぜ、怒らないのか:父・大島渚と50の言葉』を出版。

巨匠である父について、甘えん坊な面をはじめ、知られざる素顔を明かしました。

小山さんと大島監督の息子たちは、それぞれの分野で立派に業績を挙げてきたことがわかりましたね。

小山明子と岩下志麻の共通点

小山さんと岩下志麻さんは、いずれも昭和を代表する女優ですが、もう1つの共通点があります。

2人はいずれも有名な映画監督の妻でした。

岩下さんの夫は、篠田正浩監督です。

『はなれ瞽女おりん』(1977年)や『写楽』(1995年)が代表作。

従姉には美術家で著述家の篠田桃紅さんがいます。

2015年には、彼女の著作『一〇三歳になってわかったこと』がベストセラーになりました。

篠田家には有名人が多数いることがわかりましたね。


小山さんと岩下さんは、夫が映画監督という共通点があるため、仲良しだそうです。

2020年には2人で「徹子の部屋」に出演しており、親しい関係であることがうかがえます。

映画に情熱をかける夫がいる者同士、同じ苦労を分かち合うことが多かったのでしょう。

2人は顔を合わせる度に、楽しくお喋りして、日頃のうっぷんを晴らしてきたのかもしれませんね。

小山明子のがん

夫の介護や看病を乗り越えてきた小山さんですが、自身も病魔に侵されていた時期があります。

夫の死から4年後の2017年、胸にしこりが見つかり、乳がんだと発覚しました。

早期発見のため、手術で回復したようです。

自身は「今更、おっぱいがなくなっても構わない」と手術を決断したとのこと。

夫の介護中、周囲の目を気にせず、しがらみから解放されて自由に生きることを心掛けていた小山さん。

介護で達観する力を養った結果、手術も即決できるほど、さばさばした性格になれたのでしょう。

藤沢市の自宅

小山さんは神奈川県藤沢市の自宅で、夫の生前から長年暮らしています。

設計したのは、日本映画界の重鎮だった美術監督の戸田重昌(じゅうしょう)さんでした。

大島監督の名作『戦場のメリークリスマス』(1983年)の美術監督として知られています。

自宅は雨戸が22枚あり、屋根は銅板で作られた、寺院のような外観だそうです。

日本映画界の大物が設計したというだけあり、重厚な建築物のようですね。


1人で暮らすには豪華すぎるかもしれませんが、夫とゆかりのある美術家が設計した自宅で、悠々自適に暮らしているのでしょう。

小山さんは介護や病気の体験を経て、ようやく快適な暮らしを手に入れたといえますね。

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