川藤幸三の娘(子供)の高校や大学は?結婚と家族について。ラーメン屋をプロデュース!

元阪神タイガースの川藤 幸三(かわとう こうぞう)さんは記録より記憶に残る選手として有名です。

結婚してしばらく経ってから双子の娘さんを授かって話題になっていました。

今回は川藤幸三さんの娘さんの大学やラーメン屋などについて見て行きます!

川藤幸三の娘(子供)の高校や大学はどこ?


川藤幸三さんには結婚19年目(45歳の時)に待望の子供を授かっていました。

ただのオメデタではなく双子の娘さんを授かっており、名前は”のどかにほのかに育って欲しい”との思いを込めて「のどかさんほのかさん」でした。

双子の娘さんが通っていた高校はスポーツの名門・大阪桐蔭高校で、同級生には阪神への入団が決まっていた藤浪晋太郎選手が居たそうです。

2013年1月26日の卒業式ではふたりが卒業生を代表して答辞を読んだそうで、その中では学校生活だけでなく両親に対する感謝も込められていました。

川藤幸三さんは忙しい日々を送っていましたが、それでも毎日子供への電話を欠かさないなど娘の様子を心配をする親の姿が紹介されていました。

卒業後に進んだ大学について調べると、ほのかさんの大学だけ判明しました!

ほのかさんは京都にある同志社大学の文化情報学部に進学し、サッカー同好会に入ってマネージャーとして活動をしていたようです。

貴重な娘さんの動画ですが、4年も前なので今と姿は違うかも知れませんね(※名字が川藤ではない点については次の項目で取り上げています)

その後、大学を卒業したふたりは東京で就職したそうです。

川藤幸三は結婚や家族の事情で名字が変わった?

実は「川藤」幸三さんは1976年に姿を消していたのです・・。

少し意味深に書いてしまいましたが、1975年頃に奥さんと結婚した際に”自分の母親の実家の籍”に入って武田幸三さんになっていたそうなんです!

川藤幸三さんには2歳年上の兄・龍之輔さんなど兄弟が多かったこと、母方の実家の跡継ぎが居なくなったことから養子入りが決まっていたそうです。

母の兄弟には男の子が3人いたのですが、ひとりは戦争で命を落としてしまい、残るふたりはアメリカへ移住していました。

川藤幸三さんが中学生の頃には武田姓になることが決まっていたらしく、結婚のタイミングで約束通り川藤姓を離れたということでした。

2003年頃から奥さんの父方姓である「開田」を使うようになり、2005年からは奥さんの実家「開田建設株式会社」の社長に就任しています。


娘さんが「仕事が忙しい父親」と触れていましたが、それは野球関係だけでなく建設会社の社長の仕事も含めての事だったのでしょうね。

川藤幸三さんは今でも川藤幸三を「芸名」として使って活動しています。

川藤幸三がラーメン屋をプロデュースしていた!

川藤幸三さんがラーメン屋をプロデュースしていたと話題になっていました。

スポーツ選手が引退後に飲食店を経営するパターンは多いですが、川藤幸三さんの様に「プロデュース」する例はあまり無いと思います。

ラーメンはコッテリ系の醤油とんこつが人気で、料金もリーズナブルでありながら量はタップリと野球少年にはピッタリのお店でした!

一時は大阪や京都など合わせて3店舗ありましたが、現在は京都市内にある「らーめん川藤屋 銀閣寺店」のみが存在していると言われています。

存在と表現したのは現在のところ閉店(休業?)しているからでした。


この「らーめん川藤屋 銀閣寺店」の公式ツイッターもありましたが、機械的に同じ内容を繰り返して投稿していたので店の人は居ないと思います。

ファンの間で知られた店だったので再開したらすぐ話題になるでしょう。

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