市川由紀乃の結婚、家族について。兄弟との絆と両親の離婚。高校を卒業せず演歌一筋

今の演歌界で絶大な人気を誇る市川由紀乃(いちかわゆきの)さん。

「雪恋華」のMVがYouTubeで170万再生を記録するなど演歌界で群を抜いた存在となっています。

市川由紀乃は結婚してるの?

今、最も売れている女性演歌歌手とも言われる市川由紀乃さん。

演歌歌手ながらオリコンランキング上位の常連。

カラオケランキングでも長期に渡ってランクインしている事も人気の証明と言えるでしょう。


祖父母が演歌好きだった事から幼少期から演歌を聞いて育ったという生粋の演歌歌手。

子供の市川由紀乃さんが演歌を披露すると喜ぶ人が多かった事から新しい曲を次々に覚えていったんだとか。

16歳の時に出場したカラオケ大会で優勝した事でスカウトされた市川由紀乃さん。

その後、都はるみさんや五木ひろしさん、大川栄策さんを育て上げた市川昭介さんの門下生に。

そして17歳だった1993年に「おんなの祭り」で演歌歌手デビュー。

すると翌年、新宿音楽祭の新人賞を受賞。

その後もメガロポリス歌謡祭の新人賞、NHK新人歌謡コンテストの優秀賞を受賞するなど演歌界で一目を集める存在となります。

2001年にはラジオ番組「走れ!歌謡曲」のパーソナリティを務めるなど着実にファン層を拡大。

10周年を間近に控え、より一層の活躍が期待されていました。

ところが2002年4月に燃え尽き症候群となり活動休止。

当時、所属していた事務所も辞めてしまったようなので引退も覚悟していたのかもしれません。

活動休止中は歌からは距離を置き百貨店のアルバイトをしていたそうです。

ですが演歌を歌わなくなった事で本当は歌が好きで、歌手としてまだやり残したことがあると気づいた市川由紀乃さん。

4年半に及ぶ活動休止期間を経て2006年10月から演歌歌手としての活動を再開。

その後はオリコンで上位の常連になるなど目覚ましい活躍ぶり。

2016年には念願である紅白歌合戦にも初出場を果たしています。

女性の演歌歌手が初出場を決めたのは水森かおりさん以来、実に13年ぶりという快挙。

その翌年も紅白歌合戦への出場を決め、2019年には日本レコード大賞で最優秀歌唱賞受賞。

市川由紀乃さんが演歌界で確固たる地位を確立したと言っても過言ではないでしょう。

最近でもYouTubeでMVの再生回数が100万回を突破したなど明るいニュースの多い市川由紀乃さん

その一方で私生活では熱愛や結婚といった明るいニュースはありません。

そのため、市川由紀乃さんは現在も結婚しておらず独身。

人気、実力とルックスの良さを兼ね備えた市川由紀乃さん。

身長も170.5cmとスタイルも抜群。

きっと市川由紀乃さんの事が気になる男性は多いはずですが、恐れ多くて話かけられないのかもしれません。

市川由紀乃さんも今は恋愛より歌手活動に夢中なのかも。

結婚の報告をするのはもう少し先になりそうですね。

市川由紀乃が復帰したのは兄弟のおかげ?

市川由紀乃さんの兄弟は7歳年上の兄が1人だけ。

その兄は生まれつき脳性麻痺で成人後も学習能力は小学生程度。

それでも市川由紀乃さんが歌手となってからはその活動をとても応援してくれていたんだとか。

ただ、市川由紀乃さんが活動休止した事は理解する事が出来なかったそうです。

そのため「なぜ新曲が出ないのか」、「いつテレビにでるのか」と癇癪をおこす事も。

燃え尽き症候群で活動休止しているのに、そのような言葉を投げかけられると逆にプレッシャーとなってしまいそうなもの。

ですが、市川由紀乃さんが歌手活動の再開を決めたのは兄と接している時。

兄の言葉がきっかけで「自分は歌が好きだという事」、「まだ完全燃焼できていない事」に気が付いたそうです。

恐らく他の人々は市川由紀乃さんを気遣って歌手活動については触れなかったはず。

そんな中、障害があるが故に自分の思いをストレートに表現する兄。

兄の言葉が包み隠さぬ本音だったからこそ市川由紀乃さんの胸を打ったのかもしれません。

復帰した時にはきっと誰よりも喜んでくれた兄。

ですが、市川由紀乃さんが復帰した2年後の2008年に敗血症のため39歳という若さで亡くなってしまっています。

かつて「兄がいなければ、今の私はない」と語った市川由紀乃さん。

舞台に立つ時には兄からの手紙をお守りにしているそうです。


きっと市川由紀乃さんの歌声には天国の兄を思う気持ちも込められているはず。

だからこそ多くの人々がその歌声で感動するのかも知れませんね。

市川由紀乃の両親の離婚で苦労した?

中学1年生の時に両親が離婚したという市川由紀乃さん。

市川由紀乃さんは障害のある兄と共に母親に引き取られたそうです。

母一人の稼ぎが頼りだったため経済的にかなり厳しく食事は素うどんばかり。

中学の時に所属したテニス部ではラケットやウェアを買えなかったため、先輩に借りていたそうです。

また、学生の頃は薬剤師も志したそうですが、経済的な事情により断念したそうです。

シングルマザーで2人の子供を育てるだけでも大変なこと。

障害のある子供がいれば、更に大変な事は容易に想像できますよね。

ただ、これだけ困窮した暮らしをしていたにも関わらず父親から援助がなかったのが気になるところ。

ひょっとすると父親も経済的な余裕が全くなかったのでしょうか。

むしろ父親が原因でこれだけ苦労する事になったのかも。

市川由紀乃が頑張るのは家族のため?

17歳で歌手デビューした市川由紀乃さん。

これまで育ててくれた母親に一戸建てをプレゼントしてあげたい、という思いを抱いていたそうです。


デビュー後はCDをリリースする度に幾度となく地方営業へ。

ですが、売り上げは思うように伸びず。

家族に楽をさせてあげたいけれど思うように結果が出ない日々。

この理想と現実のギャップも燃え尽き症候群の原因となってしまったのかもしれません。

そして歌手活動再開から2年後に訪れた兄の死。

ところが当時はまだ金銭的な余裕もなく、兄のお墓を建てるお金がなかったそうです。

そのため市川由紀乃さんは「紅白歌合戦出場」と「お墓を建てること」が歌手活動の目標に。

この二つの目標を実現させるため市川由紀乃さんは1年で200件以上の地方営業を実行。

そして兄の死から1年半後に150万円でお墓を建てる事が出来たそうです。

その後、紅白歌合戦にも出場している市川由紀乃さん。

掲げた目標を2つとも達成させた事になりますね。

まさに有言実行とはこのこと。

今後、市川由紀乃さんがどんな目標を掲げて達成させていくのか。

きっと今後も自分だけでなく家族も幸せになるような目標を達成していくことでしょう。

市川由紀乃は高校を卒業せず

16歳で芸能関係者にスカウトされ17歳から歌手活動を始めた市川由紀乃さん。

歌手活動を行うようになった事で高校は中退してしまったそうです。

そのため市川由紀乃さんは高校を卒業していないんです。

地方営業が多い演歌歌手。

学業との両立は困難と言わざるを得ませんよね。

また、経済的な理由も高校を中退する理由となったのかもしれません。

最終学歴が高校中退だと社会に出ても厳しい事は明白。


そのため、市川由紀乃さんは歌手として成功するしかない状況だった事が分かります。

若くしてそんなプレッシャーと戦っていた市川由紀乃さん。

演歌歌手として成功する事が出来て本当に良かったと思わずにはいられません。

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