井上ひさしの次女と息子は母違い。家族と絶縁、再婚。壮絶な生い立ち&猫虐待の過去

戦後を代表する小説家・劇作家であり、人形劇『ひょっこりひょうたん島』の台本でも知られる井上(いのうえ)ひさしさん。

輝かしい経歴の一方で、家庭内暴力や複雑な家族関係が取り沙汰されたこともありました。

ここではまず次女・息子・再婚した妻を中心に家庭事情をみていきたいと思います。

SNSでは猫虐待も叩かれていますが、これらは井上ひさしさんの生い立ちに起因しているのではないかとみる向きもあるようです。

井上ひさしの次女と息子は母親が違う

上智大学在学中から浅草フランス座のコント台本を手がけ、放送作家としてラジオやテレビ番組に携わった井上ひさしさん。

1964年に共同で担当した『ひょっこりひょうたん島』は国民的人気番組になりました。


演劇界デビュー作品はテアトル・エコーに書き下ろした『日本人のへそ』。

以降は小説にも活動を広げ、『手鎖心中』で直木賞を受賞、『吉里吉里人』はベストセラーに。

2009年には、小説・戯曲を含む幅広い分野における長年の功績から恩賜賞日本芸術院賞を受賞。

2010年4月9日の死去の際は、野田秀樹さんや三谷幸喜さんら日本を代表する劇作家たちから最大級の賛辞が寄せられました。

井上ひさしさんの次女・綾さんは1965年、千葉県生まれ。

母親はNPO日本子守唄協会理事長を務める西舘好子さんで、井上ひさしさんの前妻にあたります。

井上ひさしさんは肺がんで亡くなる数か月前までの5年間、綾さんと往復書簡を交わしていました。

当時、千葉県市川市のタウン誌『月刊いちかわ』の編集部に勤務していた綾さん。

精神的に落ち込む出来事があったようで、将来に何の希望ももてない日々を送っていたそうです。

そんな愛娘を心配し、言葉の力で励まし続けた井上ひさしさん。

父と娘による57通の往復書簡は『井上ひさしから、娘へ』と題されて文芸春秋から出版されました。

井上ひさしさんは西舘好子さんとの婚姻中に3女をもうけ、1986年に離婚。

翌1987年に料理研究家の米原ユリさんと再婚し、息子が誕生します。

この息子が長男ということになりますが、残念ながら息子については一切わかっていません。

最期は妻のユリさん、長男、三女の麻矢さんに看取られて鎌倉市の自宅で息を引き取ったとのことで、この時長男は大学1年生でした。

今は30歳の少し手前でしょうか。

謎だらけの家族関係&米原ユリとの再婚

前妻の西舘好子さんによると、晩年の井上ひさしさんは長女と次女とは絶縁状態にあったそうです。

次女と往復書簡を交わしていたという話と食い違いがありますね。

ですが、長女と次女が臨終や葬儀に呼ばれなかった事実など、複雑な家族の内情を週刊誌も報じています。

とりわけ長女の都さんは15年近くこまつ座の代表を務めてきた人物。

こまつ座とは、井上ひさしさんが立ち上げた、自分に関係する作品のみを上演する劇団です。

やがて都さんは職を解かれ、父が亡くなる5か月前に三女の麻矢さんが代表に就任すると劇団を離れました。

麻矢さんが家庭の内情を暴露する本を出版していることを考えると、父との急速な和解も不可解です。

西舘好子さんが『修羅の棲む家』で明かした凄惨な家庭内暴力については、井上ひさしさん側は黙殺を貫き、周囲から特に追及する声も上がりませんでした。

再婚したユリさんは1953年東京生まれ。

元衆議院議員の米原昶(よねはらいたる)さんの次女で、ロシア語同時通訳・文筆家だった米原万里さんの妹です。

人気作家として、いかに井上ひさしさんが出版社に守られていたかを西舘好子さんは綴っていますが、再婚した妻のユリさんは結婚生活において口論になったことはないと主張。

作家はスキャンダルをおこしても守られるという話を聞きますが、あながち噂ではないのかもしれませんね。

ここからは筆者の感想ですが、井上ひさしさんについては以前から複雑な思いを抱いていました。

一般的に創作者の人格と作品の質は切り離して考えるべきなのかもしれません。

ですが、仮に家庭において破綻者だとしたら、国家や政治を論じることには違和感を覚えます。

個々の家庭の集合体として国が成り立っているからです。

井上ひさしの壮絶な生い立ち

1934年11月17日、山形県東置賜郡で井上修吉さんとマスさんの間に誕生した井上ひさしさん。

本名は「井上廈(ひさし)」です。

両親は未入籍だったため、3人の息子は戸籍上は婚外子でした。

5歳の時に父が他界すると、母は闇米の販売などで子供たちを育てますが、やがて旅芸人と同居。

井上ひさしさんはその男性から虐待を受けて円形脱毛症と吃音症になります。

中学3年になった時、生活が困窮して児童養護施設・光が丘天使園に弟と入所。

当時の友人によると、施設はいじめや体罰が横行する殺伐とした環境だったようで、井上ひさしさんは弟がいじめられてもかばえない人間だったとのこと。

園長を務めていた石井恭一修道士も、井上ひさしさんは弟をからかう仲間のほうに加わっていたと証言しています。

ネット上には、こうした幼少期の体験が人格形成に影響したのではないかという見方もあるようです。

井上ひさしが猫を虐待!

井上ひさしさんは子供の頃から犬や猫をずいぶん虐待してきたようで、自著で猫の殺害告白もしています。

小学生の時には30mの高さの火の見やぐらから落として即死させ、高校生になると、日向ぼっこをしている猫にガソリンをかけて火をつけるまでにエスカレート。

火だるまになった猫は脱兎のごとく逃げ去り、それきり姿を見なかったそうです。

とりわけ後者の「ガソリンをかけて火をつける」というのは能動的な行為ですし、しかもこの時は高校生。

当時と今では動物愛護の意識の高さが違うとはいえ、これは明らかに行き過ぎです。


猫を愛した文豪たちがこれを読んだら、どんな反応をするでしょうか。

他界してはや10年がたつ井上ひさしさん。

ご本人を座付き作家とするこまつ座があるおかげで、その死に実感がわかないファンも中にはいるかもしれませんね。

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