夏樹陽子の結婚歴。両親にお年玉&芦屋夫人の異名。食事が美の秘訣&現在と子供について

いつまでも変わらぬ美しさで人々を魅了する夏樹陽子(なつきようこ)さん。

夏樹陽子さんほど「美魔女」という言葉がぴったりな人はいないと言っても過言ではありません。

夏樹陽子には二度の結婚歴

テレビや映画で活躍する女優の殆どがモデル出身と言われる昨今。

もはやモデルは女優になるためのステップという見方さえあるようです。

夏樹陽子さんもモデルから女優に転身した一人。

ファッションモデルとして雑誌やCMに出演していた夏樹陽子さん。

女優デビューを飾ったのは1977年の映画「空手バカ一代」。


着飾って歩くモデルと普通の人を演じる女優の違いに当初は戸惑う事もあったそうです。

ですが、ゴミの山に捨てられるシーンで「自分はゴミなんだ」と言い聞かせ演じ切った際に女優として活動していく自信がついたんだとか。

それ以降、数多くのドラマや映画、舞台に出演し女優としての地位を確立した夏樹陽子さん。

特に2時間ドラマに多く出演した事から「2時間ドラマの女王」と呼ばれた事もありました。

そんな夏樹陽子さんは気絶頂時の1983年に結婚。

お相手は同年代のミュージシャンをしていた男性でした。

夫が無名のミュージシャンだった事から家計を支えていたのは夏樹陽子さん。

ですが何とか夫に奮起してもらおうと夫婦でテレビ番組に出演したり、設立した芸能事務所の社長にしたりと手厚いサポート。

夫のために出来る限りの事をしていた夏樹陽子さん。

ところが夫は夏樹陽子さんのラブシーンを禁止するなど足を引っ張ってばかり。

ラブシーンがNGとなった事で女優の仕事が激減した夏樹陽子さん。

更に追い打ちをかけるように夏樹陽子さんのマネージャーと夫の不倫が発覚。

この不倫が原因となり夏樹陽子さんと夫は1984年に離婚。

結婚生活は僅か1年弱と非常に短いものでした。

元夫に公私を滅茶苦茶にされてしまった夏樹陽子さん。

きっと離婚時には失意のどん底にいる気持ちだったことでしょう。

それから2年後の1986年に夏樹陽子さんは再婚。

お相手は16歳年上で実業家の山口義治さん。

山口義治さんは関西で高級レストラン等を複数経営しており、自宅は300坪という超豪邸。

最初の夫とは大きな違いですよね。

山口義治さんのサポートにより徐々に女優としての仕事も増えてきた夏樹陽子さん。

きっと公私に渡って充実した毎日を過ごしていた事でしょう。

ところがそんな幸せな日々はまたしても長くは続かず。

結婚から5年ほど経った頃にバブルが崩壊。

その影響で山口義治さんが経営する事業が悪化してしまうのです。

そのため夏樹陽子さんは女優業をセーブして夫のサポートをするように。

夫婦二人三脚で事業の立て直しを図っていた夏樹陽子さんを再び悲劇が襲います。

何と山口義治さんに3歳となる隠し子がいる事が発覚。

これをきっかけに夏樹陽子さんと山口義治さんは1994年に離婚しています。

可哀そうになってしまうほど男運が無い夏樹陽子さん。

きっと結婚はもうコリゴリと思っている事でしょう。

夏樹陽子は両親にお年玉をあげていた

ピアノやエレクトーン、日舞、能楽、クレー射撃と趣味が多岐にわたる夏樹陽子さん。

一体どんな裕福な家庭で生まれ育ったのかと思いきや、意外にも父親は社宅暮らしのサラリーマン。

ただ、社宅と言っても裏にはテニスコートや畑が。

そんな立地に社宅があるなんてきっと父親が務めていたのは一流企業だったのでしょう。

また、父親はお正月には自宅に女性社員を招きお寿司を振る舞っていたんだとか。

せっかくの年末年始なのでノンビリしたいと思う人は多いでしょう。

ましてや上司の自宅に行くなんて考えただけでも肩が凝りそう。

それでも自宅に社員が来てくれるなんて夏樹陽子さんの父親は人望もあったのでしょうね。

自宅を訪れた女性社員に大変可愛がられたという夏樹陽子さん。

きっとお正月の忘れられない思い出となっている事でしょう。

夏樹陽子さんにとってお正月の忘れられない思い出がもう一つ。

女優となってからは毎年、両親にお年玉を渡していたようです。

お年玉を送られた両親はとても喜んでくれたそうです。

確かに子供から貰うお年玉も嬉しかったのかもしれません。

ただ、それ以上に立派に育ってくれたこと、そして多くの人達に愛される女優になった事が嬉しかったのではないでしょうか。

夏樹陽子の通称は「芦屋夫人」

2度目の結婚で関西の実業家、山口義治さんと結婚した夏樹陽子さん。


結婚後に生活していたのは関西でも有数の高級住宅街として知られる芦屋。

その芦屋にある300坪もの超豪邸で暮らしていた夏樹陽子さん。

誰もが羨むセレブな暮らしぶりから「芦屋夫人」と呼ばれた事もありました。

そんな生活がバブルと共に弾けるなんて、夢にも思わなかったはず。

今となっては「芦屋夫人」という異名も虚しく響くだけ。

その後、夏樹陽子さんが暮らしていた邸宅は「芦屋山手倶楽部」というフレンチレストランに。

料理は勿論、外観や景色がとても評判のお店だったようです。

かつては毎日、素敵な邸宅で素晴らしい風景を見て暮らしていた夏樹陽子さん。

一度で良いからそんな暮らしをしてみたいものですね。

夏樹陽子の美の秘訣は食事

現在もモデル当時のスタイルと変わっていないという夏樹陽子さん。

その美しさとスタイルから今でもナンパされる事もあるんだとか。

もちろん常に体調に気を付けているというのはあるでしょう。

また、適度な運動も欠かしていないようです。

それらに加えて夏樹陽子さんの美を支えているのは食事。

ツイートからも多忙な時でもちゃんとした食事を取るようにしている事が分かります。

積極的に取り入れているのは山盛りの野菜と乳製品、発酵食品。

野菜はサラダで食べるようですが、なるべく温かい食事を心がけているそうです。

夏樹陽子さんのような食事が健康に良いと頭では分かっていても続けられない人は多いはず。

ですが、糖質制限ブームにより食事を変える事で体形が変わる事はもはや周知の事実。

美は一日してならず。

夏樹陽子さんのような美とスタイルを手に入れるにはやっぱり地道な努力が必要なようですね。

夏樹陽子の現在

2016年に芸能生活40周年を迎えた夏樹陽子さん。

現在もドラマや映画だけでなくバラエティ番組でも活躍。

また、女優業と並行してジュエリーデザイナーとしても活動中。


夏樹陽子さんがデザイナーを務める宝石ブランドは「ルシオラ」。

売り上げが1億円を超える日もあったそうで、これまでの総売り上げは100億円を超えるそうです。

いくらジュエリーには高価な品物が多いとはいえこれほどの売り上げを記録しているなんて。

もはや女優というよりも実業家と呼んだ方が良いのかもしれません。

また、クレー射撃が趣味という事もあり2017年には日本クレー射撃協会の理事に選出。

女性で日本クレー射撃協会の理事になったのは夏樹陽子さんが初めてなんだとか。

夏樹陽子さんに求められているのは日本クレー射撃協会の女性会員数の増加。

逆に言えば夏樹陽子さんが理事になる事で女性会員の増加が見込めるということ。

それだけ夏樹陽子さんに憧れる女性が多いのでしょうね。

いくつになっても素敵な女性であり続ける夏樹陽子さん。

夏樹陽子さんの活躍を見て元気をもらっている同世代も多いのではないでしょうか。

夏樹陽子に子供はいるの?

これまでに二度の結婚歴と離婚歴がある夏樹陽子さん。

ですが夏樹陽子さんには子供はいないようです。

最初の結婚相手は売れないミュージシャンだったため夏樹陽子さんが稼ぎ頭。

そのため出産なんて考えられなかった事でしょう。

また、二度目の結婚相手は16歳年上。

当時の夏樹陽子さんが34歳だったため夫は50歳という事に。

女性だけでなく男性も高齢になるにつれて妊娠しづらくなるもの。

夫が若いとは言えない年齢だったため子供を授からなかったのかもしれません。

または再び女優業が軌道に乗り出したことから子供を望まなかった可能性もありそう。


それだけに二番目の夫が夏樹陽子さん以外の女性と子供を作ったというのが何とも皮肉な話。

もしも夏樹陽子さんとの間に子供が誕生していたらそのような事はなかったのでしょうか。

ただ、夏樹陽子さんは子供がいなかった事でスッパリと離婚を決断出来た事だけは間違いないでしょう。

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