元阪神タイガースの川藤 幸三(かわとう こうぞう)さんは記録より記憶に残る選手として有名です。
結婚してしばらく経ってから双子の娘さんを授かって話題になっていました。
今回は川藤幸三さんの娘さんの大学やラーメン屋などについて見て行きます。
川藤幸三のプロフィール
本名: 開田幸三(旧姓: 川藤→武田)
愛称: 川さん、川、浪速の春団治、野次将軍
生年月日: 1949年7月5日
身長: 174cm
出身地: 福井県三方郡美浜町
最終学歴: 福井県立若狭高等学校
所属球団: 阪神タイガース(最終所属)
所属事務所: 有限会社ダッシュ・フォー、ぐあんばーる(業務提携)
川藤幸三の娘(子供)の高校や大学はどこ?
川藤幸三さんには結婚19年目(45歳の時)に待望の子供を授かっていました。
ただのオメデタではなく双子の娘さんを授かっており、名前は”のどかにほのかに育って欲しい”との思いを込めて「のどかさんほのかさん」でした。
双子の娘さんが通っていた高校はスポーツの名門・大阪桐蔭高校で、同級生には阪神への入団が決まっていた藤浪晋太郎選手が居たそうです。
自主トレ中に川藤幸三氏と握手する阪神・藤浪晋太郎 /藤浪2年目で“兼任コーチ” | 東スポWeb – 東京スポーツ新聞社 http://t.co/aYNrBHvfnw #hanshin #tigers pic.twitter.com/ZyrRlKM16I
— 藤浪晋太郎News (@fujinaminews) 2014年1月12日
2013年1月26日の卒業式ではふたりが卒業生を代表して答辞を読んだそうで、その中では学校生活だけでなく両親に対する感謝も込められていました。
川藤幸三さんは忙しい日々を送っていましたが、それでも毎日子供への電話を欠かさないなど娘の様子を心配をする親の姿が紹介されていました。
卒業後に進んだ大学について調べると、ほのかさんの大学だけ判明しました。
ほのかさんは京都にある同志社大学の文化情報学部に進学し、サッカー同好会に入ってマネージャーとして活動をしていたようです。
MG開田ほのか70
「みんなで日本一の景色を見ましょう」
12月12日(土)
J-GREEN SAKAIで行われる
関西同好会リーグ優勝チームvs新関東フットボールリーグ優勝チーム
東西対抗戦まであと70日 pic.twitter.com/GrGWmQwPiB— 同志社大学 三ツ葉キッカーズ (@mitsubakickers) 2015年10月2日
貴重な娘さんの動画ですが、4年も前なので今と姿は違うかも知れませんね(※名字が川藤ではない点については次の項目で取り上げています)
その後、大学を卒業したふたりは東京で就職したそうです。
涙の卒業式
娘さんたちの学校にまつわるエピソードでは、高校の卒業式を見ていた川藤さんが泣き出したというものもあります。
阪神藤浪が大阪桐蔭の卒業式に出席。実は川藤幸三OB会長の双子の娘と同級生で、川藤氏の娘たちは同校創立以来、初めて双子で答辞を述べた。見守っていた川藤氏は号泣。藤浪は「すごくいい答辞でしたし、送辞も答辞も素晴らしいものでした」(日刊スポーツ) #npb
— ふくださん (@fukudasun) January 26, 2013
藤浪くん沖縄入り遅れたんは卒業式やったんや!ってか卒業早くない!?あの場所に涙ぐむ川藤さんもいたのねw
— まさし(仮)若虎ふもっふ (@masasi_kari) January 26, 2013
号泣という話が大げさなものでないとすれば、少し涙ぐんだだけではないかもしれません。
周囲の人が驚くほど泣いてしまった可能性もありますね。
とはいえ、その気持ちはわかる気がします。
双子の愛娘がそろって高校を卒業するだけでも感動的ですが、一緒に答辞を述べるというのもすごいですよね。
ただ2人でやるのではなく、双子の姉妹というのは、なかなかないことでしょう。
創立以来初ということもあり、その場にいた全員が注目していたのではないでしょうか。
父親としては、そんな中で娘たちがしっかりできるかどうか、少々心配していたかもしれません。
子供たちを信頼していたとしても、本番は少なからず緊張するはず。
あからさまにソワソワした様子はなかったとしても、内心ではハラハラしながら見守っていた可能性もありますよね。
そんな状況で立派な姿を見たら、卒業の感動も相まって、思わず号泣してしまうのも無理はありません。
ただ、父親が卒業式で大号泣していたら、娘さんたちは少し恥ずかしかったかもしれませんね。
高校以前の学校は不明
のどかさん、ほのかさんの学歴で判明しているのは、どうやら高校以降のようです。
中学校や小学校についても気になるところですが、そちらは特に情報がありません。
ネット上で「あの学校らしい」といった噂が流れたこともないようですね。
ただ、大阪桐蔭高校がスポーツの名門となると、少し想像できることもあります。
部活動の情報などはありませんが、そんな学校に通っていたなら、何かスポーツをやっていた可能性はあるでしょう。
となると、中学校や小学校でも、スポーツに打ち込んでいたかもしれません。
父親である川藤さんがプロ野球選手ということもあり、子供の頃からスポーツには興味があったのではないでしょうか。
スポーツ選手になった様子はありませんが、姉妹そろってスポーツ好きというのは、ありそうなことですよね。
川藤幸三は結婚や家族の事情で名字が変わった?
実は「川藤」幸三さんは1976年に姿を消していたのです・・。
少し意味深に書いてしまいましたが、1975年頃に奥さんと結婚した際に”自分の母親の実家の籍”に入って武田幸三さんになっていたそうなんです。
川藤幸三さんには2歳年上の兄・龍之輔さんなど兄弟が多かったこと、母方の実家の跡継ぎが居なくなったことから養子入りが決まっていたそうです。
母の兄弟には男の子が3人いたのですが、ひとりは戦争で命を落としてしまい、残るふたりはアメリカへ移住していました。
川藤幸三さんが中学生の頃には武田姓になることが決まっていたらしく、結婚のタイミングで約束通り川藤姓を離れたということでした。
2003年頃から奥さんの父方姓である「開田」を使うようになり、2005年からは奥さんの実家「開田建設株式会社」の社長に就任しています。
娘さんが「仕事が忙しい父親」と触れていましたが、それは野球関係だけでなく建設会社の社長の仕事も含めての事だったのでしょうね。
川藤幸三さんは今でも川藤幸三を「芸名」として使って活動しています。
川藤幸三がラーメン屋をプロデュースしていた!
#気になる広告#らーめん川藤屋#川藤幸三 pic.twitter.com/1bU2jcinSr
— ムッシュ (@ikefukuroh_news) 2017年5月6日
川藤幸三さんがラーメン屋をプロデュースしていたと話題になっていました。
スポーツ選手が引退後に飲食店を経営するパターンは多いですが、川藤幸三さんの様に「プロデュース」する例はあまり無いと思います。
ラーメンはコッテリ系の醤油とんこつが人気で、料金もリーズナブルでありながら量はタップリと野球少年にはピッタリのお店でした。
いただきます😁 (@ らーめん川藤屋 イオン甲子園店 in 西宮市, 兵庫県 w/ @uchy25 @hadoho_19 @yosshi_hanshin @da_tigers0) https://t.co/DKa8wVTu8B pic.twitter.com/Bkyum5rfjb
— こばっしー@CS行けたら (@k26_neruson) 2016年9月17日
一時は大阪や京都など合わせて3店舗ありましたが、現在は京都市内にある「らーめん川藤屋 銀閣寺店」のみが存在していると言われています。
存在と表現したのは現在のところ閉店(休業?)しているからでした。
京都・銀閣寺の南にあるラーメン店「らーめん川藤屋 銀閣寺店」です。京都・大阪に3店舗あった川藤屋は9月26日に銀閣寺店最後の営業で消滅状態です。店頭ビラには「今秋にリニューアル」と書かれていたので12月5日に見に行ったのですが、リニューアルの可能性ゼロっぽい感じでした。#京都 #ラーメン pic.twitter.com/jqB7Xj07Cq
— ノーディレイ (@nodelayworks) 2017年12月5日
この「らーめん川藤屋 銀閣寺店」の公式ツイッターもありましたが、機械的に同じ内容を繰り返して投稿していたので店の人は居ないと思います。
ファンの間で知られた店だったので再開したらすぐ話題になるでしょう。
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